映画化で新たに生まれ変わった『キャッツ』のサントラを解説

Photo: NBCUniversal

史上屈指の人気ミュージカルを新たな世代向けに作り変え、映画のスケールや野心に見合う音楽を生み出す。そんな無理難題を提示されたらどうすればいいだろう?ここでは、2019年12月20日に公開された(日本公開は2022年1月)映画版の『キャッツ』のサウンドトラックを例にとってみよう。そのサウンドは、“オリジナル版の根幹にある感情を紐解き、それを凌ぐ魅力と個性でスケール・アップする”ということにありそうだ。 

“浮気な戯れ”

サントラの冒頭から一貫して感じ取れるのは、今回のリメイク版が各キャラクターに合わせて作り込まれた”キャラクター・ピース”だということである。そこではそれぞれの役者がユーモアや活力、哀愁などを楽曲に添えることで、役柄に込められた意味や細かい描写をいっそう際立たせている。仰々しい曲調の「Overture」は、愉快でエネルギーに満ちた劇全体の空気感を象徴するオープニング・ナンバー。”浮気な戯れ”とでも表現したくなるような1曲である。私たちが慣れ親しんだ舞台版より華々しさは増しているが、そのオリジナル版を強く意識した仕上がりになっている。

振り返れば、『キャッツ』の誕生秘話は一風変わったものだった。アンドリュー・ロイド=ウェバーは、T・S・エリオットの詩集を基にしてこの大ヒット・ミュージカルを制作した。1981年にウェスト・エンドでお披露目されると、ロンドンではたちまち好評を博したが、ブロードウェイの批評家たちに受け入れられるまでは少々時間がかかった。一方でこの作品はブロードウェイに訪れる一般客の心を掴み、以降、再上演を繰り返しながら英米両国でミュージカル界屈指の公演回数を重ねている。

この作品を映画化する話は何度も上がっていたが、そのたび立ち消えになっていた。例えば、第二次世界大戦中という舞台設定も、90年代に入るまで認められなかった。そして、そうした壁をようやく乗り越えたのが、トム・フーパー監督による2019年の映画化だった。撮影は2018年後半に始まり、2019年の春にはほとんどのシーンを撮り終えていたという。

フーパーは自身の構想を実現させるべく、ジュディ・デンチ、ジェームズ・コーデン、イアン・マッケランなど豪華俳優陣を起用。その中でも特に大きな話題を呼んだのは、やはりボンバルリーナを演じたテイラー・スウィフトと、グリザベラを演じたジェニファー・ハドソンだった。そのうち、テイラーは映画版の新曲である「Beautiful Ghosts」の作曲にも参加。ジェニファーは、同ミュージカル不動の定番ナンバーである「Memory」に挑戦した。

だが、映画『キャッツ』のサウンドトラックの聴きどころは、決してこの2曲だけではない。

 一新されたサウンド

本編に入って最初の楽曲である「Jellicle Songs For Jellicle Cats」は、のっけから忙しないアンサンブルが特徴のナンバー。タイトで溌剌としたメロディを支えるシンセ・サウンドが高揚感を生み出している。また、今回のリメイク・ヴァージョンでは、随所にユーロビートのような雰囲気も感じられる。そのことが示すように、この映画版のサントラは、なるべく幅広い観客に響く作品にするため細部まで繊細に作り込まれている。この曲を聴けば、初めて聴く人にもそのことがよくわかるだろう。

ロンドンのキャストにより録音された1981年版や、翌年にリリースされた同様のブロードウェイ版を聴き込んだファンは、慣れ親しんだ楽曲のサウンドが大きく変わっていることに気づくはずだ。もちろん、異様に思えたり、原型を留めていなかったりするほど劇的な変化があるわけではないが、少なくとも“鮮烈なリメイク”と言えるだろう。ここぞという見せ場を増やしたり、ジェンダーに関する思わぬメッセージを加えたり (映画ではオールド・デュトロノミーをジュディ・デンチが演じた) 、ドラマ性を高めたり (これは映画全体に言えることだ) と、オリジナルとの違いは少なくないが、どこを取ってもこのサウンドのリメイクは成功を収めている。

舞台版『パリのアメリカ人』への出演で知られるロビー・フェアチャイルドがリードする「The Old Gumbie Cat」は、オリジナルに近い正統派の名演だ。一方、都会的でクールなモータウン風のナンバー「The Rum Tum Tugger」はジェイソン・デルーロの歌声も相まって、現代風の目新しいリメイクとなった。このトラックがR&Bのプレイリストに入ることは流石にないだろうが、それでも質の高い新鮮な仕上がりである。

また、以前カイリー・ミノーグとデュエットのクリスマス・ソングを発表したこともある有名司会者のジェームズ・コーデンは、「Bustopher Jones: The Cat About Town」で熱演を披露。ミュージック・ホール調の彼のパフォーマンスは、ウェスト・エンド版に感じられた魅力を見事に蘇らせている。

大正解だったテイラーの起用

他方、魅惑的なデュエット曲「Mungojerrie And Rumpleteazer」は、舞台版をよく知らない人にとっては少々取っつきづらい印象を与える1曲だろう。ジュディ・デンチ演じるキャラクターに捧げられた「Old Deuteronomy」 (デンチ自身もコーラスの終わりから曲に加わる) では、マンカストラップ役のロビー・フェアチャイルドによるすばらしい歌声を楽しめる。このパフォーマンスに心が震えない人はきっと、よほど動じないタイプなのだろう。

映画版の新曲である「Beautiful Ghosts」は、劇中にてヴィクトリア役のフランチェスカ・ヘイワードによる歌唱で初めて披露される。英国ロイヤル・バレエ団のスターである彼女にとっては、これが長編映画初出演となった。テイラー・スウィフトがアンドリュー・ロイド・ウェバーと共同で書いた同曲は、軽やかかつ繊細な特徴を持つ、美しいバラード曲だ。

この曲は不朽の名曲である「Memory」にも引けを取らない力作である。実際、第77回ゴールデン・グローブ賞でもその完成度が認められ、主題歌賞へのノミネートを受けた。

「Gus: The Theatre Cat」では、イアン・マッケランのまごうことなき歌声を聴くことができる。いかにも演劇らしいこの1曲は、彼の演技に合わせて細かく作り込まれた、いわば”パフォーマンス・ピース”である。誰もが慕うベテランの名優に用意された贈り物といえるだろう。

続く「Skimbleshanks: The Railway Cat」は、高揚感のあるアンサンブルが魅力の快作だ。

そして、テイラー・スウィフトは「Macavity」でようやく本格的に脚光を浴びる。これまでの楽曲とはまるで異なる、官能的な雰囲気を持つ1曲となっている。スウィング・ジャズ調の楽曲に取り組むのはテイラーにとってこれが初めてだったはずだが、堂々たる出来栄えである。また、同曲の終盤にはイドリス・エルバが加わってくるが、そのことはその後の劇中でのふたりの関係を暗に匂わせている。

すべてはアンセム「Memory」のために

若手俳優のローリー・デヴィッドソンも「Mr. Mistofelees」で見事なパフォーマンスを見せているが、この曲は結局のところ『キャッツ』きってのアンセムへのお膳立てに過ぎない。グリザベラ役のジェニファー・ハドソンが名演を聴かせる「Memory」は、まさに傑作と呼ぶに相応しい1曲。抑制の効いた力強さという点ではオリジナル版に劣るが、この映画版は繊細で脆さのある歌唱になった。ジェニファーはバックのあっさりとした演奏に乗せて、パワフルな歌声を存分に披露。同曲がこれほどソウルフルなリメイクを施されるとは誰が想像しただろう?

続く「The Addressing Of Cats」では、いよいよジュディ・デンチが登場。彼女は舞台版の初演にも出演する予定だったが、当時は訳あって辞退していたという。今回映画版のキャストとしてようやく出演が叶ったわけだが、彼女はオールド・デュトロノミーというお馴染みの人気キャラクターに新たな命を吹き込んだ。ジュディの声に以前ほどの力強さは感じられないかもしれないが、それでも情感溢れるその歌唱は、失ったものを補って余りあるパフォーマンスである。

華やかで聴く者を夢中にさせるサントラ

映画のエンド・クレジットでは、テイラーがポップ調のヴォーカルで歌い上げる新曲「Beautiful Ghosts」が流れる。この曲は彼女がソングライターとして自信を深めていることを如実に表しており、将来のスタンダード・ナンバー候補として、そのポテンシャルには疑いの余地がなくなっている。もちろんそこにはアンドリュー・ロイド・ウェバーならではの手腕も感じ取れるが、テイラーのメロディ・センスと自信みなぎるヴォーカルこそが、この曲の活力になっているのだ。

大ヒット・ミュージカルである『キャッツ』のイメージは長い時を経て固定化しており、その映画化はハードルが高すぎると考えられていた。その実現のためには発想を飛躍させることが必要だが、どういうわけか、演劇の舞台の方が自由な想像力を発揮しやすい節がある。おそらく、演劇はその場限りの体験であることから、観客たちもしばし現実を忘れて目の前のショーに身を委ねやすいのだろう。だからこそ、今回の新たなリメイクは、何よりも大胆な挑戦だった。ミュージカル界でも格別に愛されている楽曲群は、華やかで聴く者を夢中にさせるサウンドトラックへと生まれ変わった。

もちろん、かつての舞台版のキャストによる名演にも愛すべきところは多いが、このリメイクは実に色鮮やかな出来栄えになっている。そのショーにおいては、音楽が観る者の想像を超える景色を見せてくれるのだ。

Written By Mark Elliott

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