佐世保市の“産院不足” 住み慣れた環境で産めない…「お産難民」の現状

住み慣れた環境で出産できる態勢をいかに守っていくかが課題となっている(写真はイメージ)

 「お産難民」。全国的に聞かれるこの言葉は、分娩(ぶんべん)の取り扱いをやめる産院が増え、出産する場所を探すのに苦労する妊婦たちを指す。佐世保市でも今、こうした状況に陥っている。
 「ちゃんと子どもを産めるのだろうか」。市内に住む女性(32)は第2子を妊娠中、漠然とした不安を抱えていたという。それまで通った産院が閉院することになり、新たな受け入れ場所を探すも満床などを理由に立て続けに断られた。当時妊娠5カ月。「病院の方針や口コミの評価で自由に選ぶことはできなかった」。結局、自宅から一番遠い市内の産院で出産した。
 市医療政策課によると、2020年12月時点で9カ所あった市内の分娩施設はここ数年で立て続けに休止や閉院となった。23年2月現在は5カ所に減り、ほぼ市中心部に集中している。平戸、松浦両市と北松佐々町にエリアを広げても6カ所しかない。必然的に佐世保市に集中するほか、松浦市からは佐賀県伊万里市の産院に通う人もいる。「産む場所がないという極めて厳しい現実が突きつけられている」(辻英樹佐世保市保健福祉部長)状況だ。
 分娩を中止する主な理由の一つは医師の高齢化。妊婦が産気づくと昼夜を問わず対応し、プライベートの予定も立てにくい。分娩を中止したある医師は「常に臨戦態勢で気が休まらない。体力的に限界だった」と胸の内を明かす。こうした状況や訴訟リスクの高まりが、医者を目指す若者が産婦人科医を敬遠する要因にもなっているという。
 厚生労働省のデータによると人口10万人当たりの産婦人科医は同市を含めた医療圏が8.4で、全国平均の8.9を下回る。加えて中核市にもかかわらず市内に大学の医学部がないといった要因も重なって産科医不足は長年の課題となっている。「県北で増える見込みはない」とある医師の一人。もともと少ないにもかかわらず、継承者の不足も分娩中止に拍車をかけている。
 「妊娠出産できる環境がなければ若い人が定着せず、加速度的に人口が減っていく」と指摘するのは市総合医療センターの増﨑英明理事長兼院長。人口減少が進む地域で病院の存続は難しく、また病院がない地域に人は住み着かない-と悪循環を招く未来を憂う。
 市も危機感は持ちつつ、具体策を示せずにいる。医師確保に向けた新規開業などの施設整備費として、産科などには他の診療科よりも有利となる優遇措置を検討中。助産所の設置を含めたあらゆる可能性を排除せずに関係機関と協議していく方針だが「どれが効果的なのか…」と考えあぐねている。
 住み慣れた環境で子どもを産み育てたいというのは妊婦にとって当然の心理だ。その土台が揺らぎかねない現状にどう対処するのか。首長や議員に突きつけられた課題は重い。


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