心臓の健康増進には食事が有効 薬ではなく「食」による治療に取り組む米心臓医に聞く

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心疾患は日本では死因第2位、米国では第1位と現代社会がかかえる重要な社会課題だ。昨年、心疾患の要因の一つである悪玉コレステロール(LDLコレステロール)の数値を下げるには食事療法が有効であるとする研究結果が米国栄養学会のジャーナルで発表された。研究を率いた米国の心臓専門医で、心疾患の予防や治療に使える食品を販売するステップ・ワン・フーズを経営するエリザベス・クロダス氏に話を聞いた。

栄養学を学ぶ機会の少ない医師たち

クロダス氏は、米中西部のミネソタ州ミネアポリスで予防医療クリニックを運営している。全米屈指の医療機関メイヨークリニックの医学部、ジョンズ・ホプキンズ大学などで学んできた同氏は、大学入学から14年間にわたる医療訓練の中で栄養学について学んだことは1時間たりともなかったと振り返る。「医学を専攻しても、食について教えてもらうことはありません」と語る。(現在は、最低でも25時間は栄養学を授業で学ぶことが米国科学アカデミーにより推奨されている)

CDC(アメリカ疾病予防管理センター)によると、米国の死因第1位は心疾患で、2020年だけで約69万7000人が亡くなっている。第2位はがんで同年の死亡者数は約60万2000人に上る。日本はその反対で、第1位はがん、第2位が心疾患だ。

心疾患の主な要因の一つは高コレステロール。遺伝的要因もあるが、偏った食生活、運動不足、糖尿病などの基礎疾患などによって生じる。

クロダス氏は自らが筆頭筆者を務め、メイヨークリニックやカナダ・マニトバ大学の医師と数年間にわたり共同研究を行い、その成果を2022年に発表した。数年にわたる研究から分かったのは、食事だけでコレステロール値の高さを示す悪玉コレステロールを減らすことができるということだ。

薬としての「食」

研究では、悪玉コレステロール値が高い患者がステップ・ワン・フーズの食品を食べて生活した4週間と、そうでない4週間を比べた。目的は、こうした療養食を取り入れた場合とスタチン(悪玉コレステロールを下げるために一般的に処方される医薬品)を使用した場合の効果を比較するためだ。

ステップ・ワン・フーズの製品。30日間分で139ドル(約1万8000円)

ステップ・ワン・フーズの製品は、患者の1日の食事の一部をシソ科のチア、亜麻、オーツ麦といった自然にコレステロールを下げる食品に替えるというものだ。同社で製造・販売するのは、低糖、低塩で高繊維のスナックバーやパンケーキミックス、グラノーラといった米国人が普段の食事に取り入れやすい食品で、量も適量だ。研究では、食事療法で注目すべき結果が出た。

「8割の人に反応があり、悪玉コレステロール値が下がりました」とクロダス氏は説明する。実際に、悪玉コレステロール値は平均で9%下がり、食事を少し変えただけにも関わらず大幅な低下がみられた。この結果には、悪玉コレステロールが20〜40%低下した薬物療法レベルのコレステロール値の低下をみせた患者は含まれていない。患者は普段通りの食事をしながらも、1日のうち2回の食事をステップ・ワン・フーズの製品に置き換えた。

クロダス氏はフォーブス誌の取材に対し「投薬と同じ効果を食事で達成した」と語っている。同氏によると、悪玉コレステロールがわずかに下がるだけでも、米国人の死因第1位である心疾患にかかるリスクを下げることにつながるという。

食を薬と捉える考え方は新しいものではない。古代ギリシャの医師であるヒポクラテスは「汝の食事を薬とし、汝の薬は食事とせよ」と言い、中国には薬食同源、それが変化して日本には医食同源という言葉がある。しかし、心疾患など多くの薬を使う分野では、薬を治療の第1の選択肢と考えるよう教えられてきた。そこには、製薬業界のあからさまな後押しもあった。

このことは過剰投薬という深刻な問題を生み、さらに2つの大きな問題を引き起こしている。一つは、薬を必要とする人の薬の効果の低下。もう一つは、保険や治療費が増額し、その負担が米国の複雑な保険制度にのしかかることだ。

治療の第一の選択肢に食を

スタチンはその効果からコレステロール値を下げるために長らく使用されてきたが、決して安いものではない。スタチンのジェネリック医薬品は、保険が適用されたとしても、一般的に処方が長期にわたって続くため、数百ドル(数万円)に上る。

クロダス氏は、この研究によって同社の製品がいずれは保険適用の対象となることを願っている。同社では、患者が税引前保険料で食事療法というより自然な形での治療を選べるよう模索していく考えだ。しかし、驚くことでもないが、米国では製品に保険を適用することが非常に難しい。同時に、クロダス氏は同社の製品が薬の使用を躊躇する患者の治療の助けにもなるとみている。

「医師というのは薬を処方するためだけではなく、患者を治療するためにいます。私たちが自信を持って薬を処方したり、治療法を勧めるためにもデータが必要です。今回の研究はステップ・ワン・フーズの製品の効果を証明するために行ったものではありません。臨床医の判断の助けとなる確固たる証拠をつくるために行ったものです」

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