ロバート・パーマーが誰よりも早くニューオリンズ・ファンクに挑んだ傑作『スニーキン・サリー・スルー・ジ・アリー』

『Sneakin’ Sally Through The Alley』('74)/ Robert Palmer

いつまでも忘れずにいたいブルーアイドソウル・シンガーのひとりにロバート・パーマー(Robert Palmer)がいる。という書き方から察せられるように、すでに故人であり、2003年に54歳という若さで亡くなってからでも20年が経っている。今回は彼のソロデビュー作『スニーキン・サリー・スルー・ジ・アリー(原題:Sneakin’ Sally Through The Alley)』(‘74)を取り上げてみたい。

“ブルーアイドソウル(BLUE-EYED SOUL)=青い目をした白人のソウルシンガー”ということになろうか(だいぶアバウトな言い方だが)。主にR&B;、ソウルミュージックを歌う白人シンガーに対してあてられるように思うが、ヴァン・モリソンあたりになると、肌の色に関係なく本物のブルース&アイリッシュ・ソウル・シンガーと言ったほうがよさそうである。識者によっては色々な定義がありそうなのだが、個人的にはあくまでブラックにはなりきれないのを承知の上でソウルミュージック、R&B;へのリスペクトを持ち、クールかつソフィスティケイトされた感覚で歌う(演奏する)アーティストを指す感じだろうか。と言い出したら、ヘビーメタルやトラッドを除くほとんどのアーティストにあてはまってしまいそうなのだが、ロバート・パーマーというシンガーはその持って生まれたシンガーとしての素質だけでなく、ルックスも含め全身でブルーアイドソウルを体現していたような人ではなかったかと思う。

1949年、英イングランド北部に位置するヨークシャー生まれ。10代の頃からバンド活動を始めたという。経歴としては、パーマーはアラン・ボウン・セット、Dada、そしてヴィネガー・ジョーというバンドを遍歴し、ソロに転じている。筆者が彼の名前を知ったのは72年頃だろうと思う。当時、FM大阪のラジオ番組でアルバムをまるごと一枚放送する画期的な番組があり、レコードが買えない中学生にはたいそうありがたく、まめに放送を録音して…というのが生活習慣だった。ある時、ヴィネガー・ジョーという英国のバンドの『ロックン・ロール・ジプシーズ(原題:Rock'n Roll Gypsies)』(’72)が紹介された。女性ヴォーカルがリードという、なかなか熱いR&B;バンドで子供の耳にもカッコ良いなぁと思った記憶がある。放送のなかほどでDJがバンド紹介をし、ツインリードの女性がエルキー・ブルックスといい、男性のほうがロバート・パーマーというシンガーであることが語られたのだった。音楽雑誌でも取り上げていなかった彼らを、ラジオ番組が紹介したことが今でも不思議に思えてならないのだが、私はアルバムを買う余裕がなかったので、しばらくその録音テープを聴いていた。だいぶ後になってレコード屋でようやく見つけたアルバムのジャケットは、女性のほうがステージで踏ん張っているショットをとらえたもので、アイク&ティナ・ターナーみたいなイメージだった。

ヴィネガー・ジョーはアルバム3枚を残し、73年頃に解散し、パーマーはソロ活動へと移行したようなのだが、私が彼の名前を再び目にするのは80年代も半ばになってからのことだと思う。本作もとうに出ていたにも関わらず興味が別のところにいっていたので、アルバムをチェックするということもなかった。アイランドレコードでのソロキャリアも順調で、スーツをびしっと決めた姿はロックっぽくはないものの、格好良かった。あの頃のロック界でそんなスタイルを定着させているのは、他にロキシー・ミュージックのブライアン・フェリーぐらいだったろうか。

パーマーとの邂逅はふいにやってきた。リトル・フィートやミーターズ、ネヴィル・ブラザーズ、ドクター・ジョンなど、米国南部のR&B;に惹かれ、関連するアルバムを物色していた時、レコード屋の知人が、その方面を探しているのなら、これを知らないのはマズいだろと、リトル・フィートやミーターズがレコーディングに参加しているというパーマーの『スニーキン・サリー・スルー・ジ・アリー』を勧めてくれたのだ。その場で買ったアルバムを聴き、今のいままで本作やパーマーのことをほったらかしにしていたことを少し恥じた。それにしても、これがソロデビュー作とは!

卒倒しそうなメンバーが顔を揃えた ニューオリンズ& ニューヨークセッション

才能は認められていたとは思うが、ソロアーティストとして未知数の新人にアルバム制作の予算がどれだけ組まれていたものなのか。「好きなように希望を出してくれ、君に任せるから」なんて、うまい話はないだろう。と思うのだが、本作のレコーディングには主にニューヨーク、ニューオリンズ、そしてミックスにナッソーのコンパスポイント・スタジオ(アイランド・レコード所有)が使われている。詳しいレコーディング・データが公表されていないので分からないが、もしかすると、これ以外にも同レーベルのスティーヴ・ウィンウッド(トラフィック)やメル・コリンズ(キング・クリムゾン)、クリス・ステイントンらが参加しているところを見ると、ロンドンセッションもあったかもしれない。いずれにしても、ニューヨークでは後にあのスタッフを結成するメンバーも含まれる超実力派セッションメン、リチャード・ティー(Key)、コーネル・デュープリー(Gu)、ゴードン・エドワーズ(Dr)、バーナード・パーディ(Dr)らが参加している。そしてニューオリンズではミーターズからアート・ネヴィル(Key)、レオ・ノセンテリ(Gu)、ジギー・モデリステ(Dr)が、そして多くの曲でリトル・フィートのローウェル・ジョージがギターで参加するほか、「ブラックメイル(原題:Blackmail)」という曲をローウェルはパーマーと共作しているのだ。このニューオリンズセッションにはこんな逸話もある。空港で待ち合わせたパーマーとローウェルはすぐに意気投合、彼の口ききで、あのアラン・トゥーサン所有のシー・サウンド・スタジオに車を走らせ、そこでセッションが行なわれることになったというのだ。予約もアポもすっ飛ばしてそんなことが…という話の信憑性はともかく、英国はおろか、米国ではロバート・パーマーの名前はほとんど無名の新人だったのではないか? よほどのツテ/コネ、あとはギャランティがなければ実現しなかったと思うのだが。

と、これを書きながらも、今更ながら、こんなことよく可能になったな…と感心しながら、とにかくアルバムを聴いてみるとしよう! 収録曲は以下のとおり。トータル36分と今では考えられないくらいコンパクトな長さだが、中身は濃い。

1. セイリング・シューズ/Sailin’ Shoes (w / The Meters、Lowell George)
2. ヘイ・ジュリア/Hey Julia
3. スニーキン・サリー・スルー・ジ・アリー/Sneakin’ Sally Through the Alley (w / The Meters、Lowell George)
4. ゲット・アウトサイド/Get Outside (w / Lowell George、New York Rhythm Section)
5. ブラックメイル/Blackmail (w / New York Rhythm Section)
6. ハウ・マッチ・ファン/How Much Fun(w / The Meters、Lowell George)
7.フロム・ア・ウィスパー・トゥ・ア・スクリーム/From a Whisper to a Scream (w / The Meters、Lowell George)
8. スルー・イット・オール・ゼアーズ・ユー/Through It All There’s You (w / New York Rhythm Section、Steve Winwood )

ローウェル・ジョージ (リトル・フィート)の才気、 ミーターズの熱気、端正なパーマーの センスが結実した傑作

冒頭のリトル・フィートの「セイリング・シューズ」のカバーでいきなり掴まれる。これはパーマーの希望で演ることになったのだろうか。オリジナルのリトル・フィートのバージョンに比べて、多分にセカンドラインのファンクビートを意識した作りで、ドシンと腰に来る後打ちのリズムがやたらかっこいいのだ。リトル・フィートのほうは72年リリースのアルバムのタイトルチューンで、もっとゆったりしたテンポで、ローウェル・ジョージのスライドギターが冴えるアーシーなアコースティックサウンドだった。パーマーはローウェルと対話しながら、この曲のアレンジを苦心したのだろうが、これはほんとうに素晴らしい。ローウェルはギターで参加しているが、控えめに、だが耳をすますといかにも彼らしいスライドが左から聞こえてくる。コーラスとベースだけのエンディングからそのまま次曲、パーマーのオリジナル「ヘイ・ジュリア」に続く。そして継ぎ目なく「スニーキン・サリー・スルー・ジ・アリー」(アラン・トゥーサン作)がスタートする。バックは1曲目に続きミーターズがつとめており、その格好良さったらない。また、この3曲をシームレスにつなぐ編集センスがなんとも見事なのだ。4曲目の「ゲット・アウトサイド」からニューヨークのリズムセクションがバックをつとめる。となると、シャープに切れるフュージョンサウンドかと思いきや、この曲も微妙に南部系のサウンドにまとめられている。パーマーのヴォーカルも黒い。続く「ブラックメイル」がパーマーとローウェルの共作で、だからなのかバックはニューヨーク組ながら、これまたニューオリンズ風のファンキーなサウンドで、ゴードン・エドワーズのベースラインが独得のグルーヴを生むなか、ホーンセクションとバックの女性コーラスが盛り上げる熱いナンバーに仕上がっている。

LP時代は「ハウ・マッチ・ファン」 からB面に移る。これまたニューオーリンズ・ファンクを意識したとおぼしき、イントロからドクター・ジョン、プロフェッサー・ロングヘアが弾いていそうなローリング・ピアノ、そしてミーターズが弾き出すビートが作るセカンドラインのうねり、そこに女性コーラスが絡むなか、パーマーがソウルシンガー然とした持ち味たっぷりに熱く歌う。そして、熱気が冷めやらぬまま、続くアラン・トゥーサン作の「フロム・ア・ウィスパー・トゥ・ア・スクリーム」もバックはザ・ミーターズとローウェルが固める。スケール感のあるゆったりとしたナンバーで、ワウワウペダルを使ったギターはノセンテリだろう。その上を這うようにローウェルがスライドを滑らせる。このコンビネーションも卒倒ものだ。そして、アルバム最後を飾るのはパーマーのオリジナルで12分を越えるジャム風の展開で聴かせる曲。セッションはニューヨーク組を中心に行われるが、ゴードン・エドワーズのシンプルだがよくうねるベースが全体を引っ張る中、ハモンドオルガンとエレピをスティーブ・ウィンウッドが弾いている。バーナード・パーディのドラムがスイッチを入れるように、後半はかなり熱いファンクジャムになる。ウィンウッドは時期的には自分のバンド、トラフィックの最後のアルバム『ホエン・ジ・イーグル・フライズ』(’74)を出す頃だが、そのアルバムでもここで聴けるようなファンク風のインプロヴィゼーションをやっている。パーマーのヴォーカルからはスライ&ファミリー・ストーンの影響も感じさせる。

アルバムはビルボード200で最高位107位、シングルカットの「Get Outside」が105位、母国イギリスではチャートインしなかった…というと惨憺たる結果に終わったように聞こえるが、そんなことはない。下位ながらもアメリカではアルバムは15週にわたってチャートに入ってその後の根強いファンを獲得したし、何よりパーマーは評論家筋に高い評価を得ることになった。これは始まりであったのだ。

前例のない ニューオリンズ・ファンクに挑んだ パーマーの驚くべき先見性

ミーターズは1969年にデビュー作『ミーターズ(原題:The Meters)』が出て、72年にリプリーズへ移籍して『キャヴェイジ・アレー(原題:Cabbage Alley)』をリリース、翌年にドクター・ジョンのアルバムをバックアップしたあたりから世界最強のライヴバンドといった噂とともに注目を集めだしたばかり、リトル・フィートも1972年に『セイリン・シューズ(原題:Sailin' Shoes)』、翌年に『ディキシー・チキン(原題:Dixie Chicken))』を発表して、次第に注目され、バンドもまたニューオーリンズ、南部色を感じさせる音楽性に踏み込みつつある時期だった。そこに、誰よりも早く、英国人のパーマーがニューオリンズ・ファンクに接近し、がっぷり四つに組んだアルバムを制作したのだから、これは早すぎたというか、世間が追いついていないのは当然だった。こうして一躍ニューオリンズ・ファンクに敏感な音楽人が飛びつき始め、たとえばローリング・ストーンズは75年、76年のツアーの前座にミーターズを起用することになる。

パーマーの飛躍も華々しいものになった。一挙に人気が爆発するということはないものの、セールスもアルバム毎に伸びるようになり、ソロ4作目となる『ダブル・ファン(原題:Double Fun)』(’78)、続く『シークレッツ(原題:Secrets)』(’79)からはシングル曲が全米14位を記録するようになる。1985年には人気絶頂のデュラン・デュランのジョン・テイラーとアンディ・テイラーから請われ、シックのトニー・トンプソンらとともにスーパーグループのパワーステーションに参加し、アルバム『ザ・パワー・ステーション(原題:The Power Station)』が全英12位、全米6位と大ヒットした。同年、自身のソロ『リップタイド(原題:Riptide)』からシングル「恋におぼれて(原題:Addicted To Love)」が全米シングルチャート1位を記録し、パーマーはグラミー賞最優秀男性ロックヴォーカル・パフォーマンス賞を受賞している。当時、女性モデルのバンドを従えて、本人がスタイリッシュに歌うMTVが話題になったものだ。90年代、そして2000年代に入ってルーツミュージックと取り組むアーティストが増えだした頃、パーマーならどんなアルバムを作るだろうかとファンが期待していた矢先、何ということか2003年に彼は心臓麻痺で急逝してしまう。今更ながら、音楽界は惜しいシンガーを失ったものだと思う。

古巣のアイランドレコード時代に残した珠玉のアルバムがCDでも再発されている。ぜひ聴いてみてほしい。

TEXT:片山 明

アルバム『Sneakin’ Sally Through The Alley』

1974年発表作品

<収録曲>
1. セイリング・シューズ/Sailin’ Shoes (w / The Meters、Lowell George)
2. ヘイ・ジュリア/Hey Julia
3. スニーキン・サリー・スルー・ジ・アリー/Sneakin’ Sally Through the Alley (w / The Meters、Lowell George)
4. ゲット・アウトサイド/Get Outside (w / Lowell George、New York Rhythm Section)
5. ブラックメイル/Blackmail (w / New York Rhythm Section)
6. ハウ・マッチ・ファン/How Much Fun(w / The Meters、Lowell George)
7.フロム・ア・ウィスパー・トゥ・ア・スクリーム/From a Whisper to a Scream (w / The Meters、Lowell George)
8. スルー・イット・オール・ゼアーズ・ユー/Through It All There’s You (w / New York Rhythm Section、Steve Winwood )

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