この表現力でまだ18歳!堀ちえみが少女から大人になってゆくアルバム「夢の続き」  堀ちえみデビュー40周年!待望のCD / DVD-BOXがリリース

アイドルポップスから音楽的にこだわった路線へとシフトしていく堀ちえみ

1985年12月28日、堀ちえみの8thオリジナルアルバム『夢の続き』が発売された。この年の堀ちえみは、シングルではグループサウンズ風歌謡曲の「リ・ボ・ン」、本格的なロックンロールに長編のセリフを加えた「Deadend Street GIRL」、デジタルポップスと音頭を掛け合わせた「Wa・ショイ!」、そしてスローテンポかつマイナー調の「青春の忘れ物」と、デビュー4年目にしてキラキラなアイドルポップス路線から音楽的にこだわった路線へとシフトしていく。

それと共に、この年は中山美穂や本田美奈子、芳本美代子などの新人ソロ歌手やおニャン子クラブが徐々に注目を集めていったことと入れ替わるように、堀ちえみの方は、「リ・ボ・ン」がオリコン最高2位、累計売上約15.3万枚、有線放送でも初のTOP10入りとヒットしたものの、そこから「青春の忘れ物」(オリコン最高12位、累計売上5.0万枚)にかけて、セールスはやや肩下がりとなっていった。

しかも、この1985年の後半、堀はドラマ『スタア誕生』や映画『潮騒』の撮影が重なったことで超多忙な日々が続き、喉にポリープが出来てしまい、音楽番組等でも本調子ではなく悩みながらも歌っている様子がしばしば見られた。

不思議な浮遊感に包まれている「夢の続き」

そんなセールス的にも体調的にも逆境となっていた頃に制作されたアルバムが『夢の続き』だが、本作は不思議な浮遊感に包まれている。それは、本作で5曲もの作詞を手がけた売野雅勇が描く情景が映画的もしくは幻想的で等身大のものとはやや異なること、3曲の作曲を手がけたムーンライダーズの岡田徹が歌謡ポップスの範ちゅうにとらわれないメロディーを作り出していること、そして全曲の編曲を担当した後藤次利が、“夢” をコンセプトに全曲にわたって様々なアレンジを施している効果も大きいだろう。

さらに、注目したいのが、体調が思わしくなかった堀が、短く区切りながら懸命に歌っているものが多く、これがジャケット写真さながら“妖精”が歌っているようにも聞こえる。これは、当時のディレクター・渡辺有三氏が、1行単位ではなく、1文字単位(!)で、複数のレコーディング音源からベストテイクをチョイスするという敏腕を発揮したことで、よりピチカートした歌唱になったのかもしれない。とにかく、従来にないヘビーな恋愛模様も、幻想的な情景も、“妖精”のフィルターを通して、聴きやすいポップス作品に仕上がっている。まさに、怪我の功名と言えるかもしれない。

当時の最新シングル「青春の忘れ物」が収録

以下、アルバムの流れに沿って見ていこう。1曲目の「暗くなるまで待って」は、失恋する瞬間を切り取ったアッパーチューンで、映画の場面と主人公の失恋をシンクロさせるという売野雅勇の描写も、後藤次利による印象的なメロディーやイントロのフレーズも上手い。次からの3曲は岡田徹による作曲。フランスでの “さよならの物語” を描いた「オペラ座の雪」、自分の歩むべき道に迷う様子を “靴” で象徴した、切なくムーディーな「Shoes」、自分の友達と浮気してしまう彼を怒るつもりがKissをされ許してしまうという情景をモータウンサウンドが明るく中和する「浮気なリップス」と、いずれも可哀想な主人公が描かれているのに、そこまで悲壮感はない。これも、前述のボーカル効果だろう。そして、後藤次利が作詞・作曲・編曲を手がけた「すずしいフォトグラフ」が、そうした切ない日々を穏やかに包むように、LPのA面ラストを締めくくる。

そして、LPのB面に相当する6曲目からは、友達の彼にモーションをかけるという「T・H・R・E・A・T」と、同じ人を好きになった友達に“この恋だけはゆずれない”と対峙する「シンシア」が並ぶ。いずれも、アルバム前半での恋に受動的な女性とは対照的だ。8曲目は、ここまでの複雑な気持ちを振り切るような明るいナンバーの「Come on! Love Machine -哀しみのパレード-」、9曲目の「刹那の華」は、レゲエのリズムに乗って人生の儚さをつづったミディアム・チューンと、堀ちえみの中では異色な作品が並ぶ。

この辺りも、この時の歌声だからこそ、一抹の寂しさが効果的に作品をまとっている。ラストは、当時の最新シングル「青春の忘れ物」が収録されているが、むしろここは、同じ布陣(作詞:売野雅勇 / 作曲:鈴木キサブロー / 編曲:後藤次利)で作った次のシングル「夢千秒」を続けて聞いてもらいたい。ここまでの様々な心象風景を総括した映画のエンディングテーマさながらに、最後は結局、愛しい気持ちが大事というメッセージが胸に響くからだ。スリリングなアレンジも後藤次利ならではの真骨頂で、切ない気持ちが昂っていく様子がよく分かる。

ちなみに、堀ちえみの40周年BOXに収録された『夢の続き』にはボーナス・トラックとして「夢千秒」が追加されており、全曲解禁されたストリーミングサービスでもそういった聴き方が試しやすい。本人的には不本意な歌声だったかもしれないが、この時点でまだ18歳ながら、既にOL数年目のような切なさが作品全体に表現できているのは大いに評価されるべきだろう。そして、ここでの健闘ぶりが、後の彼女の人生における様々な苦難を乗り越えていくことにも繋がっていると考えると、ハスキーな歌声の本作も、とても愛おしく聴こえる。

■ アルバム『夢の続き』
発売日:1985年12月28日
オリコン最高位:(LP)29位 / (カセット)45位
TOP100登場週数:(LP)8週 / (カセット)6週
累計売上:(LP)1.9万枚 / (カセット) 0.8万枚

(収録曲)
1.「暗くなるまで待って」(作詞:売野雅勇 / 作曲・編曲:後藤次利) 2.「オペラ座の雪」(作詞:売野雅勇 / 作曲:岡田徹 / 編曲:後藤次利) 3.「Shoes」(作詞:佐藤ありす / 作曲:岡田徹 / 編曲:後藤次利 ) 4.「浮気なリップス」(作詞:三浦徳子 / 作曲:岡田徹 / 編曲:後藤次利) 5.「すずしいフォトグラフ」(作詞・作曲・編曲:後藤次利) 6.「T・H・R・E・A・T」(作詞:売野雅勇 / 作曲・編曲:後藤次利) 7.「シンシア」(作詞:三浦徳子 / 作曲: 松田良 / 編曲:後藤次利) 8.「Come on! Love Machine -哀しみのパレード-」(作詞:三浦徳子 / 作曲:鈴木キサブロー / 編曲:後藤次利) 9.「刹那の華」(作詞:売野雅勇 / 作曲:堀川まゆみ / 編曲:後藤次利) 10.「青春の忘れ物」(作詞:売野雅勇 / 作曲:鈴木キサブロー / 編曲:後藤次利)

ーー 堀ちえみ全オリジナルアルバム、ストリーミング配信がスタート!
アルバムアーティストとして、高いクオリティのアルバムを発表し続けた堀ちえみ80年代の軌跡をこの機会に存分に楽しんでみては。

カタリベ: 臼井孝

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