<書評>『沖縄と国際人権法』 翁長氏の「宿題」への回答

 研究者に必要な資質は何かと問われたら、私は迷わず「冷静な頭脳と温かい心」と答える。これは近代経済学の祖といわれるアルフレッド・マーシャルの言葉であるが、本書は一貫してこの言葉を実践しているといえよう。

 あえて言おう。県外出身者で、沖縄が抱える繊細な問題に頭を突っ込み、沖縄の皆さんの心をザワつかせかねない研究や発信をする者は、よほどの覚悟があってやっている者か、よほどの空気がよめない者か、わかっていない者(アホ)か、耳目を集めたいだけの者(カシコぶりたい)であると。ましてや沖縄在住となると、その色合いはますます濃くなる。

 本書は、故翁長雄志知事から著者が勝手に受けとった「宿題への回答」を、復帰50年の節目に世に問うことにしたものであるという。この「宿題」とは、2015年9月に当時の翁長知事が、国連人権理事会で「沖縄の人々の自己決定権」が「ないがしろにされている」という口頭声明を読み上げたことが、沖縄県議会で大きな批判を浴びた。この口頭声明の実現に著者もかかわっていたところ、これら大きな批判、それも「現実の政治によって大いにゆがめられた」議論が起こった時に「何もできなかった人間のひとりとして」、「沖縄の人々の自己決定権」という言葉の「正当性を証明」しようとするものである。そしてその証明は、国際人権法という学問を使い、冷静かつ丁寧になされている。これは、著者が昨年秋の国際人権法学会でも本書をベースとして「復帰50年に問い直す『沖縄の人々の自己決定権』という問い」という報告をし、評価を受けたものである。

 この重い宿題に回答するために、著者は子連れでイギリスに留学し、国際人権法を学ぶのであるが、この子連れ留学記だけで十分一冊の本になるくらいだ。よほどの熱い思いと覚悟が根底にないと、できない行動であると断言できる。著者の阿部藹さんには、翁長さんが残した「宿題」に、ひとつの回答ができたと胸をはってほしい。

(谷口真由美・法学者)
 あべ・あい 1978年生まれ。琉球大客員研究員・非常勤講師。元NHKディレクター。
 
沖縄と国際人権法 阿部藹(アベアイ)著
A5版 158頁

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