駒音高く

 東京・千駄ケ谷の将棋会館で清掃係として働く女性の小旅行、棋士養成機関「奨励会」の受験を決意した娘を見守る母の胸中…佐川光晴さんの「駒音高く」は「将棋」をキーワードに展開される連作短編小説集だ▲電車の中で出会った棋士の卵と教師の卵の始まったばかりの恋が描かれる一編には、将棋を指したことがあるか-と問われて申し訳なさそうに首を振る女性のこんなセリフがある。「将棋のプロというのは、つまり羽生善治さんや、最近話題の藤井聡太君のような?」▲そんな“知らないあなたも知っている”2人が対決する王将戦の第4局は挑戦者の羽生善治九段が藤井聡太五冠に快勝▲7番勝負の星は2勝2敗の五分に戻った。デビュー以来の勝率が8割を超える藤井さんは、タイトル戦でも安定した強さを見せつけてきた。27年前のちょうど今ごろ、同じ王将戦の「七冠フィーバー」を知る世代は羽生さんの健闘がうれしい▲とても楽しそうに、終局後の感想戦に興じる2人の様子が話題を呼んでいる。「ひょえー、そうなんですか」「常識的には自信ありません、あはは」▲小説にこんな場面があった。少年同士の会話だ。「つぎは負けないよ。絶対に勝ってやる」「うん、また指そう。そして、一緒に強くなろうよ」-少し似ている気がする。(智)

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