トヨタ、EV一本足と距離を置く「全方位戦略」の狙い キーマンがダボス会議で世界のリーダーにアピール

 ダボス会議の討論会で話をするトヨタ自動車のギル・プラット氏=1月18日、スイス(世界経済フォーラム提供)

 世界の自動車メーカーが電気自動車(EV)の開発を強化している。各国政府が気候変動への対策として、エンジン搭載車に対する規制の包囲網を狭めているためだ。最大手のトヨタ自動車はハイブリッド車(HV)を含めたさまざまな電動車を選択肢として残す「全方位戦略」を掲げ、EVの「一本足打法」とは距離を置く。時代にあらがうかのような策の狙いは何か。世界中から政財界のリーダーが集う国際会議で、その鍵を握る人物が語った。この説明を聞いて、あなたはトヨタの戦略に賛同しますか。(共同通信=宮毛篤史)

 ▽「開発遅れの言い訳」環境団体の批判
 トヨタはHVの市販化で先行し、「エコカーと言えばトヨタ」というイメージを築いてきた。水素を使い、走行中に二酸化炭素(CO2)を排出しない「究極のエコカー」と称される燃料電池車(FCV)の開発で先を行く。

 トヨタ自動車の新型プリウスのハイブリッド車=2023年2月、千葉県袖ケ浦市

 一方、欧米で環境対応車と言えばEVを指す。ドイツのメルセデス・ベンツやスウェーデンのボルボ・カーはEV専業化の計画を掲げ、フランスのルノーはEV事業を分社化してこ入れする。ただ、EVの普及に欠かせない充電インフラの整備状況は国や地域で異なる。

 トヨタはこうした現状を踏まえ、地域ごとの事情に合わせて最適な車を提供するため、全方位戦略をとる。だが、環境保護団体からは「EV開発が遅れていることの言い訳」と冷ややかな目で見られ、危機感を募らせてきた。そのため、自動車メーカーができる本当に有効な気候変動対策は何かを伝える活動に本腰を入れた。

 ▽トップ研究者がデータを挙げ解説
 スイス東部ダボスで開かれる世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)は、集まった世界の要人の発言が注目される。

 今年1月、トヨタがその舞台に送り出したのは、チーフ・サイエンティストとして技術開発を指揮するギル・プラット氏。米マサチューセッツ工科大などで教壇に立ち、米国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)でロボット開発を指揮したトップ研究者だ。

 トヨタはこれまでも人脈づくりや最新の情報収集のためダボス会議に参加してきたが、公の討論会で話をする人物を送り込んだのは彼が初めてで、力の入れようがうかがえた。

 プラット氏は「車の再発明」をテーマとする討論会で、自動車業界が気候変動にどう向き合うべきかを、大学の授業のように科学者らしくデータを挙げながら解説した。

 キーワードに挙げたのは、温室効果ガスの代表であるCO2の「蓄積」だ。プラット氏はこう説明した。「なぜ蓄積という言葉を使うかと言うと、炭素がバスタブの水のようなものだからです。それは大気中に長期間、100年間かそれ以上ととどまることがあります。重要なのは1年間にどれだけ炭素を排出するかではありません。できるだけ早く最小限に抑えることなのです」と話しかけ、EVに限らず自動車の電動化を急ぐ必要性を訴えた。

 トヨタ自動車の新型EV「bZ4X」=2022年6月、愛知県長久手市

 ▽1台のEVか90台のHVか
 EVは電池にためた電力をモーターに供給することで走行する。現状では広く使われるのがリチウムイオン電池だ。エンジン車に代わってEVを普及させるには十分な量のリチウムが欠かせないが、需要に合わせて採掘量を増やすにも限界があり「大規模な供給不足が将来生じる可能性がある」とも警告した。

 プラット氏は「鉱山の開発からリチウムの採掘には10~15年かかりますが、電池工場の立ち上げには2~3年しかかかりません」と話し、採掘と生産の間のギャップを理由に挙げた。

 根拠として用いたのが1台当たりに使うリチウムの量だ。EVは電池のみで走るため、エンジンを併用するプラグインハイブリッド車(PHV)やHVに比べて多くのリチウムを必要とする。「100台の従来型の自動車があるとします。100キロワット時相当のリチウムイオン電池があるとすれば、EVに置き換えられるのは1台のみで、残りの99台はそのままです。プラグインPHVでは6台です。HVなら90台を置き換えられます」と説明した。

 ▽討論会の最後、約半数が賛意
 自動車業界では、リチウムに代わる車載電池の素材として、安定供給が期待されるナトリウムの開発が進んでいる。質疑ではこの点を突かれたが「ナトリウムは大きな可能性を秘めていますが、耐久性や充電の課題があります。科学者として、未来の予測はできないと信じています。(選択肢を残す)多様性は不確実性への解決策なのです」と回答した。

 「さて、ギルさんの話を聞いてトヨタが正しい戦略をとっていると思った人はどのくらいいますか」。司会者が討論会の最後にこう呼びかけると、約半数の人が賛意を示した。これまでの批判を考えると、トヨタとしては十分に手応えを感じられる結果だった。

 ダボス会議の会場=1月20日、スイス

 ▽「AIは剣」役割は扱う人次第
 プラット氏は討論会後、共同通信のインタビューに応じた。

 インタビューに応じるギル・プラット氏=1月18日、スイス

 ―なぜダボス会議で話をされたのですか。
 「トヨタは自身の頭で考えたいので、他の人たちとは同じ方向に向かわない場合があります。それ自体は良いことではあるのですが、なぜそう考えるかを説明する責任が伴います」

 「EVは素晴らしいアイデアであり、最終的な目標です。ただ、十分な原材料や充電インフラがありません。最終的に到達するとしても、まず何に取り組まなければならないでしょうか。答えは、世界各地の実情に合わせてEV、PHV、HVを提供していくことです」

 ―聴衆の反応をどう受け止めましたか。
 「ダボスに集まるのは世界のごく一部の人です。しかし、ここには他の人に影響を与えられるインフルエンサーがたくさんいます。話を始めるにはいい場所です。われわれのことを懐疑的に感じ、唯一の答えがEVだと思う人がたくさんいる中で、今の段階で50%の人が賛同してくれたのはかなり良い結果でした」

 ―トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)の最高経営責任者(CEO)も務めていますが、人工知能(AI)を利用したトヨタの自動運転はどのレベルにありますか。
 「かなり良いです。トヨタの製品は一般的に他社よりも優れていると自負しています。われわれは顧客が製品をどのように使用するかを気にかけているからです。顧客の視点から製品全体を見ています」

 ―良いAIと悪いAIはありますか。
 「AIは剣のようなものです。人を傷つけることも食べ物を切ることもできます。AI自体に良い悪いはありません。それがテクノロジーそのものの性質です。どのような役割を果たすかは、扱う人間次第です」

 ―テクノロジーは万能のつえになりますか。
 「今ある問題の全てを解決してくれる訳ではありません。あなたも(回答に多数の誤りが報告された対話型AI)チャットGPTのことを聞いたことがあるでしょう。最終的にはそこにたどり着くでしょうが、まだ長い道のりが残されています」

 トヨタは1月26日、創業家出身の豊田章男社長が代表権のある会長に就き、後任に執行役員の佐藤恒治氏を4月1日付で充てる人事を発表した。佐藤氏は2月13日、東京都内で記者会見し、2026年を目標時期として次世代EVを開発する意向を表明した。全方位戦略は変えず、独自のEVを追求するという。トヨタの戦略は吉と出るのか。その真価が問われている。
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 プラット氏は1961年8月2日生まれ。2016年1月にトヨタ・リサーチ・インスティテュートCEOに就任し、20年6月からトヨタ自動車チーフ・サイエンティスト兼研究担当エグゼクティブフェロー。

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