イブラヒモビッチ流の子育ての帝王学。「なぜ普通でいたいんだ?」2人の息子に対する愛と厳しさ

ついに“ミラノの支配者”が帰ってくる。昨季終了後に行った膝の手術のリハビリを経て、試合復帰間近といわれるズラタン・イブラヒモビッチ。彼の帰還は、イタリア・セリエA連覇を目指すACミランにとって大きな追い風となるはずだ。そこで本稿では、昨年刊行された書籍『アドレナリン ズラタン・イブラヒモビッチ自伝 40歳の俺が語る、もう一つの物語』の抜粋を通して“イブラ”の偉大さを改めて振り返る。今回は、2人の息子に対する愛と子育て論についてイブラヒモビッチ本人が語り尽くす。

(文=ズラタン・イブラヒモビッチ、訳=沖山ナオミ、写真=Getty Images)

彼らは「イブラヒモビッチの息子」として暮らすべきではない

俺はソフトに話すことができないんだ。「本当のことを言わないと相手のためにならない」という哲学が俺の中にあるからだ。

ピッチ上でも同様だ。俺はチームメイトにも、「わかるか? おまえのミスだぞ」とはっきり指摘する。そいつは自分では正しい選択をしたつもりであっても、もう一度考え、反省し、次は同じ間違いをしなくなる。

息子たちの練習を見にいくとき、他の親たちに写真は撮らせない。セルフィにも写らない。階段席ではただの父親でイブラではないからだ。そこは息子たちの場であり、重要なのは彼らであって、俺ではない。彼らはマキシミリアンとビンセントであって、ズラタンの息子ではない。それが理由で彼らは妻の苗字で登録している。彼らは「イブラヒモビッチの息子」として暮らすべきではないんだ。

それについては、息子たちと話し合った。「おまえたちはパパが同じ年齢だったときよりも、ずっと精神的に強いはずだ。学校でも、ピッチ上でも、いつもパパと比較されて、それを我慢しないといけないだろう? 逃れようがないしな。メンタルが強くなければとても難しい。それはおまえたちのせいでもパパのせいでもない。しょうがないことなんだよ」

兄のマキシミリアンは、はっきりした性格だ。あるとき、彼に聞いてみた。「おまえは何という名前で呼ばれたい? セーガーかイブラヒモビッチか? 選んでいいんだよ」

妻の苗字の方が彼らを保護し、自由を与えるだろう。俺の苗字はいつも比較されることを彼らに強いることになる。

マキシはこう答えた。「僕はイブラヒモビッチだよ」。彼は強い。ビンセントも選ぶことができるが、まだ早いだろう。二人の年齢は一年しか違わないが、この年代の一年は大きい。

彼らはいつも妻に聞いている。「パパは僕のことどう思ってる?」

俺はストックホルムのハンマルビーに設置された動画カメラを通して、ミラノからでも二人の練習や試合を見ることができる。こうやって彼らの状況を把握できるんだ。終わってから、息子たちとカメラで見たことについて直接話をし、討論したりする。

ある日、ビンセントがコーチに慰められているのを見た。何か起こったのだろう。練習後、ビンセントに電話した。「あとでまた電話してくれよ。部屋で一人になったときにな」

ビンセントが電話してきた。「元気か?」と聞いてみた。ビデオ通話だったから、彼が画面を見ようとしないで、息が上がっていることに気付いた。「ビンセント、まずはリラックスしろ。深呼吸して、気持ちの準備ができたら話してくれ」

数分経って、落ち着いてきてから彼がつぶやいた。「パパ、僕、元気じゃないんだ……」

息子たちは俺の前ではいつも強く見せようとする。だから、そう答えることが容易でないことはわかっていた。何もそんなに強がらなくていいのだが、彼らはそう思っている。特にサッカーに夢中になり始めてからはそうなのだ。彼らはいつも妻のヘレナに聞いている。

「パパは僕のことどう思ってる?」

俺の目にパーフェクトに映っていたいんだな。だがな、俺にとって彼らは、存在してくれるだけで十分パーフェクトなんだよ。彼らはそこをわかっていない。さらに言えば、彼らが幸せでいてくれれば一層パーフェクトだ。

「パパがいなくて寂しいんだよ……」俺は心にナイフが刺さった

俺のダイレクトな話し方が彼らにプレッシャーを与えているのは確かだ。それはわかっている。

「最高になれる可能性があるのに、なぜ普通でいたいんだ? まぁ、それはおまえが選ぶことだ。どんな人生を生きるかはおまえの自由だからな」

俺は普通でありたいと思ったことがない。それは普通の人間は多いが、最高の人間はわずかしかいないからだ。そのために俺はあらゆることに200パーセントの力を出してきた。

「僕、元気じゃないんだ」、ビンセントは言った。「どうしたんだ?」、彼に訊ねた。「パパがいなくて寂しいんだよ……」

俺は心にナイフが刺さって4分割されたような気分になった。

「ミランとの契約をすぐさま破り捨てて、家に帰るぞ!」。そう思った。俺にとっては息子たちが最優先なのだから。世界にそれ以上、大切なものはないんだよ……。

ビンセントはいつも俺の近くにいた。彼はいつも俺に守られていると思っていた。離れて暮らすのは初めてのことだったし、もともとミラノで暮らすのは6カ月だけだと思っていたからな。契約を延長することがわかっていたら、最初から家族も連れてきていたよ。

彼らにプロのサッカー選手になれと言ったことは一度もない

別々に暮らすことによって、俺からのプレッシャーを逃れられたのはよかったと思う。それは認めるよ。だが俺は、彼らにプロのサッカー選手になれと言ったことは一度もないんだ。断じてない。

いや、こうは言ったな。「もし、サッカー選手になりたいという気持ちが少しでもあるのなら、すべての試合、すべての練習で、全力を尽くせ。そうしなければ成功しないぞ」

ロサンゼルスに住んでいたとき、3時間かけて彼らをキャンプに送っていき、迎えにもいったんだ。俺は、はっきりと伝えた。「パパに無駄な時間はないんだ。おまえたちにベストを尽くす気持ちがあるのなら連れていってやるが、そうでなければ行かないぞ」

同じことをテコンドーでも話した。彼らは二人とも黒帯を持っている。「おまえたちが200パーセント頑張るつもりなら、道場に連れていってやる。そうでないのなら時間の無駄だ。家で本でも読んでろ」

これはスポーツだけでなく、すべてのことに当てはまる。うまくいくか、いかないかはどうでもいい。だが、1時間でも2時間でも、やるべきことには全力を尽くさなければいけない。これが俺の哲学だ。

ミランでもそのやり方を採用している。もしトレーニングを十分にやっても、紅白戦で俺へのタックルが甘ければ、それは俺の練習を邪魔していることになる。俺が向上することを妨げていることになるのだ。

誰もがベストを尽くさねばならない。そうすれば俺も全力を出すことになるからな。俺が向上すれば、相手も向上する。くだらない練習をするなら、家に帰る方がましだ。自分が損するだけでなく、他人にまで迷惑をかける。俺はこうやってミランのメンタルを変革した。

とはいえ、俺だって困り果てることもあるんだ。マキシやビンセントを息子としてではなく、サッカー選手として扱っていることに気付いては迷っている。ヘレナに注意されたんだ。「気を付けてね。あなたは息子たちに愛も与えないといけないのよ」

本当にそのとおりだ。バランス、均衡が必要だ。彼女はそのことをわかっている。マキシとビンセントは調子が悪いときはいつも彼女のところに行くからな。信頼しているのだろう。俺の前ではいつも強がっているんだよ。俺がそうであるように。

サッカーは俺の情熱だ。息子たちも俺の世界に入ってきたようだ

「パパがいなくて寂しいんだよ」

ビンセントが最初にそう言ったときは、家に飛んで帰りたかった。俺は選手生活も長いから、もはや誇示すべきことはないんだ。俺は与えるためにここにいるのであって、何かを得るためではない。他人に役立つためにいるのだ。すでにキャリアで多くのことを成し遂げてきたから、今は他の選手をインスパイアして、強くなってもらうことに興味がある。

とはいえ、サッカーは俺の情熱だ。人生そのものだ。サッカーがないと、空っぽになってしまうんだよ。でもな、もし息子が「パパ、寂しいよ」と言ってきたら、城は崩れ落ちてしまうんだ。俺みたいなやつだって、普通の父親になってしまうんだよ。

ビンセントの「寂しい」という言葉に俺はやられちまった。俺はヘレナに頼んだ。「みんなですぐここに来てくれよ」

翌朝、家族はミラノ・リナーテ空港に着いた。数日間家族一緒に過ごしたよ。その後、マキシミリアンはミランアカデミーに参加するためにトレンティーノに向かった。彼は俺と一緒に過ごすのも楽しそうだったが、サッカーする方がもっと楽しかったのだろう。マキシはすでに俺の世界に入ってきているようだ。

彼にはこう提案してみたんだ。「10日間の合宿に参加してみないか? パパの生活を体験できるぞ。練習してホテルに滞在して、新しい仲間もできる。山での生活は快適だぞ」

ビンセントはミラノに残って俺と一緒に過ごした。彼も俺もエネルギー満タンになった。そして彼はママと一緒にスウェーデンに戻った。午後5時にストックホルムに到着したが、その足ですぐに練習に行きたがった。どうやらビンセントも俺の世界に入ってきたようだ。

ヘレナがマキシを迎えにミラノに戻ってきたとき、ビンセントは付いてこなかった。週末に試合があったからだ。もちろん、俺に会いたかったとは思うよ。だが、サッカーへの情熱がその気持ちを埋めたんだな。俺はうれしかったよ。彼らは幼いころから管理され、守られて暮らしてきた。俺みたいに、好きなときに外に出てボール遊びすることもできなかったんだよ。だが成長するにつれて、少しずつ自由を得ていった。サッカーのおかげで仲間ができ、ロッカールームで生まれる価値ある関係を経験できるようになったんだよ。

<了>

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