なぜ20年ぶり赤字決算でもサイバーエージェントの株価は動じなかったのか?

日本国民の多くを寝不足に陥れたFIFA ワールドカップ。景気後退懸念で株価は冴えず、気分が落ち込み気味だったわたしたち株式投資家ですら、試合がある日は息を吹き返したものです。

大会開催中は、スポーツバーを運営するハブ(3030)や、スポーツ用品のアシックス(7936)、ミズノ(8022)など、試合の勝敗で株価が上下する銘柄がありました。なかでも注目を集めたのは全試合を無料で放映したABEMAを運営するサイバーエージェント(4751)です。ABEMAはW杯期間中に、なんと3,409万人という過去最高の週間視聴者数を獲得。それまでのピークが1,800万人であることを考えると、W杯の吸引力は半端ない強さです。まさに2022年の年末、ABEMAでサッカーを見るのが、社会現象になったと言っても過言ではないでしょう。

となるとやはり気になるのは、業績の影響です。

ヒット商品が生まれると、その企業の売上利益が伸びて、株価は上がるという図式は、投資をしない方にとっても違和感はないですよね。ただし、株式投資をする上では、その商品の売上が、その企業全体の売上のどれくらいを占めるかを確認する必要があります。

10億円売り上げたヒット商品でも、売上1,000億円規模の企業であれば、売上比率はわずか1%にしかすぎません。「あの商品売れてるよね!」と思ったときは、その商品の売上が、その企業にとってどれくらい影響があるかを考えるクセをつけると、銘柄発掘のスキルが一段上がりますよ。


ワールドカップで利用者倍増! 気になる直近決算は?

1月25日(水)に発表されたサイバーエージェントの2023年9月期第1四半期決算は、なんと20年ぶりの赤字転落となりました。決算短信を見てみましょう。

画像:サイバーエージェント「2023年9月期 第1四半期決算短信[日本基準](連結)」より引用

率直に言って、①売上高167,577(百万円)で②前年同期比−2.1%、③営業利益-1,255(百万円)と冴えない数字です。とくに前年の営業利益④19,804(百万円)からの赤字転落は、大きなネガティブインパクトがあります。事実、四半期で赤字となるのは20年ぶりのこと。

画像:サイバーエージェント「2023年9月期 第1四半期決算短信[日本基準](連結)」より引用

営業利益の通期予想を、⑤40,000~50,000(百万円)とレンジ予想で出していますが、上限の50,000(百万円)で着地したとしても、前年比で⑥−27.7%ですから、もともと好決算を期待されてはいなかったものの、それにしても“赤字転落”の四字熟語は、ズシンと響きます。

事業セグメントごとの成績は?

サイバーエージェントは、おもに3つの事業部で構成されています。

(1)メディア事業
(2)広告事業
(3)ゲーム事業

認知度が高いのは、ABEMAを含むメディア事業、それから「ウマ娘」の大ヒットを生み出したゲーム事業となりますが、実際、売上比率がいちばん高いのは、意外にもインターネット広告事業です。

画像:サイバーエージェント「2023年9月期 第1四半期決算短信[日本基準](連結)」より引用

直近10-12月の売上高をみると①インターネット広告事業の売上高956億円とあり、②メディア事業334億円や、③ゲーム事業409億円と比べて圧倒的に高いのが分かります。

サイバーエージェントの広告事業は、インターネット広告に限定しており、創業当初から中核事業として成長を支えてきました。広告業界の主役は、テレビからネットへと交代しつつあることはわたしたちユーザーも感じています。2021年には、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌の「4マス」媒体の広告費を上回り、ついにインターネットが堂々の1位に。「ネット広告なんて」と下に見られがちだった頃から、ネットだけにフォーカスしていた藤田社長の先見性は、経営者として素晴らしいものがあります。

赤字転落の要因は?

疑いようもなく赤字転落の要因は、④FIFA ワールドカップに対する過去最大の投資です。

もともとメディア事業に対しては、中長期の柱に育てるために大胆投資を行っています。その成果は確実に売上の伸びに表れていますが、営業利益に関しては、毎度毎度の赤字計上。戦略的赤字ではありますが、今4半期の−93億円は、突出しています。

画像:サイバーエージェント「2023年9月期 第1四半期決算短信[日本基準](連結)」より引用

ただし、インターネット中継による決算説明会に登壇した藤田社長は「あくまでも一過性です。慌てないでいただきたい」と訴えました。リスクを取らなければリターンを得られないというのは自明の理。しかし、この大きなリスクテイクは、それ相応のリターンをもたらすのでしょうか?

冒頭でも述べましたが、FIFA ワールドカップ開催中の1週間あたりの利用者数は、過去最高の3,409万人。終了後の2023年第1週の利用者数は、1年前の2022年第1週と比べて約1.4倍の利用者数を保っており、W杯をきっかけにほかチャンネルを利用し始めた人が多いことが分かります。決算説明会で藤田社長は「W杯がすぐ業績に結びつくわけではないが、メディアとしての価値は向上したと感じている」とお話しされています。たしかに「ABEMA、やるな!」と感じた日本国民は多かったように見受けられるので、ブランド力が上がったのではないでしょうか?

ABEMAのマニアックなチャンネルは、一度ハマるとなかなか抜けられない沼を感じます。たとえば、麻雀好きがかぶりつく「熱闘!Mリーグ」。わたしの周りの麻雀女子たちは、こぞって視聴しており、シーズンが始まると週4で見ているそうです。

わたし自身は、地上波ではできないけれど、視聴者がほんとは知りたいことを伝えてくれるメディアという認識を持っています。最初に感じたのは、2019年7月20日に行われた宮迫博之さんと田村亮さんの謝罪会見。ここまで正直に語られる場なんだ、ということに驚きました。それ以来、何かあるとABEMAで会見やっていないかな、とチェックするのが当たり前の行動パターンになっています。

決算発表後の株価の反応は?

予想はできたとはいえ、想像以上に赤字を掘ってしまった決算発表翌日の株式市場の反応はどうだったのでしょう? 非常に興味深く注視しておりましたが、株価1,236円(前日比−0.6%)とほとんど動じませんでした。つまり、FIFA ワールドカップへの莫大な投資に対して、投資家は受け入れたということになります。

同社は、2021年2月に配信スタートしたウマ娘の大ヒットにより、2021年9月期は営業利益1,043億(前年比3.1倍)という怪物的な数字で過去最高益を記録。その反動減がいまだ響いて、2年連続減益予想となっています。株価は、2021年6月を天井に下落傾向の冴えない動き。

ただし月足チャートで見れば、きれいな上昇トレンドを描いており、安値を結んだトレンドラインで切り返しそうに見えます。

画像:TradingViewにて筆者作成

初の株主優待制度を導入

今回の決算発表と同時に、初の株主優待制度導入を発表しました。100~499株で「ABEMA」プレミアム利用料3ヵ月無料クーポン、500株以上で12ヵ月無料クーポンです。赤字を出したタイミングで優待を出すなんて、という厳しい声もありますが、ABEMAのファン層を広げる効果はありそうです。

決算説明資料に「中長期で応援してもらえる企業を目指す」と記載されているように、これをきっかけに株主となり、さらにユーザーとしても長期的なお付き合いができることを望んでいるように感じます。時価総額の大きな企業は、とかく個人投資家を大事にしない傾向にありますが、時価総額6,000億超のサイバーエージェントが、個人投資家と友好な関係を結びたいという意志を表示したのはとても好感できます。

FIFA ワールドカップ効果は第2四半期以降に乗る?

今回の決算は10-12月の数字ですので、FIFA ワールドカップの影響は12月の1ヵ月しか乗っていません。実際に、その効果が数字に現れるのは第2四半期以降と考えられます。そのあたりの期待もあって、今回の決算発表後も株価は大きく下げなかったのかもしれません。

いずれにしても、次回の決算で藤田社長の「(赤字は)あくまでも一過性です」という言葉が真実だったかどうかが分かります。

※本記事は投資助言や個別の銘柄の売買を推奨するものではありません。投資にあたっての最終決定はご自身の判断でお願いします。

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