「家族の形を壊したくなかった」祖父からの性虐待に10年耐えた女性の今  家族が加害者、摘発増加も多くが潜在化

 

湯本純さん

 東京都に住む湯本純さん(34)は子どもの頃、祖父から性的虐待を受けていた。被害は小学1年から始まり高校2年まで。いつも就寝中に近寄ってきた。嫌だったが怖くて断れず、「家族の形を壊したくない」と、大学生になるまで誰にも打ち明けることができなかった。
 家庭内の性暴力は、一般に発覚しづらい。専門家はその理由を「被害者が『自分さえ我慢すれば』という心理に陥りやすいから」と説明する。
 2017年の刑法改正を契機に摘発件数は増加しているが、それでもまだ“氷山の一角”とみられている。幼すぎて「被害」と認識できていなかったり、つらい記憶を忘れようと心の奥底に閉じ込めようとしたりした結果、大人になっても心身の不調となって苦しむケースも多い。
 どうすれば子どもたちを身の危険から守り、被害者が自分の人生を取り戻すことができるのか。専門家や支援機関の模索が続く。(共同通信=丹伊田杏花)

 

 ▽「気付いてあげられなくてごめん」
 湯本さんは子どもの頃、両親と姉弟、父方の祖父と6人暮らしだった。小学生になった後、毎年夏になると、就寝中に祖父が近寄ってきて「マッサージをしてあげる」と体を触られた。行為はエスカレートし、性器に指を入れられるようになった。怖くて断ることができず、寝ているふりをしていた自分は、悪いことをしている「共犯者」だと思い込んでいたという。
 一緒によく遊んでくれた祖父との関係は「『就寝中のこと』を除けば良好だった」。そのせいか、自分がされていることを嫌だとは思っていても「被害」とは認識できなかった。
 中学3年の頃、両親の離婚を機に祖父と別居したが、その後も祖父に会いに行くことはあり、虐待は続いた。高校生になり、学校で家庭内の問題を調査するアンケートが配られ、初めて「性虐待」だと気付いた。
 大学へ進学後、被害の記憶を思い出し、勉強が手につかなくなった。祖父のにおい、足を触られている感覚を何度も思い出すたびに心をかき乱される。心的外傷後ストレス障害(PTSD)に悩まされた。
 休学を決めた時、初めて母に打ち明けた。母は「気付いてあげられなくてごめんね」と自分を責めた。祖父は約10年前に死去。「祖父がした行為は許せないが、祖父のことは嫌いになれない」と複雑な思いを抱える。
 その後、湯本さんは結婚。現在は夫と小3、小1の子どもと暮らす。ふとした時に過去の記憶や感覚が戻ることもある。かつて性虐待を受けていた年齢まで自分の子どもが成長し、心が不安定になることもある。

 

 

法務省

 ▽摘発が大幅に増加、それでも“氷山の一角”
 家族からの性虐待を巡っては、愛知県で未成年の娘に性的暴行をして準強制性交罪に問われた父親に対し、2019年の名古屋地裁岡崎支部判決が無罪とし、注目を集めた。(高裁で懲役10年の逆転判決となり、最高裁で確定)
 2017年に改正された刑法では、18歳未満の未成年に対し、実父や養父といった「監護者」の立場を利用した性交について「監護者性交罪」が新設。法務省によると、この罪による起訴は、17年は13件だったものの、19年は71件、20年94件、21年77件と増加傾向にある。
 警察庁の統計でみても、実父や養父らによる「強制性交等」容疑での年間摘発数は増えている。2017年の45件から、20年は123件、21年は118件となった。21年の加害者の内訳をみると「養父・継父」が55件、「実父」が46件となっている。
 摘発された事件の有罪判決を読むと、目立つのは、加害者が生活・経済面で頼らざるを得ない被害者の環境につけ込むケースだ。公判で加害者側はこんな主張をすることも多い。「被害者は抵抗しておらず、同意があった」
 香川県では13~14歳だった養女と性交を繰り返した男が2022年、懲役10年の判決を受けた。養女は2度の妊娠・出産を余儀なくされていた。

 

警察庁が入る中央合同庁舎2号館

 ▽「事なかれ主義」の弊害
 性的虐待に関する相談件数も多い。厚生労働省によると、各地の児童相談所に2020年度に寄せられた性的虐待の相談数は2245件に上る。
 ただ、家庭内の性暴力に詳しい小竹広子弁護士は、この相談件数は「氷山の一角」とみている。「(被害に遭った子どもは)加害者との関係性を考えて、被害を打ち明けるのをためらう傾向にある」ためだ。未成年者にとっては、性暴力だと認識することも難しく、被害だったと気付くのが大人になってからということもあるという。
 さらに、子どもが勇気を出して打ち明けても、周囲の大人に相談しても「事なかれ主義」で取り合ってもらえないケースがある点も指摘する。小竹弁護士は、性被害などを告発する「#MeToo」運動が世界で広がったように「家庭内の性被害についても打ち明けやすい土壌を醸成する必要がある」と話している。

 ▽被害者の意思、尊重される体験の大切さ
 性的虐待を受けた過去に苦しむ人らをサポートしている場所が、関西にある。
 大阪市北区と京都市中京区に拠点を構える心理カウンセリング機関「フェリアン」には10~60代の性被害者が訪れる。「子どもの頃の性被害を思い出してしまう」「あの行為は性虐待だったのかもしれない」といった相談が寄せられるという。
 所長で臨床心理士の窪田容子さんによると、自分を守ってくれる、安心できる存在のはずの監護者から傷つけられた場合、他者との距離の取り方や対人関係の構築が困難になることがある。フラッシュバックなどのPTSDや、長期間続く傾向にある「複雑性PTSD」に悩まされ、アルコールを過剰に摂取したり、自傷行為に及んだりする傾向も。ニュースやドラマの場面が引き金となり、記憶がよみがえるケースもあるという。
 カウンセリングでは(1)体調や環境を整えて症状を管理し、生活の安定を図る(2)トラウマと向き合って整理する(3)「新たな自分」や、社会との関わり方を模索する―ことをサポートする。「心身を踏みにじられてきた被害者の意思が尊重される体験によって『自分は大切な存在』と感じることにつながる」としている。

 

厚生労働省が入る中央合同庁舎5号館

 ▽暴力を防ぐ、子供への予防教育
 大阪市阿倍野区のNPO法人「CAP(キャップ)センター・JAPAN」が取り組むのは、性暴力や虐待、痴漢などから身を守るための「CAP(Child Assault Prevention)プログラム」の普及だ。
 対象は主に3~15歳。「あなたは安心、自信、自由の三つの権利を持つ大切な存在」と伝え、その権利を奪われそうになった時は「No(嫌だと言う)」「Go(その場を離れる)」「Tell(誰かに相談する)」のうち、できることを実行するよう促している。事務局員の重松和枝さんは意図をこう説明する。「何かが起きそうになった時の違和感を周囲の大人に伝えられる環境が必要」

 

武蔵野大の小西聖子教授

 ▽周囲が積極的に関わることで早期支援に
 それでも、子どもにとって性的虐待を自分から語るのは難しい。周囲の大人にできることはないだろうか。
 性犯罪に詳しい武蔵野大の小西聖子教授は「子どもが出しているシグナルに気づくのが大切」と指摘する。
 家庭内での性虐待の被害者は、夜遅くまで繁華街をさまようなどし、家に帰りたがらない行動を取る場合もあるという。
 小西教授が強調するのは、専門機関を拡充するとともに、学校や地域の見守り組織、自治体の他、一人一人が問題意識を持って積極的に関わることだ。「身近に性被害が起きているかもしれない」と思うことで、早期の被害把握につながると話している。

 

湯本純さん

 ▽湯本さんのその後。「被害の記憶は消えない」けれど…
 祖父からの被害を受けた湯本さんが、自身の経験を実名で語るのは「架空の話ではない」と知ってもらいたいからだ。社会は性被害者に対し、つらい記憶で悲しみ続ける「被害者像」を求めているように感じることがあるという。しかし、被害者も仕事や子育てで慌ただしい日常を送り、家族と笑い合って過ごしていることも理解してほしいと願う。
 同じ被害者同士でつながりを持とうと、2021年7月、「CALien(カリアン)」を立ち上げた。専門機関でのカウンセリングは大切だが、一方で理解を得られているのかどうかが分からず、孤独を感じることもあったという。「同じ体験をした者同士でやりとりすることで心の負担が少しでも軽くなれば」と話す。
 被害の記憶は消えない。だけど「今ある幸せ」を重ねていきたい。そう考えている。

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