どうして日本には女性編集長が少ないの?!ずいぶん違うフィンランドのお国事情 ジェンダーバランスの不均衡が記事・番組に落とす「影」

フィンランド全国紙の元編集長、アヌ・ウバウドさん(左)と東京工業大学准教授の治部れんげさん=2月1日、東京都港区のフィンランド大使館(尾崎純子撮影)

 日本の新聞・通信社や放送局といったメディアにおいて、編集局長や制作局長、編集長ら報道や番組制作を統括する意思決定層は男性で占められ、女性が極めて少ないことが研究機関や労働組合などの調査で明らかになっている。こうしたジェンダーバランスの不均衡が、記事や番組の内容に影響していることも指摘される。
 一方、男女平等の実現度が高いと言われているフィンランドでは、報道分野の責任者の女性比率は3割以上に上り、報道の内容の不均衡を是正する取り組みも行われている。この違いはいったいどこから来るのだろうか。
 ジャーナリストで、ジェンダー問題に詳しい東京工業大学准教授の治部れんげさんと、フィンランドの全国紙「ヘルシンギン・サノマット」の元編集長アヌ・ウバウドさんに日本とフィンランドの「お国事情」の違いについて聞いてみた。(共同通信=宮川さおり)

 ▽日本の民放テレビ局の女性役員の平均比率は2%超

 ―まず治部さんにお伺いします。日本のメディアにおけるジェンダーバランスの現状は?

 治部さん「メディアと一口に言っても、新聞、テレビ局といった既存のメディアとデジタルではずいぶん状況が異なるので、今日は新聞とテレビ局を主眼に話したいと思います。全国の放送局や放送関連プロダクションの組合でつくる民放労連が2022年に発表した調査によると、全国の民放テレビ局の女性役員の平均比率は2%超。『女性役員ゼロ』の局は全体の72%に上りました。在京・在阪の局では、局長といった、制作部門の最高責任者に女性は1人もいません。管理職割合を、発表していないテレビ局も多数あります。全国の新聞社・通信社・放送局でつくる日本新聞協会が22年に発表した加盟社調査結果によると、記者は24%で8年連続増加していますが、管理職は平均9%台、役員は5%超です。採用は60%を超えています」

治部れんげさん(尾崎純子撮影)

 ▽能力主義のわな

 ―自身も大手新聞社系列の経済雑誌記者をされていましたね。

 治部さん「記者としてキャリアをスタートさせたのは25年前。雑誌部門ということもありますが、記者は女性が2割ほどいました。ただ、女性の上司は1人か2人だった。当時は、その状況を『おかしい』とは思わなかった。今考えたら非常にいびつですが、見慣れてしまっていたんですね。記者の仕事は、どれだけ面白い記事やいい記事を書けるかで測られる面が大きく『能力主義のわな』みたいなものもありました。『いい記事を書くなら男も女も関係ないだろう』と」

 ―ウバウドさん、フィンランドの現状はどうでしょうか?

 ウバウドさん「フィンランドのジェンダーバランスは(日本と比べて)もっと均衡がとれています。メディアは、最も進んだ産業の一つと言えるのではないでしょうか。私は半年前まで北欧で最も発行部数が多い日刊紙の編集長でしたが、130年の歴史で5人目の女性編集長です。組織自体の男女比はほぼ均等。管理職となると3割でしょうか」
 「メディアの全体状況を大まかに説明すると、編集の責任者の男女比はほぼ同じです。ただ、細かく見ると、より多くの女性が雑誌の分野に集まる傾向があり、ニュースの分野ではまだ均等とは言えず、3割程度です。主要な新聞社25社だけで見ると、まだ管理職の7割を男性が占めていますね。30歳以下の若い記者に女性が占める比率は6割を超えています。さらに、大学でジャーナリズムを勉強する学生では8割ほど。まあ、逆にこれもアンバランスと言えますが…。この流れを考えると、編集の責任者や役員に占める女性は今後ますます増えていくと思います」

アヌ・ウバウドさん(尾崎純子撮影)

 ▽夫の転勤を機に辞めるケースが多い日本

 ―日本でも採用段階、若い記者に占める女性比率は半分以上の社もあります。ですが、記者の取材や原稿など、ニュースの中身を推敲するデスクや管理職になる前に辞めてしまう女性が多いのが課題です。

 治部さん「長時間労働が前提の日本のメディアの働き方というのもありますが、特に女性の場合はデスクや管理職になるタイミングと、出産、子育てといったライフステージの変化が重なって辞めるケースは多いですね。記者に転勤は付きものです。夫も同じ記者の場合、夫の転勤を機に妻が辞めてしまったり、夫のキャリアや働き方を優先して妻が仕事をセーブしたり、部署を変わったりすることも少なくない。能力があって、本来同じように活躍できたとしてもです」

 ウバウドさん「フィンランドではそのような傾向はありませんね。日本と大きく異なるのは、他の北欧諸国と同様、ワークライフバランスを非常に重要視しているということです。あと、会社が命じる転勤も基本的にありません。職業、肩書に関係なく、夕方5時に会社を出て子どもを保育園に迎えに行くのは普通のことです。私には4人の子どもがいます。1歳半の一番下の子が生まれたとき、すでに編集長になっていましたが、他の人と同じように保育園にお迎えも行っていました。夫が迎えに行くこともありましたし、子どもが寝てから仕事をすることもありましたが」

 ―育休はどれくらい取りましたか。

 ウバウドさん「7カ月取得しました。その間仕事はしていません。しっかりワークライフバランスを取る姿を、リーダーが見せることも大切です。人生で大事なこと、大切にしたいことがある時期にシフトダウンするのに男性か女性かは関係ありません。夫も年の育休を取りました。そのままだとどうしても母親がより長く育休を取る傾向はフィンランドも同様にありました。より父親と均衡を図る取るために、昨年大きく制度が変わりました。母親が仕事復帰後、父親だけに割り当てられる育休の期間を長く設けました。スウェーデンやアイスランドで先行して導入していますね。『男性は仕事を休んで家にいることが難しい』といった議論になることもありますが、女性はもうずっと長い間、それに耐えてきたのです。男性にも慣れてもらわないと。会社や社会も後押しする必要があります。転勤に関して言うと、例えば私が勤めていた『ヘルシンギン・サノマット』では、ヘルシンキで採用になった人が会社から命じられて海外に転勤するようなことはありません。基本的に本人が、そのポジションに応募するという形です」

 治部さん「メディアの話というより社会全体としてつきつけられる課題ですね。男女平等や、誰もが住みやすい社会を目指して記事を書いている日本の多くの女性記者が、家庭や会社で、多くのものを諦めているという、この状況はとても皮肉です」

 ▽若い男性に意識の変化も

 ―ジェンダーバランスの偏りが、記事や番組といったアウトプットに影響しているという指摘があります。

 治部さん「さきほど『いい記事を書くなら男も女も関係ないだろう』といった雰囲気が業界にあったと言いましたが、女性だからこそキャッチできる情報や、抱く問題意識が間違いなくありますよね。20年前の経験ですが、今は多くのメディアが取り上げている女性の労働問題について企画を提案したんです。当時の男性の上司に『そんなもん読者は興味がないよ』と却下されました。今でも新聞社やテレビ局の女性記者から、ジェンダー視点で課題だと思ったことを記事や番組にしようとして、男性のデスクや上司に却下されたという話はよく聞きます」
 「ただ、悪いところばっかり説明してきましたが、状況は確実に変わってきています。女性記者やデスクが増えてきたということもありますが、若い男性、受け手の読者や視聴者の意識も変化しています。メディア関連の学会で、テレビ局の男性プロデューサーが、更年期や産後うつといった女性の視点で番組を作ったら視聴者に好評で、企画も以前と比べて通りやすくなったという話をしていました。視聴者の反応がSNSを通じてすぐ跳ね返ってくるようになった点も大きいですね」

治部れんげさん(尾崎純子撮影)

 ▽NHKの番組出演者、男性が女性の1・5倍

 ―英国の公共放送BBCでは局内のジェンダーバランス均衡実現に向け「50:50(フィフティフィティ)プロジェクト」を始めています。働く人の役割を男女にするだけでなく、番組に登場するキャスターや記者、専門家の男女比も均等にする取り組みで、欧州のメディアに広がっています。

 ウバウドさん「『ヘルシンギン・サノマット』でも4年前から、コンテンツの『50:50プロジェクト』に取り組み始めました。インタビューされる専門家や、取材される政治家や経営者の男女比のデータを取ったところ、女性の比率は27%でした。さらに、さらにいくつかある取材グループの責任者の性別、取材記者との関連性を調べました。興味深いことに、女性の記者は、インタビューする相手の性別のバランスを取り上げているのに対し、男性記者は男性の専門家、リーダーばかり取り上げる傾向があることが分かりました。責任者の性別は、比率にあまり関係ありませんでした。最初の取材の段階で、習慣やアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)が大きく影響していたのですね。そこで私達はそれぞれの専門分野ごとに男女比のバランスを考慮したリストを作成しました。常に見える化し、偏ることがないよう、順番に取り上げるようにしました」

 ―変化はありましたか?

 ウバウドさん「私が編集長を辞めた半年前の段階で、月ベースですが40%前後でした。次の課題はとりあげる分野ごとの偏りです。安全保障、政治、経済、スポーツ、科学の分野では女性比率は低い。逆によりよい暮らしや福祉の分野は女性比率が高いといったような点です」

アヌ・ウバウドさん(尾崎純子撮影)

 治部さん「日本でも、NHKの番組出演者のジェンダーバランスを調査したところ、男性が約6割で女性の1・5倍でした。年代別にみると、男女で傾向が大きく異なり、男性は年代が上がるにつれ出演人数が増え、40代がボリュームゾーン。女性は20代をピークに、年代があがるほど登場人数が少なくなっていました。『年配の男性が、若い女性にいろいろ説明をしてあげる』という構図が定着しているのが分かります」

 ▽「おまえのところの新聞は、女ばかりに紙面を割いている」

 ―日本ではメディアで「美しすぎる市議」や「美人アスリート」といった表現をすることがあります。

 ウバウドさん「フィンランドでも20年前はそういうこともありましたが、人を外見で判断するような表現をもし新聞やテレビがしたら、間違いなく大問題になります。女性リーダー、女性アスリートといった、女性を付ける表現が少し残っている場合もありますが」

 治部さん「自分自身で経験したこともありますが、女性記者や女性研究者がジェンダーの問題に関して発言すると、見ず知らずの男性や、匿名の人から攻撃を受けることがあります」

談笑するアヌ・ウバウドさん(左)と治部れんげさん(尾崎純子撮影)

 ウバウドさん「『50:50プロジェクト』を始めたとき、多くの一般の方から意見が寄せられました。大半が好意的なものでしたが、実名、匿名の両方でハラスメントを仕掛けてくる人がいました。セクハラもありました。私達はこのプロジェクトで変革と発展に挑みました。変革や発展は時として憎悪や反発を生みます。面白い例をお話しします。ある男性が『おまえのところの新聞は、女ばかりに紙面を割いている』とクレームを付けてきました。私達は取り上げる女性の数をきちんと調べているので、男性の主張が事実ではないということははっきりしていました。ですので、丁寧に『それは違います』と反論することができました。女性が半分になると、男性には『男がいない』となるのですね」

 治部さん「意識、無意識の偏見を取り除き、主観的な議論をするためにデータを取る、示すということがいかに大切か分かるエピソードですね。とても参考になります」

 ウバウドさん「メディアの社会に対する影響力は大きく、さまざまな変化を加速する力があります。たくさんある業界の一つではありますが、目指すべき社会を形作る重要な役割も担ってることを忘れてはならないと思います」

 ▽取材を終えて

 日本の新聞社や通信社では、一般的に深夜に設定されている締め切りや突発の事件、事故や発表への対応、“夜討ち・朝駆け”と呼ばれる早朝や夜間の個別取材が前提とされており、ワークライフバランスが取りづらい要因となっている。ある一定の年齢以上の記者は「そんなもんだろう」と、あきらめの境地に達していると言っても過言ではないだろう。ウバウドさんらがどうやって子どものお迎えの為に午後5時に職場を離れているのか。対談取材では、時間切れで聞けなかったフィンランドの新聞社の働き方について、後日改めて聞いてみた。

 ウバウドさん「『ヘルシンギン・サノマット』では、1日を複数のシフトに分けて記者が働いています。最初のシフトの人が仕事を始めるのが午前5時で、最後の人がシフトを終了するのが午前2時です。人によっては1日8時間以上働くことになりますが、その分他の日に十分な休みを確保することができます。午前2時から5時までは編集局に誰もいないことになりますが、何かあればその日の担当に連絡が入る仕組みになっています。もちろん週末や夜に何か大きな事件、事故が発生すれば呼び出しをすることもあります」
 「担当はありますが、昼間の記者がとりかかっていた取材を、夜勤の別の記者が引き継ぐこともあります。編集長ら管理職が、そろって夜遅くまで職場に残るような文化はありません。その日のニュースの責任者としてローテーションを組みますが、子どもを迎えにいったり、家族と一緒に夕食を食べたりするために職場を離れることができます。一区切りつけて、自宅で仕事を再開することはありますが、物理的に職場にいる必要はないですからね」

 フィンランドでもニュースを扱う以上、夜間や週末、突発への対応は当然ある。自分が責任を持つ担当や、取り組むそれぞれのテーマ、スクープのための努力も同じようにあるだろう。日本との違いは、成果を出すことは忘れず、できる限り無駄をなくすよう務めているということだろうか。ウバウドさんが言及した「文化」というキーワードが表すように、本当に必要なことなのか、文化や慣習として行っているのか。受け入れるだけでなく、私達も仕分ける努力が必要なのではないかと思った。

アヌ・ウバウドさん(左)と治部れんげさん(尾崎純子撮影)

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 じぶ・れんげ 大学卒業後、1997年に日経BPに入社、記者に。米国留学を経て2014年からフリージャーナリストとして活動を始める。政府主催の国際女性会議アドバイザーなどを歴任して、21年から東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。著書に『「男女格差後進国」の衝撃:無意識のジェンダー・バイアスを克服する』など。

 Anu Ubaud フィンランドのメディア業界で15年の経験を持つ。2017年から22年まで、全国紙「ヘルシンギン・サノマット」で編集部門の責任者を務め、在任中に、報道におけるジェンダーバランスの均等を図る同社の「50:50」プロジェクトを牽引する。退任後は、コンサルタント会社を起業。21年には影響力のある同国の若い世代のリーダーとして選出された。

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