日本人女性が撮った「ミハイロヴィッチ追悼試合」…“隠されたピクシー”の違和感と紅く燃えたスタンド

「欧州のブラジル」とも呼ばれ、数多くの名選手を生み出してきたユーゴスラヴィア。分裂後もクロアチアやセルビア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナなどがワールドカップに出場するなど、サッカーが非常に盛んで熱い地域として知られている。

今回、そのセルビアのサッカーを現地からレポートしていただくのが石川美紀子さん。バルカン地域の研究者でありながら、サッカーの取材記者やカメラマンとしても活躍している女性である。

第1回のレポートとなる今回は、2月4日に行われたセルビアリーグ第20節のレッドスター・ベオグラード(ツルヴェナ・ズヴェズダ)対FKヴォイヴォディナを特集。

この試合では、先日惜しまれながらも白血病のために死去したシニシャ・ミハイロヴィッチ氏の追悼セレモニーも行われたという。その模様を、現地で撮影した写真とともにお届けする。

シニシャ・ミハイロヴィッチ氏に捧ぐ「追悼試合」

発炎筒が轟くマラカナのスタンド

2022-23シーズンのウィンターブレイクが終わり、セルビアスーペールリーガ(1部)も後期シーズンが開幕した。カタールW杯前の11月中旬以来、約3か月ぶりの公式戦となる。

この日はセルビアスーペルリーガ第20節、レッドスター・ベオグラード vs.ヴォイヴォディナをフォトのプレスとしてピッチレベルで撮影した。その会場はレッドスターの本拠地マラカナ。日本でもプレーした「ピクシー」ドラガン・ストイコビッチ氏が活躍した場所でもある。

そしてこの試合は昨年12月に白血病で他界したシニシャ・ミハイロヴィッチ氏の追悼試合でもあった。

昨年12月に逝去したシニシャ・ミハイロヴィッチ氏

イタリアとセルビアの国籍を有し、現役時代ヴォイヴォディナやレッドスターでプレーした後、セリエAで数々の記録を打ち立て、引退後はイタリアサッカー界で監督を歴任した経歴の持ち主。両クラブの英雄に捧げる試合でもあった。

その悲しみを表すかのようにキックオフ前は雪が舞う。追悼試合で完全無料になっているにもかかわらず『サポーターが集まるのだろうか』と心配になるほどの寒さに。

英雄ストイコビッチ…が「隠されている」スタジアム

セルビアの首都ベオグラードにあるレッドスター(セルビア語ではCrvena zvezda、ツルヴェナ・ズヴェズダ)のホームスタジアムは通称「マラカナ」と呼ばれ、グッズショップやカフェなども併設されている。サッカーミュージアムもあり、1991年に当時のトヨタカップを制した際のカップや歴戦のトロフィーが展示されている。

名古屋グランパスで選手としても監督としても長年活躍したドラガン・ストイコビッチ氏の栄光の軌跡もこのミュージアムで辿ることができるが、この日は試合前だったので内部のご紹介はまたの機会としたい。

レッドスター・ベオグラードの本拠地「マラカナ」の入り口はこんな感じ

ちなみにピクシーはW杯後もセルビア代表監督を続投しているが、レッドスター現会長との不仲説は根深く、クラブ側は意識的にその存在を消しているように思われる…。

「マラカナ」メインスタンド内のフードコート

試合前のメインスタンド内。食事ができるスペースが用意されている。CLやELの常連クラブになったここ5年ほどで、スタジアム内も見違えるほど綺麗になった。

試合前の追悼セレモニーの模様。ミハイロヴィッチ氏が所属していたころのユニフォームが掲げられている。

シニシャ・ミハイロヴィッチ氏の息子たちと、その親友のドラギシャ・ビニッチ氏(右端)。1994シーズンには名古屋グランパスでピクシーと一緒にプレーしていたそうだ。1995年には鳥栖フューチャーズにも所属していた。

ミハイロヴィッチ氏のように襟を立てて集合写真を撮影する選手たち

故ミハイロヴィッチ氏はユニフォームの襟を立ててプレーするスタイルで有名だった。試合前の集合写真では、フィールドプレーヤー全員が襟を立てて撮影に臨んだ。ユニフォーム自体もミハイロヴィッチ氏の写真が刺繍された特別仕様になっている。

試合開始直後、故ミハイロヴィッチ氏を追悼する巨大なコレオグラフィーがスタンドに登場(このビデオの撮影も私が担当した)。圧倒されるほどの大迫力だ。

セルビアサッカーの「熱さ」、強いロシアの影響力

ホームでのリーグ戦では103試合無敗のレッドスター、前半25分ヴォイヴォディナにまさかの先制点を叩き込まれるが、28分にアレクサンダル・カタイの今シーズン10得点目で追いつく。カタイはこの試合の2日後に32歳の誕生日を迎えており、それを自身のバースデーゴールで祝う形になった。

同点ゴールを決めたアレクサンダル・カタイ

後半開始直後、突如としてゴール裏で花火大会が始まる。それももちろん試合中に。

セルビアのリーグ戦ではよくあることで、全くもって珍しい光景ではないのだが…日本ではなかなか考えられないものだ。

レッドスターのサポーター席で花火が燃える
敵地に乗り込んできたヴォイヴォディナのサポーター席

そして、この写真は対戦相手ヴォイヴォディナ側のゴール裏。

ヴォイヴォディナのサポーターは、セルビア国内では比較的上品なイメージがあった。ところが、このあと彼らは派手に発煙筒をピッチに投げ込み、私の大切なカメラバッグの近くで爆発させてきたのだ…当社比好感度が一気に下がる。全く何をする!

これも試合中の燃え盛るゴール裏のスタンド。フラッグになっている人物(見えにくいが…)はジヴォイン・ミシッチという19世紀後半から20世紀初頭にかけての元帥らしい。

基本的にセルビアサッカー界のゴール裏は軍国主義と切り離すことができない存在になっており、西側諸国の感覚では考えられないような「ロシアやコソボに関する横断幕」が出ることもある。

なお、試合は1-1の引き分けのまま終了。リーグ6連覇を目指すレッドスターにとっては不安な後期シーズンの幕開けとなった。次節はアウェイで現在7位のヴォジュドヴァツと対戦する。

~現地で見た『私の注目選手』~

ここでは、この試合で撮影した「今後も注目しておきたい選手」を写真とともにご紹介。彼らの名前は覚えておいて損はない。

ストラヒニャ・エラコヴィッチ。レッドスター下部組織出身の22歳で、先月のFIFAワールドカップ・カタール2022ではセルビア代表に選出されたが、出場機会はなかった。

彼はミラン・ボリャン。長年キャプテンも務める絶対的守護神である。カナダ国籍を有し、カタールW杯ではカナダ代表のゴールキーパーとしてグループステージ3試合にフル出場した。大会前の日本代表戦でもスタメンで起用され、勝利に貢献した。

アレクサンダル・ドラゴヴィッチ。このオフに移籍の噂もあったが、引き続きレッドスターでプレーすることになったようだ。いつも報道陣に対して真摯な対応をしてくれるジェントルマン。

いまレッドスターで最も注目の若手、ステファン・ミトロヴィッチ。昨年9月には20歳でセルビア代表に招集され、UEFAネーションズリーグに出場した。これから間違いなく世界に羽ばたくタレントだ。

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