視覚障害者だからこそ見える、日本の選挙の課題とは?(榎戸篤)

2023年1月、ソニーが自社で取り扱う全商品で障害者や高齢者の意見を取り入れる方針だと発表し話題になりました。

ソニーがすでに導入している

・テレビのリモコンのボタンを大きくする
・ウォークマン(音楽プレーヤー)のボタンに凹凸をつける

といった配慮は、障害者にとって便利なだけではなく、万人にとっても便利なデザインになっています。

そしてこれは投票も同じ。障害者も投票しやすい選挙は、万人にとっても投票しやすいのです。

今回は、実際に弱視の当事者である筆者が、障害者が選挙で抱える課題を通して、有権者の投票の利便性や投票率の向上について意見を述べさせていただきます。

日本で生まれている「投票難民」、解決すると?

現状:「投票難民」とは?

障害者のなかには、外出が困難で、投票所に行けない方もいます。

一部の重度障害者には郵便投票が認められているのですが、寝たきりの方などを想定して作られた制度のため、対象が限定的なのです。そのため、投票所に行けずに投票をあきらめる「投票難民」が発生しています。

障害者白書によると、身体障害者手帳の保有者の総数は400万強。それに対して、ここ最近で実際に郵便投票を行った人は2~3万人程度と、限られた人しか郵便投票を行っていないことがわかります。たとえば視覚障害者の場合、郵便投票が認められないことが大半です。

しかし、一人で投票所へ行くことが難しい方もいます。「目を閉じたまま、投票所に行くこと」を想像してもらえれば、その難しさがわかっていただけるのではないでしょうか。

ガイドヘルパーを利用する手段もありますが、手続きが大変だったり、地方では人の確保が難しい場合もあったりと、健常者の方のように「行こうと思えば行ける」状況ではありません。

解決策1:郵便投票の簡素化・対象拡大

障害者の「投票難民」問題を解決する策の一つとして、郵便投票の簡素化・対象拡大が考えられます。

郵便投票の対象を拡大することによって、移動が困難な障害者が使いやすくなります。それだけではなく、高齢者にとっても有益です。

過去50年以上の国政選挙の「60代」と「70代以上」の有権者を比較すると、「70代以上」の投票率が10~15%前後低くなっています。身体の衰えによって投票所に行くのが難しくなったというのがひとつの理由と考えられます。
【参考】総務省 国政選挙における年代別投票率について

今後高齢化が進むことによって、身体の衰えによる投票率の低下傾向は加速するでしょう。郵便投票の簡素化・対象拡大は、このような傾向への対応策としても有効ではないでしょうか。

また郵便投票の対象拡大は、投票所の数が少ない過疎地域にとっても重要です。明るい選挙推進協会によると、「投票所までの所要時間が長くなれば、投票を棄権する人の割合が増加する」そうです。
【関連】投票所を駅やショッピングセンターに作ろう!統一地方選挙の投票率アップに向けてできること

過疎化した地域では、投票所や投票所のスタッフが減る可能性があります。自宅から投票所までの距離が遠くなり、投票をしない人が増えることが予想されます。また、投票所までの交通手段が不便になれば、投票をあきらめる人も増加するでしょう。

郵便投票の対象拡大は、このような過疎地域の有権者の投票率維持にも有効かもしれません。前回の米大統領選では約6500万人が郵便投票を行った実績があるため、十分に実現可能だと思います。

解決策2:ネット投票の解禁

ネット投票は現在解禁されていませんが、もし解禁されれば郵便投票と同じく移動が困難な障害者・高齢者・過疎地域の住民にとって投票しやすく便利になります。さらにネット投票のメリットはそれだけではなく、海外に住む日本人(在外邦人)の投票率向上にもつながる可能性があります。

総務省によると、前回の衆院選の全体の投票率は55.93%に対し、在外邦人の投票率は約20%しかありません。

数少ない日本大使館へ行かなければいけなかったり、郵便投票が認められている有権者もそもそも期間内に投票用紙を出せないケースがあったり、現在の在外投票の利便性が悪いのが原因と言われています。そのような有権者にとってネット投票は便利な手段ですし、投票率の改善も期待できます。

ただし、ネット投票には懐疑的な意見もあります。

・実際に国民全体を通してみると、それほど投票率向上につながらないのではないかという意見
・現在エストニアやスイスの一部の州など100万人ほどの有権者数でしか導入されておらず、1億人を超える日本ではまだ全面的に導入するのが難しいという意見

などです。

そのような意見もあるため、希望する在外邦人や障害者などにまず解禁して、社会実験のような形で行うのもよいのではないでしょうか。

当事者にとっては投票しやすくなり、国民全体にとってはネット投票全面解禁の判断材料になり、双方にとって有益ではないかと思います。

投票を電子に変えると?

現状:自書の難しさ

主に視覚障害者、上肢障害者、知的障害者の方から「投票用紙への記入が難しい」という声もよく耳にします。

投票所では代筆もお願いできますが、係員に限られ、家族などは代筆できません。そのため、「係員が慣れておらず、周りの人に聞こえるぐらいの大きさで復唱された」というトラブルもよく耳にします。

また地元の投票所でお願いする場合、自分と関わりのある方がいるケースもあります。そのため、「知り合いに知られるかもしれない」というストレスを抱えながら代筆をお願いしたり、「それなら投票しない」という方もいるようです。

解決策:電子投票機の導入

自書によるトラブルを回避する策としては、電子投票機の活用が考えられます。

たとえばインドでは電子投票機が導入され、候補者の顔写真をタッチして投票できるようになっているそうです。そのような形であれば指だけ動かせればよいため、上肢障害や知的障害の方の投票のハードルがぐっと下がります。また最近では、画面を音声で読み上げる機能がついた電子機器も多いので、視覚障害者も操作が可能になります。

またこれも障害者に役立つだけにとどまりません。自書でのミスも防止でき、投票が楽になります。紛らわしい候補者の名前、変化の多い党名など、さまざまな書き間違いを是正することができます。

またあくまで副次的にですが、開票作業の時間短縮になり、公費の削減が期待できます。関係者の深夜労働を減らすことにもつながります。

このように、電子投票機の導入も障害者への配慮にとどまらない効果が期待できます。

投票で「取り残されている最後の人たち」、解決すると?

現状:投票で取り残されている人たち

最後に述べたいのが、知的障害の方や発達障害の方が選挙で取り残されている問題です。

障害の程度によりますが、軽度の知的障害の方に何かを伝えるためには「小学3~4年生ぐらいのわかりやすさ」で表現しなければいけないと言われることがあります。また、漢字を読むのが苦手な発達障害の方などは漢字にルビをふってもらいたいケースがあります。

しかし

・政治や選挙を小学3~4年生に理解させる方法はあるか?
・全ての漢字にルビがふってある選挙資料はあるか?

と考えてみると、なかなか無いのではないでしょうか。

そのため、知的障害の方や発達障害の方の一部は、実質的に選挙から排除されていると言えます。

解決策:知的障害・発達障害の方を含め「誰もがわかる政治・選挙の場作り」

しかし、これも障害者に限った問題ではありません。

有権者のうち、どれぐらいの人がニュースや選挙公報を理解しているのでしょうか?ニュースは日々の政局を多く取り扱う性質上、いちから学ぶというのが難しい現状があります。また現在の選挙公報も、専門用語や背景知識がないと理解しにくいことも書いてあり、簡単ではありません。

スウェーデンでは、若者が政策を理解できるよう選挙教育を行っており、若者の投票率が高くなっています(知識的な教育だけではないため、単純に「政治をわかるようにしているから、選挙に行っている」とは言い切れませんが)。

そのようなことから、知的障害・発達障害を抱える方が取り残されない環境づくりが投票率を上げるカギになるかもしれません。

おわりに

障害者にとって便利なデザインは、万人にとっても便利。その原則は、選挙も同じです。

ぜひ選挙を考える際には、障害者にも注目していただけると有難いです。

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