<南風>ホームセンターへ行かねば!

 2009年4月、ついに開店。沖映通り復興の期待とともに、既に大きな話題となっていた。大型書店の開店準備となると、本屋の静かなイメージとは違い、地元採用の40人たちは毎日本を並べ続けるハードさで面食らったはずだが、何とか乗り越えてくれた。

 それまで夜は近くの沖縄料理屋に足しげく通った。そこの大将が自分たちを応援するとのことで、地元の方との縁をつないでくれるからだ。沖縄文化にたくさん触れるべきだと、民謡酒場や琉球舞踊に連れて行ってくれるなどした。開店前日には芝居役者の當間武三さんが見え、段ボールにぎっしり詰まった沖縄天ぷらを差し入れてくれた。

 開店当日、感無量と浸ることもなく、朝10時ギリギリまで棚を皆で手直しした。気付けば入口のドアが解錠され人が押し寄せる。那覇市長が駆けつけ、ミヤギマモルさんのライブに、武三さんがちんどん屋に扮(ふん)して練り歩き、博物学者の盛口満さんによる催事など開店に花を添えていく。

 昼頃には広い売場が狭しと人、人、人! 1階レジの列が階段をまたぎ2階まで伸び100人近くも並ばれている! これはまずいとすぐさまメイクマンへ走り、簡易レジを2台購入し、自分も閉店までレジを打ち続けたのである。

 初日のご来場者数は何と2万人。息つく間もなく閉店を迎えたが、知り合いも誰もいない沖縄の地で感慨深かった。これから沖縄で愛される店に必ずするのだ。閉店後、転勤組の女性社員2人がいたので労をねぎらうと共に泣き出した。

 「列が途切れないから…」。書店員なのにレジから離れられず本棚にも行けなかったという。うれしい悲鳴とはよく言うが、これじゃ本当の悲鳴じゃないか。申し訳ない気持ちで一杯になった。長年勤めてきたが、初めて尽くしでこれ以上ない船出となった。

(森本浩平、ジュンク堂那覇店店長)

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