フェロー諸島の持続可能な観光戦略 100人のボランティアツーリストを受け入れ、観光地を修繕

Image credit: Visit Faroe Islands

地球上で最も美しく、手つかずの自然が残るフェロー諸島。ノルウェーとアイスランドの間に位置し18の島々からなる群島では、緑豊かな環境を守ろうと毎年4〜5月に11カ所の人気観光地を閉鎖し、メンテナンスを手伝うボランティア旅行者の受け入れを行っている。100人のボランティアは小道の修繕、道案内の立て札の交換、標識やベンチ、階段の設置などを行う代わりに、食事や宿泊場所、交通手段を無償で提供してもらう。持続可能な観光戦略の一環として、2019年から続くフェロー諸島のボランツーリズム(voluntourism:ボランティアツーリズムの略)の取り組みを紹介する。

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デンマークの自治領であるフェロー諸島には約5万人が暮らし、年間約11万人の旅行客が訪れる。4月の第4週の週末を迎えると、絵画のように美しい灯台があるネルソイ島など人気の観光地から観光客が姿を消す。この時期、メンテナンスのため閉鎖された11カ所の観光地に行けるのは応募者の中から選ばれた100人のボランツーリスト(voluntourist)だけだ。

フェロー諸島の観光局「Visit Faroe Islands(ビジット・フェロー諸島)」のマーケティングマネージャー兼広報を務めるスザンナ・ソーレンセン氏は、「メンテナンスのために観光地を閉鎖し、ボランツーリストを招くというプロジェクトは、フェロー諸島の発展・環境保全の両方への取り組みを知ってもらうために2019年に始めたものです。プロジェクトは大成功を収めていると言えます」と語る。

フェロー諸島には人口を上回る約8万頭の羊が暮らす Photo by Kasper Lau on Unsplash
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プロジェクトは新型コロナウイルス感染症の拡大が始まった2020年には実施されず、2021年もフェロー諸島の住民に限定して行われた。2022年に復活した際には、4300人以上から応募が集まり、100人以上のボランティアと60人以上の地元住民が共にメンテナンス作業を行った。

フェロー諸島がプロモーションと持続可能な開発の両方に力を入れるのは、2019年春に掲げた2050年に向けた持続可能な観光戦略「Preservolution(プリザボリューション)」の一環だ。Preservolutionとは、preserve(保護)、evolve(進化・発展)、solution(解決策)を合わせた造語で、単なる戦略ではなく、自然環境の保護を根幹に据えた発展・解決策であり、全く新しい観光の在り方だ。

コロナ前の2019年、フェロー諸島は多くの観光地と同じく、人・環境・経済を考慮しながら、旅行者数の増加や持続可能な発展に取り組むという転換期に差し掛かっていた。世界的なパンデミックは、フェロー諸島の人々に「Preservolution」のビジョンを推進する方法を考える時間をもたらした。

「パンデミックがこの国や住民にとって必要な“持続可能な発展”に確実に取り組んでいく決心を固めるきっかけになったと言えます。私たちは、パンデミック後の観光の再開に関して数字だけで評価しないようにするためにはどうするかということを何度も話し合いました。同時に、観光産業がビジネスを回復させるために重要だということも確認し合いました」(ソーレンセン氏)

フェロー諸島への観光に航空機は欠かせない。気候危機への関心の高まりや飛び恥という言葉が浸透する中、フェロー諸島運営のアトランティック航空は燃料の使用量がこれまでよりも少なく効率的な新たな航空機を導入していると、ソーレンセン氏は話す。さらに、空港や滑走路を改修したことで待ち時間や不必要なフライトも減っているという。

住民を巻き込み、持続可能な観光地を目指す

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他の北欧諸国がそうであるように、フェロー諸島も大自然の中での体験を求める旅行者の受け入れ体制が整っている。観光局では、Preservolution戦略の一環として、地元の人たちの関心や見識を考慮してさまざまな方針を決めるようにしている。

ソーレンセン氏によると住民の意識も変わってきている。「自然や自然保護への関心が高まり、より多くの人がハイキングなど自然をレクリエーションに活用するようになる中、住人たちも自然環境の保護をより一層求めるようになっています。私たちは、ツーリズムを通して、自然の大切さ、自然や自然資源の持続可能な利用への関心を高めることができると考えています」と語る。観光局は旅行によって、フェロー諸島の持続可能な発展をより広範囲で進めていく考えだ。

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フェロー諸島の住民たちは、プロジェクトに参加し、自然の保護について声を上げるだけでなく、観光インフラ、ロジスティックス、さまざまな計画にもこれまで以上に関わり、考えるようになっている。例えば、小さく眺めの美しいチャアヌヴィク村では、交通量がますます問題となり危険な状態となっていた。昨年の夏には、地域住民や観光局、自治体からの多くの意見を受けて、村へと続く狭い道路への信号機の設置や地域内を走るシャトルバスを構えるなどいくつかの改善が行われた。

ソーレンセン氏は「2030年に向けた観光戦略を策定しているところです。フェロー諸島をリジェネラティブな(環境・地域再生型の)観光地としてどう発展させていくかについて、住民からも意見を聞こうと決めています。こうしたボトムアップ戦略は、北大西洋に浮かぶ18の島々に観光の恩恵をもたらし、特に女性に農業以外の職の選択肢をもたらす可能性を秘めています」と語る。

「ほんの数年前まで、誰もが、進学のためにフェロー諸島を出た若者たちがいかに島に戻ってこないかについて話していました。それが今では、若い人たちが戻ってくるようになり、フェロー諸島には過去最高の5万人以上が住んでいます。私たちは、自分たちが持っているものや、自分たちの存在をますます誇りに思えるようになっています」

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