「ルフィ」が過ごす異空間、賄賂渡せば入管施設でビリヤードにVIPルーム… カネとコネがもの言う世界、ぶっ飛んでいる無法地帯は他にもあった

マニラの入管施設=2023年1月29日(共同)

 日本で起きた広域強盗事件をきっかけに、日本人の感覚とは懸け離れたフィリピンの入管施設の実態が次々と明るみになっている。職員に賄賂を渡せば、エアコン付きの「VIPルーム」に入れ、ビリヤードに興じることもできる。まさに「地獄の沙汰も金次第」の世界が広がる。スマートフォンを使うこともでき、広域強盗事件では収容中の「ルフィ」を名乗る人物が遠隔で実行犯に指示していた疑いがある。法治主義ではなく人治主義と揶揄されることもあるこの国で、カネとコネが支配するのは入管施設だけではなかった。(共同通信=岩橋拓郎)
 ▽入管が踏み込んだ部屋は、オフィスのようだった
 日本で起きた広域強盗事件は、別事件でもマニラとつながっていた。2019年11月、マニラの閉鎖されたホテルを拠点としていた日本人の男36人がフィリピン入管に拘束された。男らは日本の高齢者を狙って詐欺の電話を繰り返していた。捜査関係者によると、「ルフィ」は広域強盗の指示役だけでなく、この詐欺グループの幹部でもあったとみられ、警視庁が詐欺事件で逮捕状を取っているというのだ。

拘束された日本人が拠点として使っていたマニラの閉鎖されたホテル=2019年11月14日(共同)

 当時マニラに駐在していた私はこの事件を取材し、入管関係者から1本の動画を入手した。入管がホテルの大部屋に踏み込んだ際に撮られたものだ。黒い事務机の上に何台ものスマートフォンや充電器、ノートが置かれ、雑然とはしているが会社のオフィスのようにも見えた。卓上カレンダーやノートパソコン、プリンターのほか、都県別の金融機関名が書かれた紙がバインダーに挟まれていた。
 1台のスマホの画面には「Secret」と表示され、チャットでのやりとりも撮影されていた。「掛け直しても出ない為流します」「通帳準備」などと書き込まれ、「警察来ました箱に」との記述もあった。「箱」は拠点のホテルを指すとみられ、摘発を警戒していた様子がうかがえる。部屋の隅の床には、10~50代の男らが座らされていた。

メッセージのやりとりの画面(画像の一部を加工しています、フィリピン入管関係者提供・共同)

 捜査関係者によると、36人は電話で警察官や金融庁職員を名乗り、「口座が不正使用されたのでキャッシュカードを交換する必要がある」などとかたり、日本の高齢者をだましていたとされる。拠点となった部屋の物品を見るとそれなりの「初期投資」が必要そうでもあり、組織性が高いと思われたが、当時の取材では黒幕や指示系統といった詳細までは分からずじまいだった。
 そのままになっていたところに浮上したのが「ルフィ」だった。

拘束された日本人の男らが使っていたマニラの拠点のビル内=2019年11月13日(フィリピン入管提供・共同)

 ▽賄賂を払えばエアコン、シャワー付きの個室
 拘束された36人は2020年2月から2021年7月に日本に順次移送され、警視庁に逮捕された。彼らがそれまで収容されていたのがフィリピン入管の施設「ビクタン収容所」で、そこに現在も「ルフィ」はいる。
 以前取材した入管関係者は、定員の数倍の人数が常時収容されており、ぎゅうぎゅう詰めの状態だと明かし、「予算がないからね」と苦笑していた。36人のうち一部は、収容中に新型コロナウイルス禍が本格化して移送が先送りになった上、狭くて劣悪な環境でコロナに感染した人もいたという。
 36人の拘束後、私は収容施設内の状況を探ろうと、面会に訪れた人たちへの取材をしていた。そこで聞いたのは正邪の価値観がひっくり返るような話だった。
 内部では職員への賄賂が常態化していた。通常は大勢が収容される大部屋だが、職員に賄賂を払えばエアコンやシャワー付きの個室に移れる。外から食事の配達をしてもらったり、ビールを飲んだりすることも可能。本来は所持や使用が禁止されている携帯電話などの通信機器も使えるようになるという。まさに無法地帯。知人に面会するため中に入ったフィリピン人女性は「上半身裸の男たちがビリヤードをしながら談笑していて、楽しそうな雰囲気だった」と語った。

広域強盗事件の指示役の可能性が報じられる人物が収容されている入管施設=2023年1月30日、マニラ(共同)

 ▽容疑者の逃亡先はマニラに通ず?
 この数年を振り返るだけでも、日本人がフィリピンで拘束される事件がいくつかあった。積水ハウスが架空の取引で土地購入代金をだまし取られた事件では、2018年12月、フィリピンに約2カ月逃亡していた地面師グループのリーダー格がマニラで入管に拘束された。2019年7月には、人気漫画をインターネット上に無断公開した海賊版サイト「漫画村」(閉鎖)の元運営者がマニラで拘束された。
 また、2012年に東京・六本木のクラブで客の男性が殺害された事件では、国際手配されている準暴力団「関東連合」(解散)の元メンバーの男が事件後に逃亡し、フィリピンに潜伏している可能性があるという。
 なぜフィリピンが逃亡先に選ばれるのか。フィリピンに詳しい外交筋は「日本から比較的近いし、英語の通用度が高い。物価は安く、親日的な人も多い。しかし何よりも、警察や入管など当局の捜査能力や規範意識が低く、捕まりにくい。捕まってもカネさえ払えば何とかなると思っているからだろう」と説明する。

日本とフィリピン

 ▽「大物」は刑務所内にテニスコート造営
 倒錯した空間は他にもある。マニラ近郊モンテンルパにあるニュービリビッド刑務所の実情を取材していた際、フィリピン紙のベテラン事件記者に話を聞き腰を抜かしたことがあった。
 広大な刑務所内は複数のギャング団が牛耳り、「妙な自治」が成り立っている。受刑者は昼間、刑務所内を自由に出歩き、雑貨店や食堂を経営できるが、売上金はギャング団に上納しなければならない。

マニラ近郊モンテンルパにあるニュービリビッド刑務所の重犯罪者収容房(共同)

 ギャング団はその金で、低い給与にあえぐ刑務官を買収。外出はおろか、拳銃や覚醒剤、携帯電話などの持ち込みも黙認され、内部で流通している。刑務所内で抗争が起きて死傷者が出たこともあった。更生どころか、さらなる悪事に手を染めている。組織犯罪に関与し、命を狙われている受刑者が「外よりはまだ安全」と出て行きたがらないケースもあるそうだ。
 過去にいた「大物」は、少女への性的暴行の罪で収監された元下院議員だ。資金力にものを言わせ、刑務所内の中庭に応接間のある家のほか、テニスコートやクラブハウス、商店街を建設。刑務所長すら従えていたという。
 マニラ在勤中には公務員の給与の低さをよく耳にした。贈収賄が横行する背景には、渡す側の私利私欲や受け取る側の遵法意識の問題だけではなく、フィリピン社会の構造的な問題があるとも言えそうだ。

マニラ近郊モンテンルパにあるニュービリビッド刑務所=2020年11月16日(共同)

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