U2の名曲「With or Without You」を振り返る:新録アルバム発売記念

2023年3月17日にリリースされるU2のニュー・アルバム『Songs Of Surrender』は、彼らの40年を超えるキャリアを通して発表してきた最も重要な40曲を、過去2年間に行われたセッションで2023年版として新たな解釈で新録音したアルバム。

このアルバムの発売を記念して、U2の名曲を振り返る記事を連載として公開。元ロッキング・オン編集長であり、バンドを追い続けてきた宮嵜広司さんに寄稿いただきます。第1回は「With or Without You」。

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1. 楽曲発売当時のバンドの背景

U2と聞いてほとんどの人が真っ先に思い浮かべるのがこの「With or Without You」ではないだろうか。U2サウンドのシグニチャーとも呼べるジ・エッジのどこまでも余韻が続くギター、語りかけるようなヴォーカルの静かな序盤は次第にバンド全体で高まっていき、それがライヴ会場であれば必ずや大観衆による大合唱が巻き起こること必至となるであろう、彼ら独特の高揚感を持った1980年代を象徴するメガヒットナンバーである。

実際、1987年3月、通算5枚目のアルバム『The Joshua Tree』からのファースト・シングルとしてリリースされた本曲は、バンドにとって初の全米チャート1位を記録、収録のアルバム『The Joshua Tree』は同じく全米チャート9週連続1位、全世界で2,500万枚という空前のセールスを達成している。

しかし、だからといってこの曲は聴いての通り、勝利の歌でも歓喜の歌でもない。むしろ歌の中の主人公は抜き差しならない状況に置かれ、それでも生き抜くことを迫られているかのようである。

結果的にこのシングル、そしてアルバムで名実ともに「世界最高のロック・バンド」へと登りつめることになるU2は、今作リリースに至るまでの道程は平坦でも単純な上り坂でもなかったと言っていいだろう。

1984年の前作『The Unforgettable Fire』の成功で一気にスターダムの仲間入りを果たしたバンドは、1985年に開催された一大音楽チャリティ・イベント「ライヴ・エイド」に「若手の有望株」として参加(錚々たるロック・レジェンドが集結したバックステージではフレディ・マーキュリーに話しかけられたのに本人と気づかず、ザ・フーのピート・タウンゼントに「緊張しますか?」と訊いて呆れられ、デヴィッド・ボウイやポール・マッカートニーが次々に挨拶してくれることに慌ててるだけだったと後日ボノは述懐している)。

あまりにも劇的な「ロック・スターの通過儀礼」をサバイヴする一方で、U2の終生のテーマである「現実」へのコミットはさらに深まり、ボノは妻アリとともにアフリカはエチオピアへと赴き、そこで世界の問題の根深さと複雑さにあらためて向き合うことになる。

音楽面でいえばその後訪問したザ・ローリング・ストーンズのニューヨークのレコーディング現場において、ミック・ジャガーとキース・リチャーズにセッションへの飛び入り参加を促されても何もできない自分にブルース、ゴスペル、カントリーといった「ロックの基本原理」がほとんど備わっていないことを突きつけられてもいる。

ジ・エッジはといえば、小規模な映画のサウンドトラック(『Captive』)を手掛け、そこでテクニカル・ギターの権威、マイケル・ブルックと出会っている(U2サウンドの代名詞といえるジ・エッジのあのギター・サウンドは、このマイケル・ブルックの「インフィニット・ギター」の試作品が出来上がるまで待つことになる)。

世界的な認知も得てさらにもういち段階、大きくなろうとしていたバンドの実情は実はこのように揺らぎ、まだ確固たる自信も言葉も音も曖昧だった状態。それがこのときのU2だったのである。

*編註:「インフィニット・ギター」とは、マイケル・ブルックが、音を無限に持続させる方法として考案した改造品のギターのこと。ギターのピックアップからの信号を増幅し、別のピックアップ・コイルに戻す電子回路で構成されており、正しく使用すると、連続した持続音が得られる。

2. この曲が伝えてきたものとは?

ライヴではほんの一時期、セットリストから外されるときもあったが、発表以来ほぼすべてのステージで演奏され、U2の外せない代表曲のひとつとして、ファンもこよなく愛してきたこの「With or Without You」だが、上記のとおり、その制作は当初から確信をもって進められたというわけではなかった。

その原型は『The Unforgettable Fire』ツアーの間に浮かんでいたアイデアのひとつだったという。ボノが書いたコード進行はあったものの、なかなか形になることなく作業は難航していたとか。

突破口が開けたのはU2の長年のクリエティヴ・スタッフであるギャヴィン・フライデーの働きとあの「インフィニット・ギター」だったそうで、そこからはプロデューサーのブライアン・イーノのキーボードのアルペジオ、アダムのベースも加わって、一気に骨格ができていったそうだ。「With or Without You」は「大きな飛躍の瞬間」だったとジ・エッジは後に語っている。

しかし、それでもこの曲の完成を難しくしたのは歌詞だったそうで、ボノ自身「この曲のテーマは苦悩」だと語ってもいる。前作『The Unforgettable Fire』、そして「ライヴ・エイド」で得た名声は自身を気鋭のロック・スターに仕立て上げていた。何にも縛られず欲望を解放したいと猛るアーティスト・エゴの一方で、しかしもうひとつの現実には普通の家庭への責任を負う自分もいるという葛藤。アーティストには自由な放浪こそ大事で、もしかしたらこんなに曲が書けなくなったのはもはや自分が飼いならされてしまったからではないか? いや自分は果たして家庭人としての自分を裏切ることができるのか? そんな解けない矛盾が、まさに「With or Without You」というタイトル、及びサビにシンボリックに表現され、「あなたがいてもいなくても、僕は生きられない」という非常に謎めいたフレーズへと昇華されている。

後にボノは「その葛藤が生み出す緊張感こそが僕をアーティストにしてくれてたんだ」と語っているが、ヒット・チューンとして受け取ったわれわれ聴き手側は、その葛藤が解決されないままだったことから、実にさまざまな受け止め方をしてきたと思う。ラヴ・ソングと受け取ることもできるだろうし、ある種の神との対峙と受け取ることもできるだろう。「With or Without You」は、葛藤が葛藤のまま、矛盾が矛盾のまま放り出されたことによって、どこまでも絶えることのない広がりと奥行きを持った特別な曲になったのである。

3. 新作で新録された音源は何がどう変わったのか?

U2はギター、ベース、ドラム、ヴォーカルの4人といういわばロック・バンドの最小単位で構成されているグループだが、オリジナルの「With or Without You」がいわゆるロック・サウンドを鳴らすのは曲も後半になってからで、序盤はミニマムなベースとギターのエフェクトが主体のアンビエントな造りになっていた。

一方、今回の「reimagined」バージョンではオリジナルのそうした音響感は後退し、むしろむき出しのギターと危なっかしいままのボーカルが前面に立った、生々しい耳触りのサウンドへと変貌している。

印象的だったのは、オリジナルでは曲中最高の高揚感を創出する後半の「Oh Oh」の部分が、「reimagined」でははっきりと「遠く」に配置されていて、しかも前者では曲は後半の盛り上がりを持続させるようにバンド総出の演奏が続くが、今回はいわば唐突に終わる造りになっている。

歌詞については、オリジナルでは3人が登場し関係を構成していたのが、「reimagined」では「She」で示された人物が省かれ、自分と相手のふたりだけとなっている。

サウンドの「reimagined」、リリックの「reimagined」。その両方から言えるのは、より「個」が際立っているということだろうか。もちろん、抽象度は変わらないから、解釈はさまざまに成り立つだろう。しかし、ラヴ・ソングとしても、あるいは神との対峙としても、より親密な印象を受ける。スタジアムや大アリーナでさんざん聴いてきた「With or Without You」が、今回はまるで耳元で囁かれるような曲になっている。

ボノはかつてこの曲で一番大事な歌詞は「and you give yourself away(そしてあなたはあなた自身を差し出す」だと語っていた。オリジナル・バージョンと今回の「reimagined」バージョン、ここは聴き比べどころではないだろうか。

Written By 宮嵜 広司

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U2『Songs Of Surrender』
2023年3月17日発売

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