痴漢行為で逮捕「解雇」処分の男性職員が“会社”を提訴 裁判所が下した“意外”な判断のワケ

痴漢で逮捕されたら100%解雇なのか?

電車内での痴漢とおぼしき動画が拡散されて騒然としていますね。私は画像しか見つけられなかったのですが、隣でスヤスヤ寝ている女性の胸に触れているようです。

拡散によってその男性のプライバシー情報まで特定される事態となっています。痴漢していたとすれば勤務先は男性に対して何らかの懲戒処分を発動させる可能性が高いですね。

というわけで今回は、痴漢を理由に解雇された社員の事件です。逮捕・起訴されたあと諭旨解雇されました。しかし裁判所は「解雇はダメ、無効」と判断。え? 何で? 理由などを解説します(弁護士・林 孝匡)。

どんな事件か

痴漢をした方は、なんと地下鉄の駅係員です(当時20代後半・以下「Xさん」)。Xさんが通勤するときに電車の中で痴漢をしました。痴漢行為の態様は以下のとおり。起訴状の公訴事実を要約します。

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○月○日午前7時24分頃から32分頃までの間、C駅からD駅に至るまでの間を進行中の東京メトロB線電車内及び同駅に停車中の同電車内において、当時14歳の女性に対し、その右臀部付近及び左大腿部付大腿(だいたい)部衣の上から左手で触るなどし,もって公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から人の身体に触 れ、人を著しく羞恥させ、かつ、人に不安を覚えさせ るような行為をした
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▼ 逮捕〜起訴
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Xさんは逮捕されます。Xさんは弁護人を通じて被害女性と家族に謝罪の念を伝え示談を試みたのですが、女性の母親は許してくれず。示談は成立しませんでした。

Xさんは東京都迷惑防止条例違反の被疑事実で起訴され、罰金20万円の略式命令を受けました。

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▼ 諭旨解雇
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その後、Xさんは会社の懲戒委員会にかけられました。会社は激怒だったでしょうね。「鉄道会社の職員が痴漢て!世間にどう顔向けすんねん!ええ加減にせえよ!」だったと思います。

会社では社員が痴漢した場合には以下の処分をする運用となっていました。

起訴された場合:諭旨解雇
不起訴処分の場合:停職などにとどめる

今回Xさんは起訴されたので運用に従って解雇されました。以下の就業規則に基づく解雇です。

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就業規則
職務の内外を問わず会社の名誉を損ない又は社員としての体面を汚す行為があったとき
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Q.
諭旨解雇って何ですか?

A.
懲戒解雇をワンランクマイルドにした解雇です。温情で退職金が出るケースが多いです。

というわけで、Xさんにも退職金約32万円が支払われました。しかし、Xさんは解雇に納得できず訴訟を提起(この事件がマスコミにより報道されることはありませんでした)。

裁判所の判断

裁判所は「解雇はダメ! 無効」と判断しました。以下、理由を解説します。

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▼ 懲戒事由にはあたる
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裁判所はまず「たしかに懲戒事由にはあたる」と認定。要約すると「鉄道会社全体が痴漢防止に取り組んでる中、鉄道会社の社員が痴漢するって、事業活動に直接関連を有し、会社の社会的評価を毀損する」と認定。

■ Xさんの反論
Xさんは「マスコミなどによって報道されてないから世間に知られていない。なので会社の社会的評価を低下させてはいないです」と反論しました。

■ 裁判所の見解
しかし裁判所は「いや、違うんだ。鉄道会社の職員が痴漢したこと、それ自体が鉄道会社の社会的評価を毀損(きそん)するんだ。マスコミによって報道されるかどうかは関係ないんだ」とバッサリ。

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▼しかし解雇は無効
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懲戒事由にあたるのに解雇は無効? どういうこと? ですよね。「権利の濫用」の場合は無効になるんです。

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労動契約法15条
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする
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大前提として裁判所は「被害者に大きな精神的苦痛を与えている」と痴漢を厳しく非難してます。しかし以下の理由を述べて「解雇はやりすぎだ」と判断しました。

  • どんな痴漢行為だったか
    臀部付近および大臀部(でんぶ)付近を着衣大腿(だいたい)部ら手で触る
    同種事案との比較において悪質性が高いとはいえない
  • 公判請求はされていない
    軽微な「罰金20万円」の略式命令で終了している
  • 前科前歴がない
  • 会社で懲戒処分を受けたことがない
  • 勤務態度に問題はなかった

以上の理由から「企業秩序維持の観点からみて、諭旨解雇より緩やかな処分を選択することも十分に可能」とし、結果として「諭旨解雇は相当性を欠くので労働契約法15条に違反しており無効」と判断しました。

他の痴漢事件の裁判例

ケースバイケースです

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▼懲戒免職はダメ
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横浜市・市教委(教育公務員・刑事事件・ 懲戒免職処分)事件【東京高裁 H25.4.11】

〈理由〉

  • 前科前歴なし
  • その方の勤務実績などを考慮

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▼懲戒解雇はOK
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小田急電鉄(退職金請求)事件【東京高裁 H15.12.11】

〈理由〉

  • 電鉄会社の社員による電車内での痴漢
  • 過去に2回、痴漢で逮捕された

最後に

懲戒解雇って働く方にとって“極刑”なんです。まず「退職金が出ない」ですし、「転職活動」にも支障ありまくりです。なので、裁判所の判断としては、「痴漢したから当然に懲戒解雇」とはなりません。

考慮要素としては、今回の裁判で示されたように、「どんな痴漢行為だったか(衣服の上からなのかなど)」、「常習性があったのか」、「前科前歴があるか」、「公判請求されたのか」、「会社で懲戒処分を受けたことがあるのか」、「普段の勤務態度はどうだったのか」などが、ミックスされて判断されます。

今回は以上です。これからも働く人に向けて知恵をお届けします。またお会いしましょう!

【筆者プロフィール】
林 孝匡(はやし たかまさ)
【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。コンテンツ作成が専門の弁護士です。
HP:https://hayashi-jurist.jp Twitter:https://twitter.com/hayashitakamas1

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