三国志の英雄・関羽へのさい銭もデジタル化 お金も信仰も管理したい共産党【経済記者が見た中国】

 「関岳廟」の電子さい銭箱=2023年1月、福建省泉州市(共同)

 中国では先祖の供養や、寺などで神仏にお参りする際、紙でできた特殊な「お金」を燃やす習慣がある。焼くことで死者や神様に届くという理屈だ。1月初め、筆者は日本でも人気が高い三国志の英雄、関羽をまつった廟の前にいた。「いま、あなたのおさい銭をたきあげています」。さい銭箱に設置された液晶画面にはバーチャルの炎がゆらめき、メッセージが表示された。筆者はスマートフォンでQRコードをスキャンし、キャッシュレスのさい銭を投じたのだ。

 デジタル化が進む中国では、もはや珍しくもない光景。習近平指導部が中央銀行デジタル通貨(CBDC)「デジタル人民元」を正式発行すれば、こうした流れは一層加速するだろう。そこには、基軸通貨の米ドルへの対抗意識を含んだ元の国際化という野心も潜んでいる。(共同通信=竹内健二)

 ▽コロナ禍で金運上昇や無病息災の願いが盛んに

 電子さい銭箱は、中国沿岸部の福建省泉州市内にあった。関羽をメインに、南宋の名将、岳飛も合わせてまつられ「関岳廟」と呼ばれる。

 信義に厚かった関羽は長い中国の歴史の中で商売の神様となり、「関帝」の尊称で親しまれている。境内では多くの老若男女が線香をあげ、熱心に祈っていた。社会主義をうたう中国は宗教に厳しいが、市場経済が浸透して人々の生活はお金を中心に回っている。新型コロナウイルス禍にも見舞われ、金運上昇や無病息災を願う民間の信仰は近年、ますます盛んになっているようにみえる。筆者も歴史好きなので、100元(約2千円)を奉納したのが冒頭の場面だ。関帝のもとまで届いただろうか。

 「関岳廟」で祈る人たち=2023年1月、福建省泉州市(共同)

 ▽現金を扱う機会は中国全土でほとんどなし
 福建省泉州は、700年以上前の元の時代に「東方見聞録」を口述したとされるマルコ・ポーロが訪れ、その繁栄ぶりを紹介したことで知られる。「世界最大の港」とも称された当時の栄華には及ばないが、現在でも省経済の中心地だ。中国有数のお茶の産地でもある。ホテルの近くにお茶と茶器の販売店があったので、旅行に携帯できる簡易の茶器セットを買ってみた。もっとも店には行かず、スマホで商品を選んで代金を支払い、宅配サービスでホテルの部屋まで届けてもらった。

 ご当地グルメは海鮮やカモ料理だ。インターネットの評判で選んだ飲食店でもスマホで注文し、支払う。このように中国全土で現金を扱う機会はほとんどなくなっている。中国の紙幣は、かつてと比べると改善されたとはいえ衛生的でないものも多い。新型コロナ対策としても、できるだけ現金には触れない方がいいとの考えが広がった。

 泉州市の街角=2023年1月、福建省(共同)

 ▽習指導部が「アリペイ」などスーパー決済アプリの統制強化
 キャッシュレス決済を支えるのが、アプリの「アリペイ」と「微信(ウィーチャット)ペイ」だ。中国での支払いはほぼ、この二つが占めている。アリペイは電子商取引(EC)大手アリババグループが手がける。ウィーチャットは日本でのLINE(ライン)のような存在で、IT大手の騰訊控股(テンセント)が運用している。ともに決済だけでなく、日常生活に必要なさまざまな機能を備えている。中国当局による監視が懸念されるとはいえ、中国で暮らすのにウィーチャットの通信機能を使わないことは難しい。

 飲食店のレジに置かれた「アリペイ」(左)と「ウィーチャット」の電子決済サービスが利用できる端末=2021年、北京(共同)

 この市民生活に浸透した「スーパーアプリ」に習指導部が目を付けた。2020年にアリババ創業者、馬雲(ジャック・マー)氏が政府の金融政策を批判したことをきっかけに、統制を強化。アリペイを運営する傘下のアント・グループの上海・香港市場への株式上場が延期となり、アリババには過去最大の182億元の罰金が科された。テンセントにも指導や罰金の処分が出た。

 いずれも独禁法違反や、アプリを通じた金融サービスで当局の規制や監督を受け入れなかったという理由が挙げられた。だが、市場関係者の間では「実際には影響力が大きくなりすぎた民間企業ににらみをきかせたいのだろう」との見方がもっぱらだ。宗教に対するのと同様「共産党の言うことを聞け」というわけだ。習指導部は近年、宗教が反体制活動につながることを警戒して「宗教の中国化」を進めている。実態は、党の思想と方針を受け入れるよう求める管理強化だ。

 ▽「デジタル元がアリペイに取って代わる」との報道も

 スマートフォン専用アプリに入ったデジタル人民元=2021年8月、中国・上海(共同)

 IT締め付けと並行して、習指導部はデジタル元の実証実験を進めた。アリペイやウィーチャットペイの決済サービスは、あくまで銀行口座の預金をアプリ経由で支払っているのに対し、これは法定通貨である元そのものをデジタル化する試みだ。既に中国各地で試験的に市民に配布され、2022年の北京冬季五輪の会場でも使われた。共産党機関紙、人民日報によると、2022年8月時点で累計の取引額は1千億元に達したという。専用のウォレット(電子財布)も登場している。ウォレットには近距離無線通信(NFC)が備わり、ネットに接続しなくても支払いができる利便性もある。正式な発行は秒読み段階とみられる。

 しかし、そうすると中国社会の隅々にまで行き渡ったアリペイやウィーチャットペイはどうなるのだろうか。

 当局や政府系学者は、デジタル元の発行量は当初は限定的なものにとどまるため、既存のサービスを圧迫することはないと訴える。一方で「中国が国力を挙げてデジタル元の普及を推し進めれば、アリペイなどに取って代わる」と報じる気の早い中国メディアもある。

 デジタル元を巡っては、当局による利用状況の監視、追跡が容易になるという懸念がある。金融当局は「利用者のプライバシーを尊重し、個人情報は保護される」と強調するが、同時にデジタル元の発行によりマネーロンダリング(資金洗浄)や脱税を防止しやすくなるとも説明する。

 業界関係者の話を総合すると、習指導部がアリペイなどを締め付けた背景には、民間企業によるローンなどの金融サービスの実態が把握しにくいことに対するいらだちがあったとみられる。結局は、個々人が使うお金の流れも、信仰という人の心のありようも、共産党が全て統制、管理しないと気が済まないのだと、筆者にはそんな思いが拭い切れない。

 ▽新たな国際間送金の秩序を形成か
 デジタル元にはもう一つ、安価で迅速な国際間の送金が可能になるというメリットがある。現行の国際間決済は、米ドルが主流の「国際銀行間通信協会(SWIFT)」を通じて行われている。米ドルのシェアが約4割を占め、元は数%に過ぎない。ハイテクで米国と対立する中国は、この「ドル覇権」の打破を狙っている。

 筆者は想像をたくましくする。中国は既に独自の人民元決済システム「CIPS」を持っており、そこにデジタル元を導入すれば、高い送金コストを嫌う発展途上国や、ウクライナ侵攻に対する日米欧の制裁でSWIFTから排除されたロシアなどが集まり、新たな国際間送金の秩序を形成しないとも限らない。そこに多かれ少なかれ、中国当局の影がつきまとうことも避けられない。

 デジタル元で冒頭のようにさい銭を焼いたなら、神々の世界にも「中国化」の波は及ぶのだろうか。

 中国人民銀行=北京(共同)

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