「『ママ来たよ 起きて』 叫んだけれど息子(7)は息を引き取った」 明かされた両親の思い 眠気におそわれ赤信号で… 男(63)の後悔と下された判決

運転しながら、眠気におそわれたことはありますか?

去年10月、広島市の国道で7歳の男の子が車にはねられ亡くなりました。過失運転致死の罪に問われた男(63)の裁判…。

今月19日、男には、執行猶予付きの有罪判決が言い渡されました。

この裁判の法廷で明かされた、息子を失った両親の言葉や、男が語った内容は、「運転中に眠気におそわれる」という、もしかしたら誰もが経験する可能性のある状況が、多くの人の人生を一変させ、一生の後悔をすることにつながるということを強く感じさせるものでした。

起訴状によりますと、広島市南区の男(63)は、去年10月広島市安佐北区可部の国道54号で、軽乗用車を運転中に眠気におそわれ、赤信号を見過ごしたまま時速およそ60キロのスピードで走行し、キックボードに乗って横断歩道を渡っていた7歳の男の子をはね、死亡させた罪に問われました。

去年12月22日の初公判では、男は、起訴内容に間違いはないか問われると、「いいえ、ありません」と認めました。

冒頭陳述で検察側は、「被告人は土木建設業の会社に勤務していて、工事現場の現場監督としての勤務を終えるなどした後、車を運転してラーメン店に立ち寄り、昼食をとった。その後、自宅に向けて運転している中で、眠気を感じたものの、早く落ち着きたいなどと考え、休憩をとることなく走行を続けた。意識がはっきりとしない状態のまま走行を続けた」と述べました。

また、検察官は証拠調べで、男の子の両親の上申書も読み上げました。

法廷で読み上げられた両親の上申書

父親
「事故前、息子から『友達といっしょに外で宿題をする』と電話で聞いたのが最後の声で、できればもっと親子の対話をしたかった。亡くなったという実感がなく、信じられない。被告人が居眠り運転をしていたのではないかと思うと、悔しくてたまらない。なぜ過失運転致死なのか…。殺人ではないか。自分が犯した罪を十分受け止めてほしい」

母親
「息子はよく泣く子だったが、わがままというわけではなく、一番に家族のことを考える優しい子だった。私が帰宅したとき、いつもなら玄関に置いてあるキックボードがなかったので、夫への連絡のとおり外に行ったのだと思った。すると、自宅に、小学校の教頭先生から電話があり、事故のことが告げられた。車で病院に向かう間に待たされる信号がすごく長く感じた。病院では、ICUの前で待っていると、看護師から『心臓が止まっている。息子さんは頑張っています』医師から『息子さんは頑張っている。会いましょう』と言われ、私は中に通された。ICUの中で息子は、たくさんの管につながれ、頭と手に包帯が巻かれていて、右耳からも血が出ていた。『ママよ、ママ来たよ!起きて!』と叫び、現実が受け入れられなかった。『自発呼吸をしていません』と告げられ、たくさんついていた管が少しずつはずされていく息子の前で、私は胸が苦しくて張り裂けそうだった。その後、目の前で息子は息を引き取った。あとにICUに入った長男は、弟の姿を見て、『なんで?なんでなの?』と叫んだ。この事故がなかったら、息子も中学、高校に行き、結婚もして、幸せな人生を送っていたはず。今でも現実を受け入れられない。正直な気持ちを言えば、息子と同じ目にあってもらいたい。被告には罪を一生背負ってもらいたい」

男は、検察官が上申書を読みあげている間、ぐっと目を閉じ少しうつむいて、微動だにせず聞いていました。

被告人質問では、弁護側と検察側、裁判官が男に質問しました。

建設会社を大学卒業から定年まで勤めた男は、これまで事故を一度もしたことはなかった

【弁護側からの質問】
弁護人「今の仕事は?」
男「建設会社を大学卒業から定年まで勤めて、いまはその会社の嘱託社員として、現場指導をしています」

弁護人「いままでに事故をしたことはなかった?」
男「ありません」

弁護人「いままで運転中に眠気を感じたら、どう対処していた?」
男「ほほを叩いたり、眠気止めの薬を飲んだりしていました」

弁護人「事故当日は、眠気止めを飲んでいなかった?」
男「飲みませんでした」

弁護人「それはなぜ?」
男「そこまで眠いと思わなかったからです」

弁護人「事故直前の記憶はありますか?」
男「思い出せません」

弁護人「男の子への気持ちは?」
男「幼い子の将来、夢や希望を奪い取ってしまい、本当に申し訳ない」

弁護人「遺族への気持ちは?」
男「怒り、憎しみもよく分かります。重く受け止め、罪を背負っていきたい」

弁護人「社会に出た後、車の運転はどうするつもり?」
男「車の運転は二度としません。母の介護をしながら仕事をしていきます」

【検察側からの質問】
検察官「眠気止めが必要なほど眠いと感じる中で、事故を起こしてしまうのではないかと思わなかった?」
男「そこまではないと思っていた。休憩をとればよかった」

検察官「大きな事故を起こすとは思わなかった?」
男「はい、申し訳ない」

検察官「工事現場の現場監督には、車が必要なのでは?」
男「別の仕事を探します」

裁判官「損害保険は自分が加入しているものがある?」
男「はい(対人・対物無制限のもの)」

そして、検察側の求刑です。

検察側は「被告人は、事故直前にもハンドル操作を維持できずに中央線を越える運転をしてこれを是正するなどしていたことから、自身が運転するに際して極めて危険な状態だったことは十分に認識することができた。休憩できる場所もあったのに、休憩して体調を整えていれば、事故を起こすこともなかったといえる。尊い命を奪われたことに加え、被害者がまだ7歳と若年でありこの先過ごすことができたであろう数十年の未来が一瞬にして失われたことも考慮すれば、被害結果は極めて甚大である。刑事責任は重く、実刑をもってのぞむ必要がある」などと指摘し、禁錮4年を求刑しました。

一方、弁護側は「眠気止めの薬を車に積むなど一定の対策をとるなどしていて、必ずしも悪質ではない。被告人が加入している保険により損害賠償がされていく見込みであり、本人は今後は車を運転しないと誓っている。謝罪の思いも強く、社会内での更生を考えるのが相当だ」と述べました。

この日の法廷で、男は、「私は、私が犯した罪と一生向き合っていきたい。すみませんでした」と述べ、裁判は結審しました。

そして迎えた判決の日…。男は、黒色のスーツ姿で、法廷に入りました。

「裁判所としては起訴された『過失運転致死』という罪名のなかで検討するほかない。しかし…」

広島地裁の 藤丸貴久 裁判官は、「眠気という生理現象の影響もあったとうかがわれるものの、前方左右を注視し、信号表示に従って進行するという最も基本的な注意義務を怠った。被害者はキックボードに乗っていたとはいえ、歩行者用の青色信号に従って横断歩道を横断していたに過ぎず、何らの落ち度もない。わずか7歳の尊い命が失われた結果が重大であることはいうまでもない。愛する我が子を永遠に奪われた両親の悲嘆は想像するに余りある」と指摘しました。

一方で、「危険または無謀な運転により生じた事故ではなく、任意保険により相応の賠償も見込まれること等と考慮すると、同種事案の中で実刑がやむを得ないほど悪質な部類に属する事案とはいえない」として、禁錮3年、執行猶予5年を言い渡しました。

そして、男に、こう語りました。

裁判官
「ほんのわずかな油断だったかもしれませんが、重大な結果を引き起こしたものです。被害者の両親も、裁判で提出された書面で『殺人ではないか』と仰っていましたが、裁判所としては起訴された内容、『過失運転致死』という罪名のなかで検討するほかありません

しかし、『殺人』だったとしても、『過失運転致死』でも、お二人が大切に育ててこられた男の子が亡くなったという結果は同じだと思っています。そこをしっかりと理解してほしいと思っています。

今回は、執行猶予がついていて、実際には刑務所に入ることはないのですが、あなたが反省していることを示すためには、誰から見ても反省していると受け取れる行動をとっていくしかありません。

これから贖罪が始まりますが、被害者と同じような人が1人でも減るように、社会の役に立つ行動を心がけてください。

それでは、閉廷します」

男は小さく礼をして、拘置所の職員や弁護人と話し、静かに法廷をあとにしました。

事故の現場は、近くの小学校の通学路でした…。

事故が起きた現場ではいま…

山崎有貴 記者
「事故から3か月が経ちましたが、現場となった横断歩道のそばには今も花束や飲み物が供えられています」

地域の人
「わたしたちも夕方通るとき、よく子どもが帰っていますよ、通学路でね。心が痛んで、お参りさせてもらったりしたんですけどね…」

事故は男の子が青信号で横断歩道を渡っていて起きました…。

事故のあと、現場に新たにできた道路標示には、ひらがなで「みぎをみて ひだりをみて」などと書かれています。

「運転中の眠気」…。その一瞬が、大切な命を奪い、多くの人の人生を狂わせ、一生の後悔を生む結果となりました。

※男の子のご両親の上申書は、法廷で検察官が読み上げたものを、記者が聞きながら書き留めたものです。

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