観光客や地元の人で花めく尾道本通り商店街を抜けて少し歩くと、そこは尾道最大の歓楽街・新開(しんがい)地区への入り口。
入り組んだ細い路地にはスナックのレトロな看板がひしめきあい、かと思えば突然おしゃれなカフェが現れる、1回では探索しきれない不思議なエリアだと感じる人も多いでしょう。
そんな新開の玄関口に明かりを灯すのが、居酒屋「Dasitosu -出汁と酢。-」です。
おいしい料理をいただき酒を酌(く)み交わしながら、開店の経緯や自慢のメニュー、新開エリアへの想いについて店長の堀田健司(ほった けんじ)さんに話を聞きました!
新開エリアのワクワクを醸す「出会いと再会」の居酒屋
思わずのれんをくぐってみたくなるようなたたずまい、日本料理に欠かせない「出汁」「酢」という粋な言葉遣いで腹ペコの心をくすぐる店名。
ここ「Dasitosu -出汁と酢。-」(以下、出汁と酢と表記)は、JR尾道駅からのんびり歩いて20分ほどの場所に位置する居酒屋で、堀田健司さんが店長を務めています。
運営元は、尾道・福山エリアで多くの飲食店・宿泊施設を展開する「有限会社いっとく」グループ。
たとえば、尾道駅前にある「おやつとやまねこ」や「こめどこ食堂」、商店街の「大和湯」、海岸通りの「尾道渡し場 たまがんぞう」などの人気店も、いっとくグループが運営しているんです。
「出汁と酢」は2020年6月11日にオープンした、豆皿料理と酒の店。
カウンター席がメインで、こだわりの料理や「尾道造酢」の酢を使ったサワー、店長との会話などが楽しめます。
「この店だけで終わらずに、ぜひほかの店のはしごを楽しんでほしい。『出汁と酢』は、“出会いと再会の居酒屋”を目指しているんです」と堀田店長。
豆皿料理というコンセプトも、少しずつ食べて、ほかの店を渡り歩いてもらいたいとの想いからなのだそうです。
店舗と同じ敷地で、3階建てのゲストハウス「SINGAI CABIN」もいっとくグループが運営。
さらに、同じ新開エリアでほかにも2店舗の宿(2023年春もう1店舗オープン予定)を営むなど、「クウ(食う)ネル(寝る)アソブ(遊ぶ)」という新開での過ごし方を目指して、グループは精力的に町の活性化に取り組んでいます。
こだわりの出汁と地元酢蔵の酢がふんだんに使われたメニュー
いっとくグループは地元企業とのコラボレーションを盛んに行なっており、「出汁と酢」でも尾道の歴史文化を語るのに欠かせない企業と協働しています。
この店でふれることができるのは、尾道で440年あまりの歴史を誇る老舗酢蔵「尾道造酢」の酢。
店名にもなっている「出汁」と「酢」は、どんなメニューに活かされているのでしょう。実際にいただいてきました!
出汁の旨みあふれるおでんや漬け物など、酒好きを唸(うな)らせる料理たち
堀田店長におすすめを尋ねると「全部おすすめなんだけどね」とはにかみながらも、「出汁をきかせたおでんは年中やっているので、ぜひ食べてもらいたいですね」と教えてもらいました。
というわけでまずはおでんの盛り合わせを、おまかせでオーダー。
おでんを待っている間、尾道だいだいの果皮酢スワーとお通しをいただきます。
「ス(酢)ワー」とは「尾道造酢」の酢を使った出汁と酢オリジナルサワーのことで、赤酢スワー、尾道だいだい果皮酢スワー、モルトビネガースワーの3種類のラインナップがあります。
お通しはその日によって変わりますが、大根のだいだいポン酢漬け、玉ねぎのチャンアチ(ピクルスのこと)、赤酢チャプチェ、白キムチなどが定番メニュー。
通常は、この中から2〜3品が提供されるそうですよ。
おいしいおいしいと箸が止まらなくなっていたところで、店イチオシのおでん盛り合わせが登場。
目の前のおでん鍋からついでもらえるのは、カウンター席の醍醐味です。
出汁の味がたっぷりしみ込んだ丸こんにゃくや玉子、ほろほろの手羽が、1日の疲れを解きほぐしてくれるよう。
左奥の別皿に盛り付けてもらったのは、堀田店長のイチオシ・つくねのおでん。
コリコリとした軟骨とやわらかな鶏肉とのバランスがよく、酢醤油との相性は抜群でした!
次は、鶏せせりと肝の橙ポン酢和え。鶏せせり×ポン酢という最高の組み合わせに加え、ポイントは上にあしらわれたマイクロリーフとスプラウトなのだとか。
「これは福山市松永の『こなみ農園』さんで作られた野菜です。水耕栽培ではなくあえて土壌で、手間暇かけて栽培されているので、味が濃く、さっぱりとしたメニューとの相性が抜群です」と堀田店長。
お口直しにもぴったりな一品です。
それにしても、脚付きの豆皿がなんともかわいらしい。
ちょい飲みはもちろん、ガッツリ食いや〆(しめ)の食事にも
豆皿料理を肴(さかな)にサクッと飲んで、次の店へ繰り出すこともできますが、腹ペコのおなかを満たすガッツリ料理も、もちろん人気メニューです。
こちらは出汁じょうゆの鶏の唐揚げ。
生姜やにんにくは注文が入ってから刻んで鶏肉にまぶされ、一つひとつ小気味いい音でていねいに揚げられて、アツアツの状態で提供されます。
肉汁がじゅわっとあふれる大きな唐揚げは、はふはふと口の中で味わいながら、お酒と一緒に味わうのが王道。
メインにも〆にもなりそうな、至福のメニューです。
そしてこれこそ〆に食べたい、やまねこのグリーンカレーライス。
こればかりは豆皿ではなく、通常サイズのまあるいカレー皿で提供されるので、とにかく空腹!という人にもおすすめです。
大きな手羽がのったグリーンカレーは、出汁の旨みがしみこんで滋味深い味わい。
グリーンカレーといえど辛すぎることはなく、スープカレーのようにさらさらっといただける逸品でした。
ス(酢)ワーにだしサワー!?一風変わったサワーも必飲のドリンクメニュー
続いては飲み物を紹介します。
しかし実はこのメニュー、ドリンクのほんの一部。
店内には、店長がこだわって仕入れた国内の地酒、焼酎、ワインなどさまざまなお酒が並んでいるので、ぜひ店長におすすめを尋ねてみてくださいね。
ちなみに鹿児島県出身の堀田店長のおすすめは、芋焼酎だそうですよ!
先ほども少し紹介した、尾道だいだいの果皮酢スワー。
その名のとおり果皮から作られた酢が元となっているサワーで、柑橘と柑橘皮の豊かな味わい、ほどよい酸味がのどを潤してくれます。
居酒屋に行くと必ずレモンサワーを注文する筆者ですが、この果皮酢スワーはサワーの王者に君臨するであろうレモンサワーに引けを取らない逸品だと感じました。
ちなみにこのグラス、「尾道造酢」で古くから使用されているポスターのデザインを施した「出汁と酢」のオリジナルです。
ポスターは店内にも飾られています。
女性が熱心に料理本を熟読している、この絵柄に込められたストーリー。
古くから続く酢の文化や歴史にもつながるので、興味のあるかたはぜひ堀田店長に尋ねてみてください。
「ス(酢)ワーシリーズ」からもう1杯、赤酢スワーをいただきます。
赤酢とは、酒粕を3年ほど熟成して作られる赤みがかった酢のことで、「赤シャリ」として主に寿司の酢飯に使われます。
赤酢は、どことなくまろやかな酸味とのどごしの良さが特徴です。
家庭で使われることの多い穀物酢とはまた違った風味や旨みが楽しめるので、ぜひこの機会に試してみてください。
次にいただいたのは、これぞ「出汁と酢」の真骨頂、だしサワーです。
昆布と節で引いた出汁にいりこを少し、それを焼酎と炭酸で割っているそう。
サワーとは本来、柑橘や梅干しなど味の存在感がしっかりあるものが主役だと認識してきましたが、そんな固定観念がくつがえされるような、やさしくて滋味深い不思議なサワー。
料理にはもちろん合いますし、〆のお茶のような感覚でいただけます。
外食というよりも家庭料理といったやさしい味わいの料理に加え、おちゃめで笑顔のたえない堀田店長との会話に癒やされるひととき。
店長ってどんな人?いっとくグループや山根浩揮(やまね こうき)社長との出会い、新開への想い、今後の展望について、あれこれ話しを聞きました。
「Dasitosu -出汁と酢。-」の店長・堀田健司さんにインタビュー
堀田店長が尾道と出会うまでの紆余曲折
──鹿児島県出身という堀田店長。どのような経緯で尾道へ?
堀田(敬称略)──
大学を卒業するまで鹿児島で暮らしていましたが、就職を機に上京。
神奈川にあった家庭用品の問屋で働き始めたんですが、なんとその会社が入社3か月で倒産してしまったんですよ(苦笑)
──それはキツイ……。新卒で、前途洋洋な未来に歩き出したと思いきや、ですね。
堀田──
ですよねぇ。
でも翌年の新卒採用に挑戦しようと思って、某大手チェーンの居酒屋でアルバイトを始めたところ、これが性に合っていたのか、社員→店長→西日本エリアの係長と上り詰めてしまいまして。
それで広島県に転勤することになったんです。
──倒産のエピソードから一転!まるでシンデレラストーリーですね!
堀田──
あはは。ひも解くと、それが広島との出会いですね。
でも、そこまで頑張ってはきたものの、しだいに「自分の店を持ちたい」と思うようになって。
それで居酒屋チェーン店を退職することにして、広島市内でそのままアメリカン雑貨の店を開業しました。
そのときに縁あって出会ったのが、山根さん(いっとくグループ社長)です。
28歳くらいのことでしたね。
──雑貨屋時代に山根社長と出会っていたのですね……!
堀田──
今のいっとくグループは飲食店がメイン事業となっていますが、もとは尾道生まれ・尾道育ちの山根さんが営んでいた古着屋「USED SHOPいっとく」が前身です。
山根さんと一緒に飲みに行ったことを機に、同業者同士で一緒に雑貨の買い付けに行くなどして交流を深めました。
その頃ですね。尾道に連れていってもらって、新開で飲むようになって、この町に憧れて。それが僕の原点です。
──そうしたご縁に導かれて、いっとくグループに入ることになったんですね。
堀田──
うんうん、もう24年ほど前になりますね。
直営のグループ店などを経て、飲食店の経営やまちづくり、イベントに携わってきました。
そして「SINGAI CABIN」「出汁と酢」をオープンすることになり、店長職に手を挙げたことで今につながっているんです。
飲食店だけではない価値を目指して。新開という町への想い
──この建物はもともと何かのお店だったのでしょうか。
堀田──
1階はたばこ屋とお好み焼き屋が入っていて、2〜3階は大家さんの住居でした。
いっとくグループでこのビルを購入して、1階を居酒屋、1〜3階をゲストハウスという今の形にリノベーションしました。
堀田──
いっとくグループでは、新開での過ごし方として「クウネルアソブ」という理想を掲げていて。
要は町宿の機能を作ることで、このディープな新開という歓楽街を、余すことなく楽しんでほしい。
「食う」「寝る」「遊ぶ」を充実させた尾道滞在を実現するため、ゲストハウスの事業をスタートさせたんです。
まずは2018年、新開の古民家を改装したゲストハウス「SIMA inn」をオープン。
続く2019年にはこの「出汁と酢」のビルに「SINGAI CABIN」がオープン、そしてこの「出汁と酢」は翌年2020年にスタートしました。
──怒涛(どとう)の開店ラッシュですね。
堀田──
そうですね。やってみてあれこれ考えて、グループ店で切磋琢磨したり足りない部分を補い合ったりしています。
たとえば、いっとくグループが最初にオープンした「SIMA inn」は個室タイプのゲストハウスでした。
それを経て、旅人が一人でも訪れやすいようにと作ったのが、ドミトリータイプをメインとした「SINGAI CABIN」です。
国内の旅行者も、海外からの観光客も、お金のない学生も、みんなでワイワイと過ごしてもらいたくて、「出汁と酢」のフロアには宿泊者専用の談話室もあります。
一人でふらっとやってきて、ここで思い出を作って帰ってもらえたらうれしいですね。
──この開店ラッシュからも、いっとくグループの山根社長や堀田店長が寄せる新開という町への想いの大きさが伝わってきます。
堀田──
尾道の景色って、変わらずにそこにあるのに、同じ道を歩いていても楽しいというか、いつも発見があっておもしろいですよね。
細い路地に迷い込んでみたら知らない広場に出たり、はたまたいつもの道につながっていたり、余白がたくさんある。
一方で、高齢化による過疎化は深刻さを極め、地域に愛されていた居酒屋が後継者を見つけられずに、やむを得なくのれんを下ろす……そんな寂しい瞬間も見てきました。
大それたことを言っているのかもしれませんが、「町をもう一度元気にしたい」――その想いは、僕だけでなくグループ全員が共有していると思います。
お客さんとのストーリーを大切にできる店へ
──「出汁と酢」はそのコンセプトやおいしい料理、酒、堀田店長の人柄もあわせて、すでに新開を代表する人気店ですよね。今後の展望を教えてください。
堀田──
またまた〜!お上手ですね(笑)
現在一人で「出汁と酢」の店長、「SINGAI CABIN」の宿主を担っているため忙しく、仕込みや料理にも時間がかかってしまっているのが課題です。
堀田──
店が忙しいときは、黙々と料理を作ってお出しするなんていう状況も多々あって……。
もっと新開や尾道造酢について紹介するなど、この場でお客さんとコミュニケーションを取る余裕や仕組みを作ろうと模索しているところです。
観光客はもちろん地元の人も含め、訪れてくれたお客さん一人ひとりとのストーリーを大切に。
これからも新開の「出会いと再会の店」でありたいと思っています。
おわりに
新開で飲んでいると、次のお店に行こうと外に出たタイミングで知り合いとバッタリ、なんてこともよくあって、そんな流れで合流しちゃったり、酔いのテンションで新しいお店を見つけちゃったり。
はしご酒の文化ってなんて楽しいんだろう、と思わせてくれます。
「出汁と酢」は2020年にオープンと新開の中では比較的新しい居酒屋ですが、筆者の周りにもファンが多く、すでに多くの人に親しまれていることがわかりました。
いっときは廃れていくのを待つばかりだったかもしれないこの新開エリア。
しかし古くからの老舗店をはじめ、この町のためにと立ち上がる新規店も少しずつ増え始め、徐々に活気を取り戻しているように感じます。
はしご酒のスタート地点であり、また帰ってきたい出会いと再会の店。
ぜひ「出汁と酢」を皮切りに、新開で食べて、飲んで、遊んでみてください。