【インタビュー】山中千尋が語る、苦難を超えた先の光に向かう姿勢を投影したニュー・アルバム

しなやかに独立独歩、なにげにわがままに。2001年に初アルバムを出して以降、山中千尋は自分のペースで伸び伸びとジャズ界を渡ってきた。ニューヨークを拠点に世界中を飛び回る彼女の活動を目の当たりにすると、その可憐な風貌と相容れぬ並々ならぬ芯の強さをぼくは感じてしまう。そんな彼女はその人気の高さもあり、1年に1〜2作(多いときには3作も!)のアルバムをレコーディングしてきている。そして、そのたびに自らの好奇心に従い、思うまま多彩なお題目をアルバムに課してきた。

作品ごとの広がりは、共演者の慧眼ある選択にも表れている。例えばドラマーだけを見てみても、現ジャズ界No.1ドラマーの一人であるケンドリック・スコット、後にブラッド・メルドー・トリオの一角を担うようになるジェフ・バラード、ソウル・ジャズ表現のレジェンドであるバーナード・パーディ、はたまたミシェル・ンデゲオチェロやフライング・ロータスの作品群に名を連ねる異才ディーントニ・パークス他を、彼女は飄々と起用してきた。それらは普段の付き合いから実現したもので、その事実を認めると彼女は本当にジャズの中心地に住み、その環境を謳歌していると思わずにはいられない。

だが、そんな彼女もさすがに新型コロナ禍においては、活動の停滞を強いられた。その期間、彼女は日本に戻ることを選択。在NYの精鋭たちとのレコーディングは叶わず、アルバム・デビュー20周年作となる『バラーズ』(2021年)は過去作に収録されていたバラード曲を中心に自ら選び(それは、「自分なりのブルースが聞こえてくるもの」でもあったという)、そこに新たに録音したソロ・ピアノ曲を3つ加えるというマイナスの状況を逆手に利したベスト・アルバムだった。

<YouTube:山中千尋 – ダニー・ボーイ (Official Music Video)

2022年に入ると、欧州ツアーを皮切りに彼女はインターナショナルな活動を再開した。だが、それも諸手を挙げて享楽する状況ではなかったようだ。曰く、「ツアー中の7月にスイスでコロナにかかってしまい、その後ずっと体調が戻らなくて大変でした。また、ロシアとウクライナの戦争が始まり世界情勢が一変してしまったり、私のヨーロッパのマネージャーが亡くなってしまったりとか、いろいろ辛抱することが多かったです」

そうしたなか心機一転、過去の作品群と同様にニューヨークでレコーディングした新作が『Today Is Another Day』だ。その表題には、「今日こそが新しい日であり、そこから創造は始まる」という彼女のパンデミック期をへての心持ちが投影された。また、「悲しみや変化に直面した私に何ができるかと考えた結果、先の光がある場所に向かって進んで行くようなポジティヴなものを作りたいと思いました」とも、彼女は語っている。

<YouTube:Today Is Another Day

今作は、トリオでの録音となる。再スタートの一作はトリオで録音したいという気持ちは強かったのだろうか。「そうですね。トリオは私の表現にとって一つの確かな形ですから。ときにゲストを入れたりもしますが、ライヴもトリオでやることが多いですしね。最近は曲のイントロにおいてソロで演奏したりもしており、そのうちソロ・ピアノのアルバムも作りたいとは思います」

『Today Is Another Day』に参加しているベーシストは、彼女のトリオの常連である在ニューヨークの脇義典と女性奏者のジェニファー・ヴィンセント。そして、ドラマーは2001年のデビュー作で叩いていたラフラエ・オリヴィア・サイだ。彼女とはニューヨークでは時にライヴを一緒にやっており、新たなディケイドに入るにあたり初心に返りまた一緒に録音したかったのだそう。そのオリヴィア・サイは軍勤務の父親の関係で沖縄に住んでいたことがあり、カタコトながら日本語を話すという。今回、初めてとなるジェニファー・ヴェンセントはサイの推挙による。

<YouTube:Old Days

収録曲はダイナミックさとメロディ性を兼ね備えたタイトル曲と終盤にラテン調となる「オールド・デイズ」というオリジナル曲のほかは、キース・ジャレット曲、ボブ・テルソンの著名映画曲、ジョー・ザヴィヌルやハロルド・アーレンの曲など、彼女のなかで吟味されて選ばれた楽曲が並ぶ。また、ザ・ビートルズの「ブラックバード」のフレイズがさらりと織り込まれる財津和夫の1977年曲「切手のないおくりもの」(歌詞の内容が海外の人にも伝わるようにと、「ア・ソング・フォー・ユー」と改題された)もアルバムには収められた。それら曲趣は異なるものの、どれも「自分の中に湧いてきた気持ちを素直に演奏した」ものであり、「バラードでも背中を押してくれると思った曲を選んで演奏し、アレンジもそういう感じにしました」と、彼女は内容を振り返る。

<YouTube:A Song For You (AKA. Kitte No Nai Okurimono)

キラキラ、ひたひた。そんな擬音も用いたくなる演奏群は、雄弁にして生理的にテンダーだ。彼女がこの2年半の間に抱えざるを得なかった焦燥や悲しみが、まさに20年ものあいだ異国で自立してきた経験や自負のもとポジティティに転化され、両手を広げて聞き手に働きかける。そして、その端々には先達ピアニストに対するオーマージュとも言いたくなる雰囲気が見え隠れもして、それもまた甘美な思いを誘発させる。

「やはり音楽って、人の心を、そしてミュージシャンの心も自由にすると思うんです。聴く者を解放し演奏する者の自分らしさをも取り戻させる、そういう作用が音楽にはあると思うんです。スティーヴ・ターレ(ヴェテランのトロンボーン/ほら貝奏者。エスペランサの2021年作『ソングライツ・アポセカリー・ラボ』にも参加している)は俺の兄弟は医者をしているけど、医者は一人一人しか治せない。だけど、音楽家というのは集まった全員を療すことができる、と言っているんです。私もそういう音楽ができるようになればいいと思います」

(文:佐藤英輔)
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■リリース情報

山中千尋 ニュー・アルバム『Today Is Another Day』
2022年12月21日発売

【通常盤】UCCJ-2215 SHM-CD ¥3,300(税込)
【初回限定盤】UCCJ-9241 UHQ-CD+DVD ¥4,070(税込)

https://Chihiro-Yamanaka.lnk.to/TIAD

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