巨大で残酷なハリウッドを描く『バビロン』は『ラ・ラ・ランド』デイミアン・チャゼル監督のツンとデレが炸裂した“映画LOVE映画”

『バビロン』©︎2022 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

デイミアン・チャゼル監督の最新作『バビロン』は、おそらく好き・嫌いがハッキリ分かれる映画だろう。しかし同時に、この映画について語らずにはいられない、脳裏にこびりついて離れない強烈な作品でもある。

『ラ・ラ・ランド』を期待しちゃダメ!

なにしろ冒頭から糞尿が飛び散り、モザイクだらけの酒池肉林な乱痴気パーティーが繰り広げられ、さらに痰やらゲロやら生理的な“イヤ”が満載。『ラ・ラ・ランド』にあった感傷や内省を排除し、浮遊するように優雅だったカメラはせわしなく動き回り、かろうじてジャスティン・ハーウィッツによるスコアだけが『ラ・ラ・ランド』を思い出させる。

そこには映画業界への抵抗や皮肉が込められており、実在の名優を憑依させたブラッド・ピットやマーゴット・ロビーらの力を借り、巨大で残酷なハリウッドというシステムを改めてあぶり出す。しかし最後には、新鋭ディエゴ・カルバ演じるマニーの視点から映画への愛と感謝を捧げたりするものだから、観客は徹底的に振り回されまくる。

黄金期ハリウッドを飲み込んだ時代の変化

1920年代、サイレント映画期にギリギリ成立していた混沌と享楽が、トーキーの到来によって“浄化”されていく過程での関係者たちの悲哀。まるで『ブギーナイツ』(1997年)のような構成だし実際よく似たシーンもあるのだが、オワコン化に凹む名優コンラッド(ブラピ)と業界の闇に呑まれる女優ネリー(マーゴット)、そして黒人のジャズトランペット奏者シドニー(ジョヴァン・アデポ)や、中国系のキャバレー歌手レディ・フェイ・ジュー(リー・ジュン・リー)なども、大きな“変化”に翻弄される業界人の象徴として描かれている。

もちろんチャゼルは、ケネス・アンガーの発禁ゴシップ本「ハリウッド・バビロン」(1965年ほか)も参考にしたと思われ、過剰なエログロ描写や1920年代としてはやや違和感のある衣装などから漂う“虚実ないまぜ”風味への賛否も覚悟のうえだったはず。おかげでマニーとネリーのロマンス要素は物語のメイン具材にはならず、どう着地するか最後まで分からないハラハラ展開にもつながっている。

チャゼル監督のツンデレみ溢れる映画LOVE映画

キャストはメイン勢だけでなく端役まで豪華で、強迫症気味なドイツ人監督スパイク・ジョーンズ、予想以上にセリフが多いレッチリのフリー、ワインスタインにしか見えない映画会社の重役ジェフ・ガーリン、唯一実名で登場するアーヴィング・タルバーグ(MGMの映画プロデューサー)役のマックス・ミンゲラ、さらに『サタデー・ナイト・ライブ』キャストのクロエ・ファインマンもいたりして、おかげで189分の長丁場でも各シークエンスがしっかり印象に残る。

映画業界の欺瞞を突きつつ、あるモンタージュ映像をクライマックスに盛り込むことで「それでも報いはあるのだ」という抗えない愛を露呈した、チャゼル監督の映画へのツンとデレを内包した本作。自身の映画体験を綴ったインド映画『エンドロールのつづき』のパン・ナリン監督は、スティーヴン・スピルバーグ監督の自伝的映画『フェイブルマンズ』を観て共通点の多さに驚いたそうだが、本作もそれらに並ぶ“チャゼルの映画LOVE映画”と言えるかもしれない。

『バビロン』は2023年2月10日(金)より全国ロードショー

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