65年の眠りから覚め墨に 「生まつ松煙」名匠に俵託す

すす俵を開ける堀池雅夫さん(左)ら=和歌山県田辺市鮎川で

 1958年に生産が途絶えた墨の原料「紀州生(いき)まつ松煙」の俵が和歌山県田辺市内で保管されていたことが分かり、24日、県の名匠で紀州松煙墨製作者の堀池雅夫さん(71)=田辺市文里1丁目=らが開封した。堀池さんが製品に仕上げる。墨は熟成が必要なことから、出荷できるのは早くても6年後になるという。

 松煙は松材をたいて作ったすすで、800年の歴史があるともされる。障子で囲った小部屋にたき窯を設置し、障子に付いたすすを払い落として採取する。

 「生まつ松煙」は、立ち木の松に傷を付けてやにを増やした幹から取った良質のすすで、紀州の特産品だった。しかし、田辺市で4代、100年にわたって松煙問屋を営んでいた新仁商店(田辺市北新町)が58年に閉店して以来作られていない。

 93年には、4代目当主の故鈴木桂一郎さんが、資料として保管していた松煙俵から記念墨200丁を作って書家らに配布し、その歴史に幕を引いた。

 今回の俵は、5代目に当たる恭一さん(77)=自動車販売会社経営=が数年前、実家の蔵を整理し見つけた。その後保管していたが、このほど、全国で唯一松煙墨を製作している堀池さんに託した。

 この日、鈴木さんや、すすの採取に使われた和紙「山路紙」を復活させた造形作家、奥野誠さん(69)=田辺市龍神村=ら関係者約10人が同市鮎川にある堀池さんの工房「紀州松煙」に集まり、すす俵を開封した。

 俵は重さ12.8キロ。口が独特の結び方できつく締められ、すすは山路紙で包まれていた。

 開封した俵からすすを取り出した堀池さんは早速、にかわと混ぜ合わせて練り、型にはめて45グラムの墨を作った。65年の眠りから覚めたすすの手触りに「やわらかくて作業しやすい。途絶えていたものの橋渡しができてロマンを感じる」と感無量の様子。

 墨が熟成するには最低でも6、7年かかるが、試しずりは半年後にできるという。鈴木さんは「出来上がりが楽しみ」と話していた。

生まつ松煙から作られた墨

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