Vol.77 羽田空港の大型サイネージ撤去を考察する[江口靖二のデジタルサイネージ時評]

ANAが羽田空港の国内線保安検査場にあるフライトインフォメーションを表示している大型デジタルサイネージを撤去すると発表した。これについてTwitterなどでは、筆者の予想を超える反響があったことに正直驚いている。そこで、何が撤去されるのか、またその影響について確認するために、完全撤去される前に現場を確認してきたので本件について考察してみる。

各社の報道では「大型電子看板」か「大型案内板」と報じていて、「大型デジタルサイネージ」と言っているものはなかった。これはWebニュースなどの文字媒体では文字数の関係もあるだろうが、まだまだ「デジタルサイネージ」という単語は一般的ではないことがよく分かる。まあ単語として一般的になる必要はないのかもしれない。

筆者が現地に行った2023年1月30日の時点では、4つある保安検査場(A~D)のうちすでにDが使用を停止していた。減便の影響だろうか、保安検査場Dは現在使用されていないので影響はない。この時点では撤去ではなく、消灯してカバーを掛けられた状態。2月9日までに4箇所すべてが撤去されるとのことだ。

撤去の準備が進むANAのD保安検査場の1月30日の様子

ではこのサイネージにはどういう情報が表示されているのか、残存していたもので確認してみよう。中央のゲートマップはサイネージではなく固定の内照看板だ。現在位置から各ゲートまでの位置関係がわかる。その両サイドにLEDディスプレイがあり、フライトインフォメーションが表示される。左のディスプレイから出発定刻順に並んでいて右側に続いている。真ん中にフロアマップが配置されているのと、左右の見た目には大きな違いはない。画面も大きいので、慣れていない場合、視認位置によっては自分のフライトを見つけられないように思う。

JALはこの3面の配置が異なっており、右側の2面にフライトインフォメーションが表示されるのでANAよりは探しやすい。こんなところも実は重要なことではないかと思う。

ANAのサイネージは右側のディスプレイで定期的に自社関連情報が挿入される。ということは右側のフライトインフォメーションを見ている人は、途中で「余計な情報」が割り込んでくることになるので、これは不快に感じるのではないだろうか。関連情報が挿入されるのはJALも同様である。

この関連情報の中身は、ANAではスマホでチェックインなどができることを伝えていて、JALはスマホ充電器の預け入れができないことを伝えている。しかしながらこの情報は、この場所においてはフライトインフォメーションに比べると、少なくとも乗客にとっての重要度合いは極めて低いと言わざるを得ないのではないだろうか。

撤去前のANAのデジタルサイネージの表示内容

JALのデジタルサイネージはANAとは画面の位置が異なるがこちらの方が親切

スカイマークはそもそもデジタルサイネージが設置されていない

さて本件のディスプレイにたどり着くまでの利用者の動線を考えてみよう。羽田の場合は電車やモノレールはB1Fに、バスは2Fに、駐車場からはエレベーターで2Fの出発階フロアに向かうことになる。今はカウンターでチェックインする人は少ないが、ここまでの動線で、フライトインフォメーションを得る場所はゼロではないがほとんどなく、あっても40インチほどの端末が何箇所かにあるだけだ。預け入れ荷物があると有人カウンターを利用するが、最近は無人の預け入れ機を使うことも多いので人的なコミュニケーションが存在せず、フライトの変更や遅延の情報は自然体では案外得られない。

預け入れ荷物の有無に関わらず、現在の保安検査場は全員が通過する必要がある「関所」である。これは航空会社の上級会員であっても、場所は異なるが保安検査場を必ず通過する必要がある。ということはここでフライトインフォメーションを伝えることは、コンタクトポイントとしては最適である。本来であれば、検査場に行く前に遅延情報が分かると時間を潰すこともできるが、前述のように空港までのアクセス動線が複数あるので(といっても圧倒的に地下からの数が多い)、適切なコンタクトポイントが意外と存在しない。

今回ANAが検査場でのコンタクトポイントを廃止する背景には、すべてをスマホで完結させたいという思いがあるようだ。ANAは2022年5月から、航空券・ホテルの予約やチェックインなどがスマホで完結できる「ANA Smart Travel」を推進している。サイネージと同じ情報は「ANAアプリ」でも確認でき、急な搭乗口の変更や出発の遅延にも対応する。

だが、Twitterや各社の報道やニュースの利用者のインタビューでもわかるように、スマホはわざわざ見ないといけない。ここが決定的な相違点だ。デジタルサイネージであれば、スマホを手にとってアプリを開いて確認するという手間が必要ない。たかがひと手間、されどこのひと手間は面倒だ。

デジタルサイネージの利用目的には広告、販促、インフォメーション、エンターテインメント等があるが、この中でもインフォメーションはその時その場所にいる人が必要としている情報を提供することが目的だ。空港であれば他の交通機関と比較して運行状況がどうしても不安定なので、そのニーズは非常に高い。こうしたセレンディピティな利用はスマホでは代替しにくいのではないか。例えばゲリラ豪雨情報はスマホでいくらでも手に入るが、これから雨が降るかどうかを常にスマホで確認などしないものである。

デルタ航空ではスマホアプリとSNSの通知機能などを最も効果的に活用して、乗客に対して遅延情報などを提供しているが、たとえ通知機能でバイブレーションが鳴ったとしても、スマホをわざわざ見なければいけない。さらにデルタは本稿でも

以前

紹介したようなパラレル・リアリティーディスプレイで、デジタルサイネージを使って、スマホなしでパーソナルな情報提供を始めている。ANAもJALも、DX推進においてはこういうものをぜひ導入してもらいたいものだ。

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