大阪維新、次のスター発掘狙った「ASAYAN」戦略は不発? 「ポスト松井」担う吉村府知事、勝敗ラインを設定した真意とは

記者会見する松井一郎大阪市長。左は吉村洋文大阪府知事=2020年11月1日、大阪市

 政治団体・大阪維新の会前代表の松井一郎大阪市長が、4月の任期満了をもって政界を引退する。舵取りを引き継ぐのは現代表の吉村洋文大阪府知事を筆頭とする「吉村世代」だ。松井氏は転換期をこう表現する。「激動の10年から成熟の10年へ」。大阪維新は改革政党をうたい、発信力と実践で駆け上がってきた。そうした「ベンチャー」の時期を過去のものとし、ローカル政界の「与党」として確固たる地位を築くことができるか。目前に迫る統一地方選は、「ポスト松井」の党勢を占う上で極めて大きな意味を持つ。
 吉村氏は既に布石を打っている。自身が再選した場合に新たなパートナーとなる大阪市長選候補を「予備選」で決め、統一選対象の大阪市議選で過半数が取れなければ大阪維新の代表を辞任すると宣言した。世論の喚起を狙うやり方は松井氏やその盟友、橋下徹氏の姿と重なる。ただ、「大阪都構想」の実現を掲げて激烈な政治闘争を仕掛けた頃に比べると存在感のアピールに四苦八苦している印象が拭えない。
 大阪維新が抱える課題を初の試みとなった予備選からひもとくとともに、次なる成長戦略を探る。(共同通信=木村直登)

大阪市長選の予備選で公開された動画のリスト=動画投稿サイト「ユーチューブ」のスクリーンショットから

 ▽大阪市長予備選、目指したのはバラエティー番組「ASAYAN」
 松井氏は橋下氏と2010年に大阪維新を創設し、橋下氏が15年に政界を去ってからは名実ともにリーダーとして組織を束ねてきた。歯に衣着せぬ物言いで組織の政策論を主導。目玉施策となった、25年大阪・関西万博誘致やカジノを中心とした統合型リゾート(IR)誘致では、安倍晋三元首相や菅義偉前首相との間で築いた太いパイプをフル活用した。
 松井氏の存在は大阪維新の政治力に直結しているだけに「引退は組織にとって痛手」(府議)となる。大阪市長は組織にとって象徴的なポストで、今年春の市長選に挑む候補者の選定は最大の関心事だった。
 松井氏は「吉村世代は甲乙付けがたい」として後継指名せず、予備選による候補者決定を要望。昨年7月に準備委員会が設けられ、具体的な方法について検討が始まった。その際に吉村氏が出した指示は「ASAYANみたいにしたい」だった。
 ASAYANは1990~2000年代に放送され、オーディション企画が人気を集めたバラエティー番組。それまで無名だった人が厳しい審査でふるいにかけられていく過程を視聴者に見せて、デビューまでの悲喜こもごもを共有した。当時としては斬新な仕掛けで、アイドルグループの「モーニング娘。」やボーカルユニットの「CHEMISTRY」など、多くのタレントを生み出した。予備選もこれと同様、選考過程を公開して露出を増やし、知名度のない候補者を「次のスター」に育て上げる構想だ。
 

 主戦場にしたのは、動画投稿サイト「ユーチューブ」。討論会など堅い内容にとどまらず、お笑い芸人のたむらけんじ氏を司会に招いて候補者5人にひねりのきいた回答を求める「大喜利大会」や、候補者の休日に密着した動画を公開。人数を絞り込む審査には、キャスターの辛坊治郎氏や国際政治学者の三浦瑠麗氏ら著名人を委員に起用した。
 動画を中心としたのには制度上のやむを得ない事情もあった。予備選の実施を大阪市民に幅広く知らせると、告示前の選挙活動を禁じる公職選挙法に抵触する恐れがある。このため、あくまで組織内の行為として完結させる必要があったのだ。街頭演説は断念し、所属議員は特定の候補に対する支持表明も禁止された。違反した場合の公認取り消しまでほのめかす徹底ぶりで、広報活動はいきおい抑制的になった。運営に関わった議員は期間中、党内の雰囲気をこう明かした。「何か間違いが起きて予備選全体にケチが付いたら責任を負えない。正直、みんなびびっている」
 12月10日に投開票された結果、投票権が与えられた府内在住の日本維新の会の党員の投票率は34・18%に低迷。議員からはこんな声が漏れた。「組織外には予備選の存在すら知られていない」。選出された横山英幸・大阪府議は大阪維新の幹事長を務めるが、松井、吉村両氏に比べると知名度は低いまま。予備選は松井氏らが当初狙ったほどの成果は上げられなかったように映る。

記者会見する大阪維新の会代表の吉村洋文大阪府知事と、大阪市長選への擁立が決まった府議の横山英幸氏=2022年12月10日、大阪市

 ▽市議選に勝敗ライン設定、背景に「争点がない」
 「大阪市議会で過半数を目指す。実現できなければ代表を辞任する-」。吉村氏は昨年12月20日、再選を目指して知事選に立候補すると表明した際、「勝敗ライン」に言及。大阪維新代表としての進退を懸けることも明言した。4月の統一地方選では知事選、大阪市長選に加えて府議選、大阪市議選も同時に行われる。府議会では過半数を確保している一方、市議会ではわずかに届いていない。
 市議会は定数2~6人の選挙区が24ある中選挙区制度。過半数獲得には一つの選挙区で複数の候補を当選させる必要があり、ハードルは高い。特定の支持母体を持たない大阪維新が当選者を増やすには、投票率向上が勝利の絶対条件になる。
 これまで大阪維新は統一選で大阪都構想を掲げて「維新か非維新か」という構図をつくり、反対派の活発な活動も相まって選挙に高い関心を集めてきた。
 ある幹部は「いかに維新中心の選挙にするかを考えてきた」と打ち明ける。2020年の住民投票でもし都構想が可決されていれば、今春の統一選では投票率を上げる秘策があったという。名称を「大阪都」か「大阪府」か、どちらにするかを決める住民投票を併せて実施する青写真を描いていたのだ。実際は都構想が僅差で否決。このため「今回は争点がない」と頭を悩ませる。
 維新は大阪府知事選が注目を集められるかどうかにも気をもむ。4年前の前回選では、吉村氏が対立候補に100万票超の大差を付けて圧勝した。今回、維新内部では対抗馬が立たずに無投票の可能性すらあると当初はささやかれた。無投票になればその分、大阪市議選の投票率が下がる。「泡沫候補でも誰でも良いから選挙にしてほしい」との声が聞こえていた。

大阪都構想の住民投票告示を受け、街頭演説する自民党大阪市議の北野妙子氏=2020年10月12日、大阪市

 結局、1月7日になって、共産党元参院議員の辰巳孝太郎氏が知事選への立候補を表明。「カジノ反対」を明確にして大阪維新との対決姿勢を打ち出した。ただ、肝心なのはこれまでの選挙で「反維新」勢力の中心を担ってきた自民党の動向だ。自民党はIR誘致施策を政権与党として推進してきた立場でもあり、知事選も大阪市長選でも候補者擁立に難航し、方向性が定まらない。
 有権者の注目をいかに集め、選挙を盛り上げるか。維新幹部は、吉村氏の「代表辞任」発言も、この延長線上にあると推測している。「少しでも関心を高めようと『首』を懸けたのだろう」

記者会見する橋下徹大阪市長(当時)=2015年10月31日、大阪市

 ▽柱は次世代への投資。「頭でっかち」への懸念も
 大阪維新はこれまで、時に強引な方法もいとわず既存の仕組みを変革しようと進んできた。創設当時を知る議員は、立役者である橋下氏の功績について「政治を身近なものにしたことだ」と振り返る。松井氏も踏襲したその手法は賛否が鋭く対立する一方で、その摩擦が生み出す世間の注目を大きな推進力にしてきた。この議員は大阪維新の現在地をこう分析する。「税金の使い道や行政組織の在り方を見直してきた結果、当時のような勢いをつくり出すのは難しくなった。新たな核は生まれにくい状況だ」
 今回の統一選で、大阪維新は教育費支援政策の拡充を主要公約に据える。大阪市内では「教育無償化」を切れ目なく実現するとアピールする方針だ。吉村氏は「都構想に代わるものではない」としつつも「子どもたちが自分の可能性を追求できる社会を目指したい。これは政治思想だ」と語る。「教育支援に手厚い自治体づくり」を大阪維新の新たなイメージとして浸透させたいという意図は明確だ。
 他方で、ベテランからは「地上戦」の重要性にも目を向けるべきだという指摘が上がる。「政策ばかりで『頭でっかち』になっていないか」。支持者の気持ちをつかむには、一人一人が支持を固める地道な活動が今こそ大切だと説く。
 大阪維新は結成から間もなく13年。都構想を旗印にした黎明期に区切りを付け、次のステージを描くことができるのか。統一地方選という大きな節目を前に模索が続く。

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