ジャック・アタリ、イアン・ブレマーら世界の知性とわたり合う、NHK国際放送局シニア・ディレクターの道傳愛子に聞く

私たちが正しく判断するために、今、何をどう知るべきか――その極意を学ぶ連載「私のNEWSの拾い方」。月刊誌「スカパー!TVガイドBS+CS」で掲載中の人気連載を、TVガイドWebでも展開中。今回は、NHK国際放送局シニア・ディレクターで、ETV特集「ウクライナ侵攻が変える世界 私たちは何を目撃しているのか 海外の知性に聞く」などにも出演し、自ら政治学者や思想家らにインタビューを行う道傳愛子氏に、ニュースとの付き合い方のコツを聞いた。

POINT ◆「今起きている」ことだけでなく、「その背景」まで調べてみる

――今、私たちはどんなニュースの拾い方をするべきですか?

「私自身は『情報に広く接する』『情報を深く見る』の両方を心がけていますが、今はさまざまなニュースがあふれているので、『限られた時間で全部を深く見るのは無理』という人の方が多いですよね。そういう人はまず、自分の関心のある話題を掘り下げてみてはどうでしょうか。一つの話題を掘り下げていくことで、新たな興味や関心も生まれてくると思います。ただ、ニュースの中には、食べ物にたとえると成分が不明なもの、つまり出典が不明だったり、関心を引くために刺激的な表現を使い、味付けが濃すぎるものもありますから、そこには気を付けるべきです。特に大きな事件や事故が起こると、(出典不明の)映像や論評が次々にネットメディアに出てきて、新しい情報を求めるあまり、それに飛びつく人が増えてきます。そういう時こそ、まず普段から信頼しているメディアから情報を得ていく、という注意が必要です」

──ロシアのウクライナ侵攻から1年が経とうとしていますが、戦況を伝えるだけのニュースに慣れてしまっている世間の空気も感じます。どんな関心を持って見ていくべきですか?

「私たちも同じ問題意識を持っていました。『死傷者は○人です』『今日は○○が占領されました』という日々の情勢を伝えるだけで本当によいのか? ウクライナから遠く離れた日本にいる私たちは、この問題にどう向き合ったらいいのか? そこでETV特集で『ウクライナ侵攻が変える世界』という番組を制作し、NHKワールドでも放送され、大きな反響がありました。

今回の侵攻をひもといていくと、いろいろ伏線がある。2014年のマイダン革命(ウクライナの親ロシア政権が崩壊)や、1994年のブダペスト覚書もそうです。ウクライナが核不拡散条約に加盟するのと引き換えに、ロシアやアメリカはその安全を保障するという内容なのですが、その20年後、14年にロシアがクリミアに侵攻しても、国際社会は大きな反応をしなかった。それを見たロシアは意を強くしたのではないでしょうか。だから22年にいきなりウクライナ侵攻が起きたわけではなく、そういう歴史の伏線があるわけです。もっとさかのぼると冷戦もそうです。番組でインタビューしたジャック・アタリ氏(経済学者)は、『冷戦は終わっていない。われわれが目撃しているのは冷戦の断末魔です』と語りました。『今起こっていること』だけにとらわれず、その歴史や背景まで見ていくことは大事なのです。とはいえ、ニュース番組の中で伝えられる情報量は限られています。NHKではさらに深掘りした情報もWEBで掲載しています(ニュース放送中にQRコードが表示される)。そういう情報も活用していくと、ニュースが今まで以上に立体的に見え、関心も深まると思います」

POINT ◆ニュースは「分かりやすいもの」ではなく「考えるための材料」

──「 タイパ」という流行語があります。今はどんどんタイムパフォーマンス(時間対効果)を重視する時代になりつつありますが、ニュースもその影響も受けるのでしょうか?

「ニュース番組で、たとえば『“国際ニュースを分かりやすくお伝えします”というキャッチフレーズを付けよう』という話が出たりします。でも、私はそう言わないようにしてきました。なぜなら、ニュースはそもそも分かりやすいものではないからです。むしろ『難しいニュースの‟なぜ”を一緒に考えましょう』というスタンスを大事にしたいと思います。取材やインタビューなどの情報も、一緒に考えるきっかけになればと思っています」

取材・文/前田隆弘

【プロフィール】

道傳愛子(どうでん あいこ)
NHK国際放送局シニア・ディレクター。NHKワールドJAPANの「NEWSLINE IN DEPTH」でキャスター・解説を担当するとともに、ETV特集「緊急対談 パンデミックが変える世界」「ウクライナ侵攻が変える世界」などで、海外の識者たちへのインタビュアーも務めている。

【番組情報】

NHKワールド JAPAN
日本やアジアの情報を世界に発信するNHKの国際サービス。テレビ、ラジオ、インターネットで視聴可能。道傳愛子氏も番組「NEWSLINE IN DEPTH」を担当するほか、激動するアジアを追うドキュメンタリー番組「Asia Insight」や、世界情勢や時事問題などについて、第一線の専門家の知見を伝える「DEEPER LOOK from New York」などを放送中。
<公式サイト>https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/

【「見つけよう!私のNEWSの拾い方」とは?】

「情報があふれる今、私たちは日々どのようにニュースと接していけばいいのか?」を各分野の識者に聞く、「スカパー!TVガイドBS+CS」掲載の連載。コロナ禍の2020年4月号からスタートし、これまでに、武田砂鉄、上出遼平、モーリー・ロバートソン、富永京子、久保田智子、鴻上尚史、プチ鹿島、町山智浩(敬称略)など、さまざまなジャンルで活躍する面々に「ニュースの拾い方」の方法や心構えをインタビュー。当記事に関しては月刊誌「スカパー!TVガイドBS+CS 2023年2月号」に掲載。

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