鳥インフル「殺処分後が悲惨だった」収入絶たれ出荷再開までに1年 感染拡大させた負い目、自己負担論の浮上に業者は困惑

 鳥インフルエンザが確認された大分県佐伯市の養鶏場で、殺処分作業に臨む関係者=2023年1月(大分県提供)

 高病原性の鳥インフルエンザが猛威を振るっている。養鶏場で感染が判明すると、飼育中の鶏などは全て殺処分される。今シーズン、養鶏場などで感染が確認されたケースは2月10日時点で25道県の計76例に上り、殺処分数が約1478万羽になった。事業者は育ててきた鶏を失うショックに加え、再び出荷できるようになるまで収入が絶たれる。「殺処分だけではない。その後が悲惨だった」。経営する養鶏場で2020年に鳥インフル感染を経験した宮崎県の田中敬一さん(仮名・30代)は、復旧までの道のりをこう話した。

 一方、防疫措置を担う行政の負担感も高まっている。一度に100万羽超を殺処分した茨城県は昨年12月、大規模な事業者は自らが殺処分の経費を負担するように農林水産省に要請した。感染が止まらない中でどう対応すべきなのか、行政も事業者も頭を悩ませている。(共同通信=飯田裕太)

 ▽「周りに迷惑かけた」心労つのりうつ状態に

 田中さんが住むのは、ブロイラー生産が日本一の宮崎県の中でも養鶏業が盛んな地域だ。記者が1月に取材に訪れた鶏舎は、国道から脇道に入って15分ほどの場所にあった。鶏舎までの細い道には消毒用の石灰がまかれ、鳥インフルの発生を警戒している様子がうかがえた。

 田中さんは、祖父の代から50年以上養鶏を営んできた。両親と一緒に鶏を飼育して地元の食肉加工企業に出荷し、周囲の水田では家族が食べる分の米を栽培しているという。

 今でも鳥インフル感染が判明した当時のことを覚えている。2020年12月、隣接する別の事業者の養鶏場で鳥インフルが発生。消毒剤をまくなど感染防止に気を配っていたが、5日後、自らの鶏舎でもウイルスが確認された。白い防護服を着た約500人の県職員らが動員され、あっという間に処分が進んだ。

 母親が最も心配したのは、周囲の養鶏場に感染を広げてしまわないか、ということだった。「どうかうつらないでと祈った」が、直後に付近の養鶏場でも相次いで感染が発生。「周囲から、病気をうつしたと言われているように感じた」。県の調査で、田中さんの養鶏場で野鳥の侵入などを防ぐネットが破れていたことが分かった。

 感染が確認された場所から半径3キロにある養鶏場では、3週間、鶏や卵などの出荷ができなくなる。この範囲には約10の農場があり約50万羽が飼育されていた。母親は「周りの養鶏農家に迷惑をかけている」との申し訳なさが日に日に増し、うつ状態となり引きこもるようになった。胃炎になり手術もしたという。

 2020年12月に鳥インフルエンザが確認された宮崎県の養鶏場での殺処分(宮崎県提供)

 ▽収入なく貯金崩しての生活
 生活するには養鶏を再開しなければならない。田中さんは保健所職員が立ち会いの下、空っぽになった鶏舎の消毒と検査を繰り返した。ウイルスが完全にいなくなったことを確かめるため、30羽ほどの鶏を入れて異常がないかテストもした。

 ひなを鶏舎で飼育できるようになったのは、殺処分から半年後ぐらいだった。さらに約50日間育ててようやく出荷。感染前の状況に戻るまでに1年弱かかった。

 殺処分を余儀なくされた養鶏業者の収入はどうなるのだろうか。国の生産者支援対策により、鶏を出荷できていたなら見込めた収入分の金額が支給される。田中さんは、日本養鶏協会の経営再建保険にも加入していたため保険金も下りた。だが、経営が再び軌道に乗るまで十分な収入はなく、貯金を崩しての生活が続いた。

 2018年に、鶏舎を外気と接しない「ウインドレス式」に建て直し、これから頑張るというときの感染判明だった。母親は「今でも鳥インフルエンザを広げた農家だとの負い目がある。出荷先からは、祖父の代から好評価を得てきたが、その自負も薄れつつある」と話した。

 2020年12月に鳥インフルエンザが確認された宮崎県の養鶏場で進む埋却作業

 ▽県の負担「対応範囲を超えている」
 宮崎県では2010年4月に家畜伝染病の口蹄疫が発生した。県内全域に広がって約30万頭の牛や豚などが殺処分となり、畜産業界は大打撃を受けた。同じ年の8月末に終息宣言を出したが、県産ブランドの市場価値が下がって多くの農家が経営に行き詰まった。

 その苦い経験から、伝染病の早期発見と迅速な防疫措置が重要との考えが県内に定着し、行政と事業者が一体となって伝染病の防止に取り組んできた。

 だが、毎年のように流行する鳥インフルエンザに対し、殺処分や防疫措置を担う行政の負担は大きい。ひとたび感染が確認されると、県は地元自治体や自衛隊などの協力も得て、夜通しで対応にあたる。

 昨年11月、茨城県かすみがうら市の養鶏場で鳥インフルが確認され、100万羽超が対象となる大規模な殺処分が行われた。県や市職員、自衛隊員らが延べ1万人の態勢で臨み、作業完了までに19日間もかかった。

 茨城県の大井川和彦知事は12月に農林水産省を訪れて野村哲郎農相と面会。大規模事業者での感染が増え、県が対応できる範囲を超えているとし、規模が大きい養鶏や養豚事業者は自らの責任で防疫作業に取り組むことを国の「特定家畜伝染病防疫指針」に盛り込むよう求めた。具体的には、事業者が作業員を確保し、使用する資材などを事前に準備して経費を負担することなどを挙げている。

 鳥インフルエンザが発生した宮崎県川南町の養鶏場で、殺処分作業を進める関係者=2023年1月(宮崎県提供)

 ▽「発生を隠す事業も出てくる」と懸念
 だが、こうした動きに対し事業者の懸念は強い。宮崎県日向市で採卵鶏を飼育するアミューズの赤木八寿夫社長は「(茨城県知事の要望は)自分たちの鶏は自分たちで処分しろと言っているように聞こえる。生産者と行政が手を携えないと、感染防止は難しい」と話す。別の養鶏農家は「自己負担になれば発生を隠す事業者も出てくるはずだ」と危惧している。

 鳥インフルのウイルスは変異しているとされ、流行時期の長期化を予測する見方もある。農水省は防疫指針の中で、大規模事業者に発生に備えた対応計画の策定を呼びかけている。茨城県知事の要望に関して、農水省の動物衛生課の担当者は「都道府県を通じて計画の策定状況を調査している最中だ。出そろってから、今後の対応を検討する」と話した。

 180ほどの採卵鶏業者が参加する全国養鶏経営者会議は「生産業者は国民の栄養供給源として安定供給を担ってきた。感染のたびに経営再建には大きな負担を強いられており、処分負担も重なれば生産者はいなくなる」と指摘した。

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