【中原中也 詩の栞】 No.47 「朝の歌」(詩集『山羊の歌』より)

天井に 朱(あか)きいろいで
  戸の隙を 洩れ入る光、
鄙(ひな)びたる 軍楽の憶ひ
  手にてなす なにごともなし。

小鳥らの うたはきこえず
  空は今日 はなだ色らし、
倦(う)んじてし 人のこころを
  諫(いさ)めする なにものもなし。

樹脂(じゅし)の香に 朝は悩まし
  うしなひし さまざまのゆめ、
森竝(もりなみ)は 風に鳴るかな

ひろごりて たひらかの空、
  土手づたひ きえてゆくかな
うつくしき さまざまの夢。

【ひとことコラム】倦怠感と喪失感に満ちた朝の気分を古典的な整った形式で歌った一篇。無為であること、失われていく夢、そして当時の詩壇では時代遅れと見なされたスタイルに、独自の価値を見出しています。後に中也は、この詩によって詩人としての〈方針〉が立ったと回想しました。

中原中也記念館館長 中原 豊

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