「エンジェル・アイズ ライブ・イン・東京」(1977年、トリオ・レコーズ) 透明感ある歌声 全編に 平戸祐介のJAZZ COMBO・23

「エンジェル・アイズ ライブ・イン・東京」のジャケット写真

 寒さ厳しい中にも、ふとした風景、植物に春の息吹を感じる季節となりました。今回紹介するアルバムはかめばかむほど味わいが出る作品かもしれません。
 シンガーのアイリーン・クラールの1977年来日公演を収録した「エンジェル・アイズ ライブ・イン・東京」です。著名ではないものの都会的なセンスと独特な叙情性を兼ね備え、玄人をもうならせる実力派シンガー。同業者に一目置かれる真のアーティストと言える存在でした。
 控えめな性格で、ファンが定着しませんでした。乳がんを患い体調面でも不安な中、日本公演の実現はなかなか難しかったようです。しかし日本人プロモーター、石塚孝夫氏が尽力し、来日公演を収録する運びになったそうです。
 このアルバムのハイライトはクラールの音楽面はもとより、精神面でも寄り添っていた伴奏の名手、アラン・ブロートベントの繊細なピアノ演奏です。ブロートベントとクラールは70年初頭からの付き合いで、このアルバムでは2人のあうんの呼吸、円熟の極致を克明に捉えていると思います。そんな決定的瞬間、しかも日本でのライブ盤だからこそ皆さんにぜひ吟味していただきたいのです。
 クラールは、バラードを歌わせたら右に出る者はいないとまで言われたオランダの女性シンガー、アン・バートンに心酔。クラールの真骨頂もバラードにあったと思います。ジャズ独特のドスの利いた熱い節回しではなく、人間味あふれ、ポップスにも精通する透明感のある歌声が全編に響き渡ります。
 当時のジャズボーカル界では「新感覚」でした。彼女の唱法がその後のジャズボーカルの新たな一ページを形成したと言っても過言ではないでしょう。メンバーにベーシスト稲葉国光さん、ドラマー石松元さんが参加されているのも見逃せません。
 一つ一つの言葉の意味を見いだし、詩(うた)を大切にするクラールのサポートはさぞ美的感覚が求められたと思います。しっかり支えているあたり「さすが」の一言に尽きます。
 来日公演後、米国に戻りブロートベントと2人でアルバムを制作。残念ながらこれが遺作となってしまいました。46歳という若さ。亡くなる直前のライブは2人しかお客さんがいなかったそうです。しかしその2人がジャズボーカル御三家のカーメン・マクレエとサラ・ヴォーンだったという逸話は、改めてクラールが同業者からリスペクトされていたという紛れもない事実にほかなりません。本物の中の本物から愛されるシンガー。ぜひ皆さまもご賞味あれ。
(ジャズピアニスト、長崎市出身)

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