メタリカ「ブラックアルバム」の衝撃!全てを塗り替えたオルタナグランジの流れ  HM/HRシーンの大物アーティストたちが賞賛した名盤

東京ドームで痛感。1年遅れの「80sメタル終焉」の瞬間

91年12月31日、僕はカウントダウンライヴ『FINAL COUNTDOWN '91』を観るために、東京ドームにいた。今では毎年恒例、ジャニーズのカウントダウンが行われるこの大規模会場で、89年、90年に続き、3年連続でHM/HR系のアーティストが集いフェスが行われていたのは、HM/HRがメインストリームで隆盛を極めた時代を象徴しているようで、今となっては考えられないことだ。

けれども、91年は少々趣が異なった。出演はサンダー、テスラ、ヨーロッパ、そしてメタリカの4アーティスト。中でも、アルバム『メタリカ(通称ブラック・アルバム) 』(以下ブラック・アルバムと記す)をリリースし、スラッシュメタルの枠を超えて、世界的なビッグネームへの道を歩み出していたメタリカが、圧倒的な存在感を放っていた。

他の3バンドも奮闘して、素晴らしいライヴを展開してくれたが、80年代のHM/HRシーンを象徴する存在のヨーロッパは、いつもより激しい選曲で応戦したものの、メタリカとは観客の反応に雲泥の差があった。それはバンドのタイプの違いというよりも、新しい時代を捉えきったバンドと、そうでないバンドの差を感じずにはいられなかった。

東京ドームはざっと見た限り6割〜7割程度の入りだったけど、会場全体から熱狂的に迎えられたメタリカは、『ブラック・アルバム』の楽曲を日本で初披露していく。疾走感と複雑な構成を主体にした、前回のツアーで観た時のメタリカとは打って変わり、そこには彼らが標榜する、時代を映し出した新しいメタルロックの姿が表現されていた。

80年代のメタリカ、ひいては80sのHM/HRに心酔してきた僕は、アルバムを聴いて率直に受けた “違和感” を、ライヴを観ても覆せずにいた。80年代から続いたHM/HRの潮流が、何か大きく変わり始めている。そんな事実を、改めてこの夜のライヴで突きつけられた気さえしたのだ。

ニューイヤーの1992年に変わるカウントダウンの瞬間に間に合わせるため、メタリカは帳尻合わせするように「ワン」を強引な速度で演奏した。結局、会場全体でのカウントダウンのコールに、ぎりぎりのところで間に合ったけれど、今にして思えば、あれは、“80sメタルバブルの終焉” を告げる、1年遅れのカウントダウンを意味したのかもしれない。

最速から最重へ。メタリカ、スラッシュメタルから転向の衝撃

アメリカのバンドながら、英国由来のNWOBHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)に強い影響を受け、より速く過激なメタルを標榜していったメタリカは、個性的でマイノリティなサウンドを持って、いつしかスラッシュメタルと呼ばれるジャンルを確立。80sのLAメタルムーブメントに端を発した、煌びやかなヘアメタル勢らに象徴される、ルックス重視で売れ線を狙った軟派なバンド達に不満を抱えていた層に、熱狂的な支持を集めた。血気盛んな若者達がフラストレーションをぶつけられる、硬派なメタルバンドの代表格にメタリカは君臨し、結果としてビジネス的にも成功を収めることになった。

より複雑な構成のスラッシュメタルで、音数を限界まで詰め込んだ『メタル・ジャスティス』を世に出したメタリカが、次のステップにどう打って出るのか。注目された彼らが選んだ方向性は、これまで音数を足し続ける一方だったサウンドを整理し、コアの部分を残し究極まで削ぎ落としていく、引き算を絶妙に用いた手法だった。

その変化は、楽曲のBPMにまで及んだ。アルバムにはスラッシュメタルのアイデンティティと言える速い曲はほぼ入っておらず、漆黒で塗りこめられたジャケットが代弁するように、グルーヴィーで重々しいモダンなヘヴィネスが、作品全体を貫いていた。今や彼らの代表曲のひとつ「エンター・サンドマン」、極限にまでスローに落とした「サッド・バッド・トゥルー」を聴いた時、僕が受けた衝撃と戸惑いは半端なかったし、そうした思いを同じように抱いたファンも少なくなかったはずだ。

ニルヴァーナの登場、全てを塗り替えたオルタナ・グランジブーム

速く複雑から、重くシンプルへ。転向とも言えるメタリカの変化に繋がった大きな要因のひとつは、アメリカ・シアトルに端を発した、オルタナティヴ・グランジ・ロックからの影響だ。

80sの音楽シーンのメインストリームに躍り出て商業主義化していったHM/HRと相反する、過激なスラッシュメタルを確立したメタリカが、同じように80年代の音楽シーンの、商業主義的な姿勢に対する不満から隆盛した、オルタナ・グランジのアティテュードに共鳴していったのは、ごく自然の流れだったと言えるだろう。

僕がオルタナ・グランジ系のバンドで、初めて意識して聴いたのが、89年のサウンド・ガーデンだった。彼らは比較的メタル寄りのサウンドを吐き出していたとはいえ、ヘヴィでドゥーミーなリフが全面を支配する曲調は、煌びやかな80sメタルバブル絶頂期の中で新鮮に聴こえた。

こうした系統のバンド達が、まさか90年代のロックシーンを塗り替えていくという想像をする間もなく、パール・ジャム、アリス・イン・チェインズら、多くのバンドが次々と登場しシーンを席巻した。

決定打となったのが、ニルヴァーナであることは周知の通りだ。アルバム『ネヴァーマインド』とシングル「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」のメガトン級のヒットが、80sのHM/HRバンドの多くを、一夜にして古びたものとして、お払い箱へと追い込んでしまう。

ニルヴァーナのアルバム『ネヴァーマインド』の発売は91年9月で、メタリカの『ブラック・アルバム』はそれよりも2ヶ月先行していた。80sのメタルに見切りをつけ、時代の波を確実に捉え自ら創造していったメタリカのクレバーな姿が浮かんでくる。ニルヴァーナの登場と時を同じくして、メタル側から発信された『ブラック・アルバム』の登場によって、80sのメタルシーンが狂騒した煌めきが、そのジャケットのように黒く塗りつぶされたのは、皮肉なことだった。

「ブラック・アルバム」、全てが急速で極端すぎた80sから90sへの転向

『ブラック・アルバム』が、いかにモンスター級のヒット作であろうと、僕自身は、リアルタイムで強い影響を受けた80年代の初期4作をメインに、メタリカを今後も聴き続けるだろう。

それでも、今となっては『ブラック・アルバム』に対して当時抱いた違和感はなく、優れた作品として普通に聴けるのも事実だし、後世のHM/HRシーン、ロックシーンに与えた、とてつもない影響の大きさを理解できる。世代的には僕より10才以上年下で、90年代以降にロックやHM/HRを聴き始めた多くの人達にとっては、まさにバイブルと言えるのだろう。

振り返ってみても、90年代初頭の転換点で、何もかもが急速に入れ替わり過ぎたのは、とても残念な出来事だったと思う。新しい波のオルタナ・グランジか、それとも旧来の80s的なメタルか、という極端な2択ではなく、ロックもメタルも90年代に様々なスタイルが適度なバランスで共存していれば、80sのHM/HRファンにとっての “失われた10年間” は、起こらずに済んだはずだ。逆にいえば、80sのメタルシーンが、バブルとして膨らみ過ぎたせいで、正常な揺り戻しが起こった側面もあるのかもしれない。

90年代の日本におけるHM/HRシーンでは、新しい波に乗りそこねた僕のようなファンに支持された、ビッグ・イン・ジャパンと言える洋楽アーティストが台頭するなど、海外マーケットと乖離するいびつな現象が起こってしまう。

2000年代以降には、長い暗黒期を経て80sのHM/HR自体が再評価され始め、多くのバンドが復活を遂げていったし、メタリカにしてもルーツに立ち戻るような動きも見受けられた。それでも、あの時失われた時間の代償は、80sのメタルをこよなく愛してきたファンにとって、大き過ぎたと言わざるを得ない。

本物同士だからこそわかる、メタリカの変化を恐れぬ勇気

ある意味、バンド史上最大の物議を醸し出した『ブラック・アルバム』が発売されて、すでに30年以上が経過した。現時点で全世界において3000万枚以上という、とてつもないメガセールスを記録。今やロック史に燦然と輝く、不朽の作品として君臨しているのは、周知の通りだが、リリース時に今の状況を予知できた人は、恐らくいないだろう。

30周年の記念すべきタイミングでは、キッスのポール・スタンレー、アイアン・メイデンのブルース・ディッキンソンを始め、多くのHM/HRシーンの大物アーティストが、その歴史的な意義を賞賛するコメントを出しており、実に興味深かった。そのいずれもが80年代から90年代の急速な転換点で苦悩し、方向性を模索したアーティストたちだ。

彼らが一様にメタリカを讃えているのは、時代に合わせて変化を恐れず、レベルアップしながら新たな一歩を踏み出した勇気だ。一流のHM/HRアーティスト達の多くは、メタリカ同様に80sのHM/HRムーブメントが、時代の変化の中で岐路に立っているのをすでに感じていた。それでも、殆どのアーティストは変化を躊躇したり、状況を傍観したりするのが精一杯だった。

そうした中でメタリカは、たとえ旧来のファンに批判を食らおうとも、勇気と時代を読むチカラで『ブラック・アルバム』を生み出した。90年代の音楽シーンに向けた新たなメタルの基準を自ら定め、新世紀へと継承したのだ。

カタリベ: 中塚一晶

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