『かがみの孤城』原監督×櫛山プロデューサーに独自インタビュー ロッテルダム国際映画祭邦画アニメ初の快挙「世界の人に見てもらうためのファーストステップ」

「本屋大賞」受賞の辻村深月のベストセラー小説を劇場アニメ化した『かがみの孤城』。現在全国公開中のこの作品が、第52回ロッテルダム国際映画祭のLimelight部門に邦画アニメでは史上初となる正式出品を果たした。

entax取材班は、現地オランダで1回目の上映会を終えたばかりの原恵一監督と櫛山慶プロデューサーに独自取材を敢行。海外の観客の反応や、日本のアニメ業界全体についてなど、興味深い話を聞いた。

上映会後のQ&Aの内容はこちら

ロッテルダム国際映画祭での櫛山慶プロデューサー(左)と原恵一監督(右)

■ここをファーストステップに世界の人に見てもらいたい

――まずは第52回ロッテルダム国際映画祭のLimelight部門に正式出品、おめでとうございます。邦画アニメとしては初の快挙ですが、率直なご感想をお聞かせください。

原 正直に言うと、ロッテルダム国際映画祭は実写映画の祭典というイメージが強かったので、出品が決定したと聞いて驚きました。

櫛山 ロッテルダム国際映画祭のLimelight部門への出品は、日本のアニメとしては初のこと。前回ですと『ドライブ・マイ・カー』(2021)といった実写作品が選ばれている部門です。そこに『かがみの孤城』というアニメ作品が、海外の方に評価されたのが非常に嬉しいです。

原監督が生み出す「細かい芝居の積み重ねで作っていく」アニメは、実写とアニメの境目がないような作品だと思っています。そう言う意味でも、『かがみの孤城』がただのアニメ作品じゃないことを評価してもらえた気がして、この映画をつくったことを肯定してもらえたという気持ちです。しかもそれが、世界三大映画祭に次ぐ由緒ある映画祭でというのは素直に嬉しかったです。

原 そういう意味ではここをファーストステップに世界の人に見てもらいたいと思っています。今年一年は世界三大映画祭も含めて『かがみの孤城』海外キャンペーンかな(笑)

■すごくいい映画を観たという興奮が伝わってきた

――第一回目の上映会を終えて、海外の観客の方の反応はいかがでしたか?

原 昨日の夜9時に1回目のスクリーニングがありました。夜遅い時間だったのでお客さんはそれほど多くはなかったのですが、来てくださった方と上映後に話をさせてもらったら、皆さんからすごくいい映画を観たという興奮が伝わってきて、ほっとしているところです。特に印象的だったのは、オランダ人の女性が僕のところに来て「Thank you so much. My heart is broken.(ありがとう。とても心がせつなくなりました。」と言ってくれたことです。

今夜また2回目のスクリーニングがあり、今からそれが楽しみです。

櫛山 海外の観客の方々が映画の展開を祈りながら観たり、大泣きしてくれたり日本とは違った反応があって面白かったです。日本でも号泣してくださった方はいたんですが、それをさらにボディランゲージで表現してくれたところが海外の映画祭っぽくて嬉しかったですね。

■「マサムネの声は、コナンの声優さんですよね?」と聞かれた

――上映会の後はQ&Aも実施されたそうですね。

櫛山 海外の映画祭の特徴かもしれませんが、Q&Aの質問がまったく途切れなかったんです。「原恵一に質問したい!」という熱量が途切れなかった。作品の題材は、表面的には日本的なものですが、作品の芯の部分に触れる質問が多かったです。また色んな謎解きを楽しんでもらえる作品でもあるので、そこに対する質問もありました。

原 質問で面白かったのが、台湾出身でオランダ在住の女性が「マサムネの声は、(名探偵)コナンの声優さんですよね?」と言ってきたんですよね。

櫛山 僕ら目線では。原監督の作品は日本人が見たらクスッと笑えるネタ……そこにはもちろんギミックや伏線的な意味も含まれているのですが……そういう部分を海外の方に受け入れてもらえたことにびっくりしました。

原 僕らの先輩監督が言っていたことを、今回実感しているんです。「世界に受ける日本のアニメや映画は、ドメスティックな部分がインターナショナルに共感してもらえる」と(言われていたので)。世界市場を見据えて狙った作品は逆に面白くなくて、あまりにも日本的な方が海外でも面白がってもらえる。「こんなものつくっても外国の人はわからないよ」というのは勘違いで、そういう部分にこそ海外の方からは興味を持ってもらえるものです。

entaxの取材を受ける原監督(左)と櫛山プロデューサー(右)

■原監督の作品には、きれいごとだけじゃないリアルがある

――櫛山プロデューサーにお聞きします。小説『かがみの孤城』をアニメ映画化するにあたり、原監督に依頼されたのはなぜでしょうか?

櫛山 辻村深月さんの小説『かがみの孤城』を松竹の新垣プロデューサーと同じタイミングで読んでいてアニメ化したいねとなり、いざゴーサインが出た後に、誰がアニメにするのか?という話に当然なりました。

僕自身が原恵一監督の劇場版『クレヨンしんちゃん』や『河童のクゥと夏休み』(2007)『カラフル』(2010)といった作品を愛しているといっても過言ではないくらい好きでオファーしたという部分があります。例えば『クレヨンしんちゃん』という(子ども向けアニメの)題材でも、観ている人を“傷つける”作品をつくる監督だなと思っていたんです。何か物事を進行させる上で、きれいごとだけじゃないリアルがそこにはある。

今回の『かがみの孤城』は学校へ行けない子ども達を描いた作品ですが、なぜその子達が学校へ行けないのか、というのをオブラートに包んじゃいけないと考えたんです。そういうことを表現できるアニメ監督が原監督だと思いました。さらに松竹の新垣プロデューサーが、原監督初の実写作品『はじまりのみち』(2013)を担当していたのもご縁だな、と思って声をかけさせてもらいました。

それを原作者の辻村深月さんに伝えたら、原監督ならぜひ、ということで快諾をいただけて、制作がスタートしたという感じです。『かがみの孤城』が受けている評価や、今この作品を世に出す意味を考えても、やっぱり原監督にお願いして良かったなと、間違いなかったなと思っています。

――辻村深月さんは映画『かがみの孤城』を観て、こころがかがみの向こうの世界に行く時に、最初は靴下のままだけど二回目からは靴を持って行くあたりに「ドラえもん」との共通点を見出していらっしゃいましたね。

櫛山 辻村先生は僕らでも気づかないような細かいディテールもよく理解していらっしゃいました。辻村先生と原監督が対談を始めると、話が弾み過ぎて終わらないんですよね(笑)。終わらない上に、まだまだこういうことを話したい、というのがエンドレスに出てくるんです。

――原監督が前回のインタビューで、「声にはその人の人格が出る」とおっしゃっていたのも印象的でした。

原 本当に人が発する声ってその人の人格が出ると思っています。僕はアニメの映画づくりを20年以上やってきているんだけど、アニメ映画って3年に1本くらいのペースでしかつくれないんですよね。だからボイスキャストを選ぶ際にはものすごく慎重に選ぶし、ここで失敗できない、と思っています。どこか直感で「この人の声はすてき」と思える人を全員キャスティングしたいですよね。

■日本のアニメ市場は今がピーク!?

――日本国内、また海外も視野に入れて、いまのアニメ界の状況や、今後のアニメ界がどうなるかの見通しを原監督にぜひお聞きしたいです。

原 40年前の日本のアニメ界は、国内でしか消費されていなかった。だけど、今の日本のアニメ―ションの世界での愛され方は信じられないくらいなんです。でも、これがずっと続くとは僕は思っていない。日本のアニメ市場は今が絶頂、ピークなんじゃないかな。この後すぐに落ち込むわけじゃないけれども、これ以上のサクセスはないだろうという気がします。 というのは、他の国も日本のアニメを見て学んで、日本のクリエーターを超えるアニメーターが誕生する可能性があるから。それをなぜ自信を持って言えるかというと、僕らが子どもの頃のディズニーアニメってものすごい夢があって大きな存在だった。だけど、いつ頃からかあまりにも世界市場を考えてつくられていくようになってしまったという経緯があるから。僕らがつくる日本のアニメが受け入れられているのは、少し角が立っている表現とか、世界市場でのアニメがやらないような表現をやっているから。

――そんな中、原監督ご自身は今後どのように仕事を進めていかれる予定でしょうか?

原 僕も63歳で若くないから、無理して変わるつもりもない。常に作品ごとにチャレンジをしていきたいと思っています。プロデューサーを困らせたいね(笑)。 櫛山 僕は原さんから傷つけられながら(笑)、さっき言った意味での(きれいごとだけじゃないリアルを描く原監督作品によって)“傷ついてもらう”人をもっと増やしたいです。

■最後にちょっとしたハッピーを予感させるエンディングをいつも目指している

――傷つけるといえば話がそれますが、原監督の『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ! 戦国大合戦』(2002)を観たとき、メインの登場人物が思わぬところで亡くなって衝撃を受けたのを覚えています。

櫛山 原さんが描く「クレヨンしんちゃん」は、ちょっと怖いんですよ。日常が日常じゃなくなる瞬間が必ずある。親が親じゃなくなる、味方だった子が味方じゃなくなるといった瞬間が。

今回の『かがみの孤城』も、学校に行くことが日常の子ども達にとって、学校が日常じゃなくなるという怖さを描いているんですよね。原監督以外の方にお願いしていたら、この描き方にはなっていなかっただろうという確信があります。そのあたり、松竹の新垣プロデューサーとも話していて「やっぱり原さんだよね」と。

原 俺は決してバッドエンディングは好きじゃないんですよ。やっぱりハッピーエンド主義。だけど、そのハッピーに至る過程ですごく残酷なことや人の悪意がある。そういう経験を経て最後にちょっとしたハッピーを予感させるエンディングをいつも目指しているんです。

世の中の人達は、もしかしたらものすごいハッピーエンドを期待している人が多いかもしれない。そういう人からすると僕の映画は、観終わった後にどこか放り出されるような印象を受けるのもわかる気がするんだよね。でも、「はい、めでたしめでたし」というハッピーエンドは僕が好きな映画ではないし、つまらない。映画のエンドロールを観終わった後に、「あの後あの人たちはどうなるだろう?」と想像できるのがいい映画だと思っているんです。あまりにも描き過ぎないというのを心がけています。

『かがみの孤城』のラストショットは、朝日に向かって歩く主人公・こころの足のフォローショットなんですよね。それって普通アニメじゃ選ばないラスト。やっぱりきれいな画面で登場人物の表情をきちんと見せるのが正しいんだろうとは思う。でも僕は、足運びだけで今こころちゃんはすごくハッピーな気持ちで歩いていると思ってほしかったんです。

――確かに鑑賞後に余韻が残りましたし、その気持ちは伝わりました。今日は貴重なお話、ありがとうございました。

【原恵一監督Profile】

1959年7月24日生まれ。『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』(01)で大きな話題を集め、『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』(02)、『河童のクゥと夏休み』(07)で日本での数々の賞を受賞。また、アヌシー国際アニメーション映画祭で受賞した『カラフル』(10)、『百日紅 〜Miss HOKUSAI〜』(15)ほか、『バースデー・ワンダーランド』(19)など、海外でも高い評価を受ける日本を代表するアニメーション監督。2018年には芸術分野で大きな業績を残した人物に贈られる紫綬褒章を受章。アニメーション映画監督としては、高畑勲監督、大友克洋監督に次ぐ史上3人目の快挙を成し遂げ、国内外から新作が待ち望まれている。

【櫛山慶Profile】
日本テレビ プロデューサー。日本テレビに入社後、バラエティー番組の演出・ディレクターを務め、2016年より現在の部署に異動。『水曜日が消えた』(2020年)、『竜とそばかすの姫』(2021年)、『あなたの番です 劇場版』(2021年)など。

【作品情報】

『かがみの孤城』 12月23日全国公開

<声のキャスト>

當真あみ 北村匠海

吉柳咲良 板垣李光人 横溝菜帆 ・ 高山みなみ 梶裕貴

矢島晶子 ・ 美山加恋 池端杏慈 吉村文香 ・ 藤森慎吾 滝沢カレン/ 麻生久美子

芦田愛菜 / 宮﨑あおい

<スタッフ>

原作:辻村深月「かがみの孤城」(ポプラ社刊)

監督:原恵一

主題歌:優里「メリーゴーランド」(ソニー・ミュージックレーベルズ)

脚本:丸尾みほ

キャラクターデザイン/総作画監督:佐々木啓悟

ビジュアルコンセプト/孤城デザイン:イリヤ・クブシノブ

音楽:富貴晴美

企画・製作幹事:松竹 日本テレビ放送網

制作:A-1 Pictures

©2022「かがみの孤城」製作委員会

【映画『かがみの孤城』Story】

学校での居場所をなくし部屋に閉じこもっていた中学生・こころ。ある日突然部屋の鏡が光り出し、吸い込まれるように中に入ると、そこにはおとぎ話に出てくるようなお城と見ず知らずの中学生6人が。さらに「オオカミさま」と呼ばれる狼のお面をかぶった女の子が現れ、約1年間の期限内に「城に隠された鍵を見つければ、どんな願いでも叶えてやろう」と告げる。

戸惑いつつも鍵を探しながら共に過ごすうち、7人には一つの共通点があることがわかる。互いの抱える事情が少しずつ明らかになり、次第に心を通わせていくこころたち。そしてお城が7人にとって特別な居場所に変わり始めた頃、ある出来事が彼らを襲う。

果たして鍵は見つかるのか? なぜこの7人が集められたのか? それぞれが胸に秘めた〈人に言えない願い〉とは?

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