「周りの大人がもっと挑戦する姿を見せたい」俳優デビューの44歳英語教師 “究極の教育現場”に立つ

東京 中目黒キンケロ・シアター。満員の客席を前にプロの俳優に交じり、おどけた様子で老犬を演じる高校教師がいた。静岡聖光学院高校の英語教師西山哲郎さん(44)。村田充さん演出の人気舞台「DOG'S2023」で、高倍率の熾烈なオーディションを現役教員が勝ち抜き、「俳優デビュー」した。

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「老犬」役を熱演する西山哲郎さん(写真下)

静岡市内の学校で授業をしながら、週に1回、静岡から東京へ。二刀流で俳優養成講座を受けて、夢を掴み取った。会社員を辞めて、演劇の世界へという例はまれにあるが、「教師を続けつつ、俳優デビュー」は聞いたことがない。

今回、舞台期間直前と期間中は、教員の有休を取って出演。学校も活動に理解を示し協力してくれた。

事前の稽古は、静岡と東京を往復し、移動中も台本を片時も離さず準備してきた西山さん。彼が挑戦を決めたのには理由がある。

「いまの子どもたちを見ていると大きな可能性があるのに、挑戦できていない子が多い。周りの大人がもっと挑戦する姿を見せたいと思った。本心に従って、自分に正直に生きる大切さに気づいてほしい」

エリート人生に抱いた違和感

西山さんは、大阪の私立小学校で41歳にして、校長を務め、授業の6割を英語にするという大胆な改革をして、注目を浴びた。2021年、ヘッドハンティングされて、静岡聖光学院高校に赴任と、教師として華々しい経歴を持っている。しかし、そんな自分自身にも違和感を抱いていたという。

「実は、誰かの評価を気にして生きていた。『日本の英語教育を変える』と本気でいってきたが、どこかにそれをいえば、同業者や保護者が喜ぶという気持ちもあったのではないか」

人のために生きるのはよいことだが、過度に周囲の反応に敏感になり過ぎて、自分の気持ちは常に後回しになっていた。自分の心に耳を傾ける生き方に変えて、日常を「うれしい・楽しい・気持ちいい」で埋めていくと、気づけば、周りにも共鳴しあう人が集まり、新しいことにチャレンジしやすい環境になっていたという。

頭が真っ白に

もちろん、初挑戦の舞台では 次々と壁にぶち当たっている。

「役に入ろうとするがセリフをうまくいおうとすると入り込めず、一瞬、頭が真っ白になる」

「周りの役者さんに合わせて速く喋ろうとすると、母音子音をしっかりと発音できずお客さんに届かない」

もがきながらも少しずつ成長を感じる日々は、ハリがあり、充実している。

異年齢のチームで一つの目標に向かって率直に伝え合い、補い合う。演劇は「究極の教育現場」でもあった。舞台期間を終えたら教壇に戻り、生徒たちに自らの生き方で伝えていくつもりだ。

『回り道』ではなく『年輪』

「DOG'S2023」のプロデューサー山田とゐちさんに、なぜ、西山先生を抜擢したのかを聞いた。

「期待していることは年輪です。役者という職業は、若くから始めた方がいいといわれますが、私はそうは思いません。若い人にはない社会での実績や経験値を、私は『年輪』といっていますが、他分野で生かされてきたことをぜひ演劇に生かしてほしいと期待しています。西山さんには、誰にも真似できない老犬を演じていただけたら幸いです」

夢を追いかける若い役者に囲まれ稽古を積む中で、西山さんは確信を得たという。

「社会はまだまだいい大学、いい会社に入れば人生安泰、それが幸せと思い込んでいる。本当にそうでしょうか。ぼくはそれぞれが独自の成長の時計で進んでいければ、みんな幸せになれると信じています」

人生はいつからでも変わる。そして挑戦は、何歳からでもできる。

(SBSアナウンサー 牧野克彦)

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