岡山県笠岡市の大島中(おおしまなか)地区。
市南東部に位置し、眼前に瀬戸内海の大パノラマを望むこの地に、廃校を活用した「シェアアトリエ 海の校舎(以下、海の校舎)」はあります。
木工職人やデザイナーなど、さまざまな業種のクリエイターたちが集まる個性豊かな創作空間。
そんな素敵な海の校舎のスタートアップメンバーであり、笠岡のものづくりをリードするお店が「SIRUHA(シルハ)」です。
おもに革・布製品を手がけています。
代表の藤本進司(ふじもと しんじ)さんにお話を聞き、SIRUHAの理念やものづくりに対する想いなどを深掘りしました。
海の校舎とSIRUHA、笠岡に根付くものづくりの息吹
2018(平成30)年に閉校となった大島東(おおしまひがし)小学校。
役目を終えた木造校舎の一角に、SIRUHAのショールームと工房があります。
教室をそのまま利用したスペースはどこか懐かしく、少年少女時代に戻ったような、そんな不思議な時間が流れていました。
工房にはまさにプロの仕事場を思わせる道具類や色とりどりの素材が、そしてショールームには工房で生み出された自慢の製品の数々が、所狭しと並べられています。
こぢんまりとした空間に広がる、無限の職人の世界です。
代表の藤本さんは個人事業主としてSIRUHAを経営しています。
手になじみ、ほっとする風合いの製品は、高品質で笠岡市ならではの魅力にあふれるものとして「かさおかブランド」の認定を受けました。
現在は決まった型の製品ラインナップが主流ですが、ゆくゆくはセミオーダーまで対応していきたいそうです。
4名の従業員とともに、さらなる未来を見据えています。
打ち棄てられるがままになっていた大島東小学校に、ふたたび命の光が灯されたのは、閉校から約3年後の2021(令和3)年のことでした。
海の校舎の誕生です。
さかのぼって、もともと笠岡市の職員から小学校閉校後の施設の利活用について、雑談ベースでアイデアを求められていた藤本さん。
そんななか、春まっさかりのあるタイミングで廃校舎にふらっと立ち寄りました。
そこで…、見事にノックアウト!
ノスタルジックな木造校舎と海・山が織り成す世界観、そして一面に敷き詰められた桜の花びらの絨毯(じゅうたん)に、一発でやられてしまったそうです。
「笠岡は何もない場所」
ずっとそう思っていた地元出身の藤本さんですが、大島東小学校のえもいわれぬ光景を目の当たりにして、認識がまるっきり覆ったといいます。
「いろいろなことをやりたい人が集まる場になればいいな」
笠岡発シェアアトリエの物語がスタートしました。
時を同じくして、藤本さんは大阪出身の木工職人・南智之(みなみ ともゆき)さんと共通の知人を通じて意気投合。
南さんも別のきっかけで大島東小学校の閉校を知り、藤本さんと同じ構想を描いていました。
小学校の校舎内に自分の工房を持ちたいという、ふたりの想いが重なり合います。
そして、藤本さんと南さんの熱い想いは、地域の人たちにも届きました。
以前から校舎存続のアイデアを模索していた大島まちづくり協議会より事業化の協力を得たのです。
さまざまな規制・条件・条例が高い壁となり、海の校舎オープンまでの道のりは決して平坦なものではありませんでした。
しかし藤本さんと南さんをはじめとする初期メンバーの5事業者、そして地域住民、そのほかの協力者も増えていき、おのおのが一丸となって力を合わせ同じ未来図を描いていきます。
その結果、2020(令和2)年7月末に晴れて「NPO法人 海の校舎大島東小」が設立されました。
当NPOは、閉校となった大島東小学校を市から借り受け、クリエイターたち入居者に仕事場として各教室を提供する形で地元と連携しながら海の校舎の維持管理を行なっています。
藤本さんは言いました。
「お金儲けというか、自分たちのものづくりを頑張るために、この場所はなくてはならないものだから」
ここ笠岡で、NPO本来の在り方とものづくりの精神が呼応します。
SIRUHAの哲学
「良いモノ」と「良い情報」をみんなに届ける…。
SIRUHAが大事にしている理念です。
役に立つ道具と情報を人々に提供し、楽しくて心地よい暮らし・社会を実現したいとの想いから、藤本さんは日々ものづくりに取り組んでいます。
では、「役に立つ道具」とは何か。
藤本さんの答えは「出掛ける道具」と「書く道具」でした。
たとえば、気軽に外出したくなるような機能的で軽いリュック。
たとえば、考えやアイデアをサッと書き残しておくことのできる使い勝手の良い手帳。
使うことが楽しくなり、持ち主の能力を最大限に引き出します。
藤本さんは考えました。
外に出て、歩いて、気づく。
そしてそれを書き留める。
そうすることでいろいろなものが生まれ、やりたいことやビジョンが形になる、と。
人生が輝くための、そんなプロダクトをつくりたい。
夢を見つけて実現していくための情報を発信したい。
藤本さんは静かに強く想っています。
出掛けることが快適になり、書くことが快適になれば、「考える」ことが快適になりますね。
素敵なSIRUHAのコンセプトです。
「使う人」に寄り添う製品
SIRUHAが提案する「良いモノ」は、実用に即し、あくまでも「使う人」にフォーカスしています。
使用者のアイデアの実現のため、道具としていかに最適な解を導き出せるのか。
機能美ともいえるこだわりに、藤本さんのものづくりは収斂(しゅうれん)されています。
たとえば手帳の場合、いろいろと試行錯誤をし、これはちょっと自分の中で書くのが続かないなとか、なんだか習慣として続きにくいな、といった要素をひたすら削ぎ取っていくそうです。
ここに留め具があるだけでページを探す無駄な動作が生じ、思考が消失してしまう。
ポケットにカードをごちゃごちゃと入れることで段差ができたり、情報ノイズが発生してしまう。
ここの金具とペンホルダーが弱くて壊れやすい…。
道具を使うにあたってのこうしたさまざまなストレスを取り除いていく、そんな具合です。
そのようにして生み出された、極力シンプルで「考える」ことに集中できるプロダクトの数々。
どこへでも歩み出せる「出掛ける道具」と、一瞬の閃きを逃さない「書く道具」の定番をいくつかご紹介します。
出掛ける道具
SIRUHAの代名詞として手帳とともに挙げられるのが、豊富なカラーバリエーションを揃えるミニ財布です。
優しい質感の帆布(はんぷ)やデニムを使用しています。
ロウを染みこませ撥水(はっすい)機能を持たせたパラフィン加工シリーズや、洗いざらしの風合いをプラスしたワッシャー加工シリーズなども展開中です。
小さくて、薄くて、軽い。
それでいて機能的でもあります。
身軽になれるお財布です。
ワッシャー加工帆布素材の2wayリュックです。
左右均等に重量が分散され身体への負担が少ないリュックと、気軽に荷物を出したり入れたりできるバッグ。
ふたつの機能の良いとこ取りですね。
持ち手を左右に開くだけで中のものが取り出せるつくりになっているので、リュックを下ろす動作の流れで荷物の出し入れがスムーズに行なえるのもポイントです。
おしゃれなデザインが際立ちます。
高品質な牛ヌメ革として世界で認知されている「ブッテーロレザー」を使用した名刺入れです。
もらった名刺を差し込んで置いておける構造になっているので、とっても便利。
人との出会いを大切に、新たなつながりや物語が生まれる空間を演出する、そんなアイテムとなっています。
書く道具
SIRUHAといえばこれ。
名刺入れと同じブッテーロレザーを使用したシステム手帳です。
藤本さんのものづくりに対する想いをギュッと詰め込んだ、自慢の逸品となっています。
使う人の視点に立ってとことん考え抜いたデザイン・機能性が素晴らしいのはもちろんのこと、そのビジュアルの美しさ、牛革の艶(なまめ)かしさに一瞬で心を奪われました。
永く使用して手になじみ、経年変化したレザーの渋い風合いも最高です。
金具の交換やペンホルダーの縫い直しも可能なので、10年20年と大切に使い続けてほしい、と藤本さん。
人生の相棒としていつでもそばに置いておきたい、そう思わせてくれる手帳です。
「紙」に「紙」をファイルする。
なんだか温かみを感じます。
こちらの書類入れ、耐水性を備えた丈夫で軽い特殊紙でつくられているんです。
仕事がいつもよりちょっぴり楽しくなりそうですね。
ものづくりに真摯(しんし)に向き合う藤本さん。
お話を聞きました。
藤本進司さんへのインタビュー
藤本さんにとってSIRUHAとは。
そして、ものづくりとは。
その想いを語ってもらいました。
──「SIRUHA(シルハ)」、音の響きがすごくきれいですよね。屋号の由来を教えてください。
藤本(敬称略)──
最初から3文字にしようって決めていました。
耳に残るというか。
なので、50音から3文字のセットを残さず拾い上げて、小さな字で全部紙に書き出しました。
それこそ「あああ」から「んんん」まで、ざっと目を通しつつ気になる組み合わせにチェックして。
あとで国語辞典や英和辞典なんかも引きましたね。
自分のやりたいこととの整合性をとったり、ブランドとしての意味づけをしたかったので。
もうほんと、それの繰り返しです。
そのなかで、響きだとか覚えやすさだとか、一番しっくりきた3文字が「し」と「る」と「は」でした。
意味合いとしてはある程度後付けで、「知る」と「葉」です。
知ることによって新しいアイデアが葉っぱみたいに次々と生えてくる、そんなイメージですね。
──藤本さんご自身について教えてください。SIRUHAを始めたきっかけは?
藤本──
工業高校を卒業してすぐ、大手メーカーに就職しました。
地元は笠岡の金浦(かなうら)ですが、勤めだして1年ほどは広島県三原市で寮生活をしていましたね。
その後は実家通いです。
大企業を選んだのは収入面での安定を望んだからでした。
でも、いつ・どこへ転勤になるかわからない。
そういった意味では、なんだか生き方としてものすごく不安定だな、とも感じていました。
どういった人生を歩めば自分の求める安定に近づけるんだろうと考えたときに、これからは時代の流れが急激に速くなるだろうという感じがしたんです。
そうであるなら、いろいろな手札を持っておいて、その時々の流れに合わせて自分のライフスタイルを変えられるようにしておこう、と。
個人事業主として独立して、ひとつでも多くスキルを増やして。
そっちのほうが安定するかな、と思ったんですね。
23歳くらいのときです。
会社を辞めてSIRUHAをスタートさせました。
──創業後は?
藤本──
納得のいく生き方を求めて起業という選択肢を描き出したんですが、じゃあ具体的に何をやろうかというのはすごく悩みました。
せっかくだから自分にちょっとでも向いている、自分が楽しいと思える仕事をしたいな。
それってたぶんものづくりなんだろうな。
そういった漠然とした想いというか、方向性はありましたね。
プラス誰かの役に立てたらと頭では思っていても、それじゃあ人の役に立つっていったい何なんだ、と。
最終的には人の生きる意味みたいな、哲学者みたいなことまで考えていました。
堂々巡りですよ。
結局はよくわからずじまいだし。
でも、一番根っこのところでは、これからの社会をどう心地良い形にしていくか、それを常に考えながら生きていかないといけないんだろうなというのがシンプルにありました。
その部分に対する自分なりの答えがものづくり、こういう手帳や鞄をつくりたい!だったんです。
実際にSIRUHAの開業届を出したのは、会社を辞めて3年後くらいでした。
縫製やデザインに関しては素人同然、製品もほとんどつくれない状態だったので、3年間は準備期間として気合いを入れようと思っていました。
そこでダメだったらすっぱり諦めよう、と。
──ゼロから始めてこのセンス!すごいですね。デザインはご自分で?
藤本──
ありがとうございます。
そうですね、イメージは自分が良いなと思ったものと、あとはちょくちょく従業員にも相談して。
デザイン自体は僕、独学なんです。
でも、鞄とかは割と直線が多いので図面を引きやすく、意外とつくれちゃうものなんですよ。
服なんかは曲線ばっかりだからつくれる気しないですけどね。
会社を辞めて最初の1年間は、ひとりで6畳の部屋にずっとこもっていました。
ぼーっとしながらつくりたい製品のラインナップと一つひとつのデザインを考えたり、1台しかないミシンでひたすら縫って形にしたり、そんな毎日でしたね。
自分にとって一番腑(ふ)に落ちる最適な製品を追い求めていました。
──最後に、藤本さんがものづくりの職人として大事にしている部分を教えてください。
藤本──
ひねくれたいいかたですが、革を使ってものづくりをしているけれど、革職人になりたいわけでもないんです。
手帳にしても、最初試作をして納得のいく形になって、じゃあそれをどんな素材でつくろうかと。
そういったときにマテリアルとして良いなと思えたのが革だったんですよ。
素材はあとから選んでくる。
その製品の目的やデザインに素材をコミットさせる感じです。
なので、製品のコンセプトありき、ひいていえば製品を使う人ありきなんですね。
使う人の「出掛けること」や「書くこと」、「考えること」が大前提としてあります。
変に縛られるのが嫌なんですよ、僕。
こういったデザインでこういった製品をつくりたいのに、僕は革しか扱えないから革でやるしかない。
それって自由がないですよね。
そうではなくて、やっぱりその製品に一番適した素材でつくりたい。
つくりたいものとか届けたいものに合わせて、最適な素材とつくりかたで、一番良い形のものづくりをしていきたいっていうのはあります。
おわりに
インタビューのなかで、強く印象に残っている言葉があります。
「あまり自分の色というものを求めていない」
藤本さんの人柄とSIRUHAの精神をズバッとあらわした一言です。
ものづくりに携わる人たちに対する(固定的な)イメージとして、彼らの製作活動は自己表現である、といったような見方が一部ではたしかに存在するでしょう。
いわゆる職人気質というものです。
そこでは、生み出されるプロダクトは単なる「商品」ではなく、「芸術作品」の要素もはらむことになります。
事実、SIRUHAの製品はとても美しいです。
しかし、藤本さんのものづくりには「エゴ」がありません。
一番大切なのは、他でもなく製品を手にとって使う人。
手帳や鞄を携えて、出掛けて、書いて、考える。
その営みに寄り添うことこそが、もっとも優先されるべきことがらなのです。
自分らしさを追いかけないところが、なんだか逆に、とってもSIRUHAらしいですね。