乱戦の北九州市長選挙の明暗を分けたのは「言葉を届ける覚悟と配慮」【千葉佳織の演説分析】

2月5日に投開票された北九州市長選挙、選挙界隈にとって注目度が高い選挙でもあったと思います。新人4人が立候補した中で、票を争ったのが現職4期目の引退により自民・立憲民主・公明・国民民主の4党から推薦を受けた津森洋介氏と、過去に自民党から県知事選挙に出馬経験もある無所属新人の武内和久氏でした。一部保守分裂となる構図の選挙戦の結果は、 12万6839票で政党推薦を受けずに「市民党」をうたった武内氏の勝利となり、投開票5日の22時前に当選確実。一方で、組織戦を前面に打ち出していた津森氏は11万2614票で落選しました。新しい市長の誕生に多くの注目を集めた今回の選挙で勝敗を分けたポイントは何だったのでしょうか。スピーチライターの千葉佳織さんに両氏の演説を、解説してもらいます。

対照的だった「言葉を届ける姿勢」

今回の選挙戦、注目を集めたのが「言葉を届ける姿勢」についてでした。投開票当日の福岡の放送局の番組では「公開討論会」について触れられる結果となりました。津森氏は4候補全員が立つべき公開討論会を相次いで欠席し、場合によっては一部だけ出たのちに早退するなど、討論の場に立たないことが目立ちました。また、テレビ局側としては「津森氏陣営のすべての日程に合わせる」という回答をしたにも関わらず、津森氏側からは「日程があわない」という回答が出てきてしまうなど、説明がついていない印象も抱く市民も多かった、などと報道されていました。

結果、オール与党体制だった津森氏でしたが、推薦を受けている4党のうち自民・立憲民主・国民民主の3党の支持は5割程度しか固められていないとのテレビ局の統計データも示されました。また、3党の4割は武内氏を支持していたともいいます。

私はこのニュースを見る一人の人間として、本当のところの内部事情はわからないものの、何かこの「言葉を届ける姿勢」というものが、武内氏と津森氏の勝敗を分けた部分が大いにあるのではないか、と考えました。そこで両陣営の第一声を分析し、それぞれがどのような言葉の伝え方をしていたのか、その話し方、内容の特徴などを見ていくことにしました。

第一声の比較:津森氏は「言葉の羅列」で盛り上げ

「みなさま、ありがとうございます。津森洋介でございます。今日は寒い中、各も多くの方に足を運んでいただき、耳をかたむけていただいています。」

一般的な演説の構成で話された第一声でした。感謝の気持ち→選挙に向けて自らの辞職と決意→選挙運動について→現在の日本の状況→現職市長の実績→理想の北九州の像→締めの言葉。きれいな流れとともに、しっかりと第一声で何を話そうと練って話をされていることも伝わってきました。

津森氏の話し方の特性として、言葉の羅列がありました。感謝の気持ちを伝えるタイミングで、「〜な方、〜な方」であったり、「実行力、実現力」であったり、そのような表現です。この表現の良さとしては、似たような言葉が並ぶことでインパクトが強まり、盛り上がりを演出できる点。デメリットとしては、間延びしたり、強調されるべきではない言葉が目立ってしまうことがあるという点にあります。この羅列表現を使う中で、今回「先生」という言葉が連続して耳に入ってくる場面がありました。「先生」は市民にとって聞き慣れない言葉であり、数によっては疎外感に繋がることもあります。政治界隈の人を巻き込みたいのか一般市民を巻き込みたいのかがわかりやすく提示されることがあります。「市民」と「先生」の言葉の多さへの配慮は、自分がつくりたい世界をつくるために重要な観点になるのです。

また、声の高低に焦点を当てると、盛り上げるところでしっかりと高い音で話されており、力強く感じます。「この北九州が選ばれる街になるんです!(中略)全力で仕事がしたい!大きく飛躍させたい!」などは地の声よりはかなり高くなっており、前向きな印象を与えています。一方で、表情が一貫して変わらず、常に一定に見えるため、ご自身の言葉の情熱性とともに本当に思いが乗っているように受け取られづらい状態をつくっているのが非常に勿体ないと感じました。これはトレーニングで改善が可能なポイントであります。

「父の墓参りにも」「北九州育ち」このようなところは詰まって聞こえます。明瞭な発言には「滑舌」が欠かせないように感じますが、それだけでなく、優先度が高い話し方の手法として「一文中の速度維持」があります。この第一声では、一文の中で時々流れるように一気に加速して発音する箇所がある故、詰まって聞こえて聞き取れない場面があるのです。細かいところですが、発声に関わる問題は、堂々とした印象から遠のいてしまう懸念があるものなんです。この「一定速度の維持」も訓練可能なスキルです。

私なら前半1ヶ月で「話速の一定維持」と「表情変化」の非言語トレーニングを。後半1ヶ月で「原稿・言葉の印象形成」「即興演説」など言語トレーニングを提案させてもらうでしょう。前半1ヶ月に「話し方単元」を持ってくる理由は定着に時間がかかるからです。学習機会はチャンスの流れを変える可能性があります

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第一声の比較:武内氏は細かな気配りで姿勢を印象づけ

「みなさんおはようございます!外の皆様もおはようございます!(歓声)みなさん、時はやってきました(歓声数秒)待ちわびた時がやってきました。北九州市の未来をつくり、そして北九州市の未来を輝かせるその時がやってきたんです!」

今日という日を迎える思い→感謝の気持ち→自分のこれまでの活動→今の北九州市→自分の思い→感謝の気持ち→市民との具体的なエピソード→あるべき北九州市の像→北九州市の良さ→政党 対 市民党

…などなど続いていきます。話の型から構成されている演説ではなく、とにかく随所に思いが散りばめられた熱意型の演説であったと感じました。

冒頭の言葉は従来の型に組み込まれないような、彼の個性が存分に出た言葉でした。一文が短いため、区切れるたびに誰かが歓声を上げることができるような話し言葉になっていました。拍手をもって双方向コミュニケーションを実現しようという意思とそれを反映させた言葉のひとつひとつが場をつくっていたと思います。

第一声は快活であり場を盛り上げることに徹していました。政策が聞きたい方にとっては好みが分かれる演説かもしれませんが、「市民・みなさん」の言葉の多さ、寄り添う姿勢の提示、声質、視線、多くの点において津森氏と対極の印象をつくっており非常に目立っていたと感じます。特に、「外にも100人、200人という方が集まってくださり、またオンラインでも多くの人が見てくださり」など、演説冒頭でマイクを使って聴衆に声をかけ、手を振る配慮が彼の「市民目線」のスタンスを伝えたり、「具体的な数字を活用した地道さの提示」が輝いていました。例えば、400回以上のご自宅にあがってのお話会、700回以上の街頭演説、1人から2人、2人から3人、打算などなく思いで集まってくれたなど。それら細かな言葉が「市民と一体となって前に進みたい」というコアメッセージを後押ししたと思います。

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生の声で語りかける重要性について改めて振り返るべき

公開討論会の出欠や候補者の特徴などからも「言葉を届ける覚悟と配慮」に注目が集まった選挙ではないかと思います。今はネット選挙も当たり前になってきており、SNSや発信に力を入れる政治家の方も増えてきていると思いますが、すべての原点にあたるのは、自分の肉声であり、自分自身から出てくる言葉です。ここにいかに真剣に向き合うことができるかが、勝敗を左右する可能性は大いに高いと私は考えています。

すべての候補者の皆様に敬意を持ちながら、いちスピーチライター・トレーナーとして伝え方トレーニングの重要性を広げていきたいものです。

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