新しい氷「中密度非晶質氷」を合成? 氷天体には豊富に存在する可能性も

水 (H2O) 」は最も身近な物質の1つですが、他の物質とは異なる性質が多数あることで知られています。例えば、多くの物質は温度が低いほど密度は高くなるため、液体よりも固体の方が高密度です。しかし、水は0℃ではなく4℃が最も高密度な温度であり、氷は水よりも低密度で体積が大きくなります。また、圧力をかければかけるほど圧縮しやすくなる性質も、多くの物質とは異なります。このように、水には直観に反するとも言える性質が多く、そのために現在でも水の性質に関する研究が盛んに進められています。

水の固体である「」には結晶構造がいくつあるのか、という疑問も、水に関する研究の主要なテーマの1つです。謎として残っているものの1つは「非晶質氷 (アモルファス氷、無定形氷)」の性質でした。多くの固体は原子や分子が規則正しく並んだ結晶構造を有していますが、ガラスやポリマーなど一部の物質は結晶構造を持ちません。このような性質を非晶質 (アモルファス、無定形) と呼びます (※) 。もともと非晶質になりやすい物質もありますが、普段は結晶構造を持つ氷のような物質でも、特定の温度や圧力を (時には長時間に渡って、あるいは逆に瞬間的に) かけることで非晶質の形態を作り出すことが可能です。

※…amorphous (アモルファス) や、関連する単語の正確な定義は文脈に依ります。ガラスは非晶質な物質の代表例であるため、非晶質な物質を指して「ガラス」、結晶性の物質を非晶質にすることを「ガラス化」と呼ぶこともあります。ただし、この表現は非晶質な物質の中でも、特にガラス化転移温度を持つ物質に限定して使用される場合があります。また、非晶質とされる一部の物質も、実際には極めて短い周期の結晶構造を持つ場合があり、その場合は「潜晶質」と呼ばれます。

非晶質氷は、これまで3種類が合成されています。初めて発見されたのは、低温の金属表面に水蒸気を蒸着させた「低密度非晶質氷」 (0.94g/cm^3) で、1935年に合成されました。次に発見されたのは、低温と高圧で合成される「高密度非晶質氷 (1.19g/cm^3)」で、1984年に合成されています。最後に報告されたのは、やはり低温と高圧で合成される「超高密度非晶質氷 (1.25g/cm^3)」で、こちらは1996年に合成されました。その後に行われた別の研究で、高密度非晶質氷と超高密度非晶質氷は異なる形態であることが示されています。

これまでは、3種類の非晶質氷の中間的な密度を示す非晶質氷はまだ見つかっていませんでした。もしもそのような中間的な非晶質氷が存在する場合、その密度は液体の水にほぼ近いことから、いわば液体の状態における水分子の瞬間的な配置が保存されたスナップショットのような状態で存在することが示唆されます。ただし、実験では低密度非晶質氷を圧縮すると高密度非晶質氷になることがわかっており、さらに計算モデルでも予測されていないこともあって、中間的な密度を示す非晶質氷は見つかっておらず、存在しない可能性もありました。

【▲ 図1: 写真中央、金属の容器の中にある白い固体が中密度非晶質氷である。液体窒素中で冷やされたボールミル容器の中で合成された。 (Image Credit: University College London) 】

【▲ 図2: 今回合成された中密度非晶質氷の、これまでに合成されている非晶質氷および普通の氷や水との比較。 (Image Credit: 彩恵りり) 】

ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンのAlexander Rosu-Finsen氏などの研究チームは、これまで知られていなかった新しい非晶質氷の合成を報告しました。その密度は1.06g/cm^3と、既知の非晶質氷のちょうど間に位置することから、研究チームはこれを「中密度非晶質氷 (Medium-density amorphous ice)」と名付けています。

中密度非晶質氷の合成には「ボールミル」が使用されました。ボールミルとは、物質を粉砕するための道具の一種です。頑丈な容器の中にボールと一緒に粉砕したい物質を入れ、容器を揺するという単純な仕組みですが、氷のような柔らかい固体を細かく粉砕するのには最も適しています。また、非晶質な物質を作るための手段としてもよく使われています。

【▲ 図3: 中密度非晶質氷は、普通の氷をボールミルに入れ、低温下で砕くことによって合成された。この写真は合成前の準備段階のものであり、この画像中の氷は普通の氷であることに注意。 (Image Credit: Christoph Salzmann) 】

【▲ 図4: 中密度非晶質氷の水分子の配列 (右) は、通常の氷 (左) と比べて大きく異なり、液体の水とほぼ同じである。 (Image Credit: Michael Davies) 】

Finsen氏らは実験にて、私たちが見かける普通の氷をボールミルに入れて、-200℃の低温下で粉砕しました。次に、粉砕した氷を液体窒素の中に浮かべて密度ごとに分離し、X線回折法やラマン分光法といった結晶構造を解析する手法で分析しました。その結果、これまで知られていない密度での非晶質な氷の生成を確認したと報告しています。

宇宙空間は低温で物質の密度が低く、低密度非晶質氷の生成条件が揃っていることから、低密度非晶質氷は星間物質や惑星の大気などに存在しており、水の形態としては宇宙で最も多くを占めると推定されています。その一方で、中密度非晶質氷は木星や土星の衛星といった、氷が豊富で潮汐力を受ける天体に存在する可能性があります。潮汐力によって低温下で細かく砕かれる氷は、巨大なボールミルのような環境に置かれているようなものだからです。また、中密度非晶質氷を-120℃まで加熱すると、結晶構造が普通の氷と同じになって、大量の熱を放出する性質があります。これは既知の非晶質氷にはなかった性質です。このような熱反応は、氷天体での地殻変動や地震の原動力になる可能性もあります。

また、今回の中密度非晶質氷の合成は、水分子同士の結合に関するこれまでの計算モデルに疑問を投げかけています。Finsen氏らはボールミルによる氷の粉砕に関する計算モデルを新たに構築し、中密度非晶質氷が生成される理由を予測しました。通常の氷では、水分子が六角形を形成するように配列しますが、ボールミルはこれらの結合を切り、分子の配置や分子同士の結合をランダムにすることで、非晶質な氷を生み出すと予測されています。しかし、従来の計算モデルでは、このような中密度非晶質氷の存在は予測されていませんでした。

これまでの計算モデルでは、水は1種類だけでなく、通常よりも高密度に水分子が集合した “第2の水” の存在を示唆しています。ただ、これは極めて不安定な過冷却状態で現れる形態であり、実験的な観測例はわずかに留まっているため、その存在には議論の余地があります。今回発見された中密度非晶質氷は、これまでの計算モデルでは存在が予測されていなかったこともあり、従来の計算モデルそのものに何か重大な誤りがあるのではないか、という疑問を投げかけます。そうなれば、計算モデルに基づいて予測されていた “第2の水” も、実は存在しないのかもしれません。

とはいえ、同じ疑問は中密度非晶質氷にも当てはまります。つまり、中密度非晶質氷は実在しない可能性もあるわけです。非晶質であることを証明するのは、一般的にとても困難な作業です。研究チーム自身も、中密度非晶質氷は真に非晶質の氷ではなく、極めて細かく粉砕された通常の氷である可能性もあることを認めています。その場合、中密度非晶質氷は真の意味での非晶質ではなく、非常に細かな (結晶質の) 氷の粒の塊ということになります。中密度非晶質氷が真に非晶質であるかどうかは、これからの研究で証明または反証される必要があります。

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文/彩恵りり

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