第41回「生きる権利」

Text by ISHIYA(FORWARD / DEATH SIDE)

入管がウィシュマさんを殺し、刑務官が伊藤耕さんを殺した。そのシステムを作ったのが国家だ。その国家を形成しているのは誰なんだ?

2023年2月現在、映画『THE FOOLS 愚か者たちの歌』が公開中であり、ドキュメンタリー本『THE FOOLS MR.ロンクンロール・フリーダム』が出版されている日本の伝説的ロックバンド、THE FOOLSのボーカル・伊藤耕の獄中死に関する裁判において、2023年2月7日に和解が成立した。 事件の内容を簡単に説明すると、覚醒剤取締法違反で北海道月形刑務所に服役中だった伊藤耕は、腹痛の痛みを訴え何度も嘔吐や転倒などを繰り返しているにもかかわらず適切な処置が行なわれず、30時間以上も放置された事実が原因で、2017年10月17日に死亡してしまった。 当初の死体検案での死因は「肝硬変からくる肝細胞ガン破裂(推定)、出血性ショック」というものだったが、遺族が解剖をしてもらうと、死因が「絞扼性イレウス(腸閉塞)による出血性ショック」であり、事実とは全く異なる報告がされていた。 絞扼性イレウスであれば、すぐに病院で適切な手術を行なえば回復する病気なのだが、病院でも適切な処置は行なわれず、放置された挙句に伊藤耕が痛みを訴えた翌日の10月16日に病院に運ばれたときには、既に心肺停止状態だったという。 遺族である妻の満寿子は、16日の23時に急に倒れたと聞いていたが、前日の15日に具合が悪くなったと言われるなど、話が全く違っているのをおかしく思い、メモを取り始めたという。 結果的に8時間で3回も倒れ、最後に倒れたときには看守が見つけて救急車を呼ぶまでに40分以上もかかり、死因がCTでもわからない場合には司法解剖のはずが解剖もされない。 なんとかして手に入れた伊藤耕が死亡した月形町立病院の診断書には「急性胃粘膜病変」と書かれてあり、肝臓と胃という内蔵の場所すら違っているではないか。 これは明らかにおかしいと感じ、国を提訴するに至ったというのが簡単なあらましだ。 事件の詳細は以下のサイトなどで詳しく書かれているので、そちらを読んでいただくほうがよく理解できる。

▼『伝説的ミュージシャン獄中死で勝利的和解、受け継いだ「自由と解放へのメッセージ」』弁護士ドットコムニュース

https://www.bengo4.com/c_1009/n_15664/?fbclid=IwAR3DaFytoBl0vmsZR_TyByNkCWfwSrwCZOXNuUUO9Dje2qHRcHl5qffRRg0 筆者は個人的に生前の伊藤耕さんとは仲良くしてもらっており、妻の満寿子さんや、今回の裁判で原告代理人を担当した一人の島昭宏弁護士も仲良くしてもらっている間柄のため、裁判も傍聴させてもらえ、裁判以外でも話を聞かせてもらったりしていた。 明らかな刑務所側の過失で、ここまで完全なる間違いであるのが明白である裁判なのだが、相手が国家となる場合にはどんな手を使ってでも負けを認めない上に、最高裁まで行って原告側が負ける場合すらありかねない。 事実、今回の裁判でも、4,321万円の損害賠償請求に対して4,300万円の賠償金の支払いというほぼ満額であるため、実質的には全面的に責任を認めたと言えるのではあるが、国家からの謝罪は出さないというものである。 なんとかして体裁だけでも謝罪をしなければ、認めたことにはならないとでも言いたげな子どもじみた条件である。なぜ素直に「悪かった、本当に申し訳ない。もう二度とこんな過ちはおかしません」と言えないのだろう? 謝罪を言えば国が負けを認めるから? 国が負けてはいけないから? 他の裁判やこれからの裁判に影響が出るから? 全ては国家の保身や都合のためだけであり、殺してしまった伊藤耕へ対しての責任としては甚だ納得できるものではないのだが、ほぼ満額の賠償金が支払われ、口外禁止条項もないために、今後国の過ちの事実として世論にいくらでも証拠付きで訴えていくことができる。 ただ言葉で謝罪していないだけという完全勝利に近い形での和解であり、ここまで闘った妻の満寿子さんが国家にほぼ全面的に負けを認めさせたこの結果は、本当に素晴らしい事実であり、心から拍手を送りたい。 しかしなぜ、目の前で痛みを訴え苦しみ、倒れるに至るまでの状況を目の当たりにして、ここまでひどい仕打ちができるのだろう? 電車や道端などの公共の場でそんな人を見かけたって、すぐに声をかけ、救急車や医者などを呼ぶだろう。たとえそれが犯罪者だろうが、ホームレスだろうが、外国人だろうが、麻生太郎だろうが、竹中平蔵だろうが、老人、子ども、動物でも変わらない。そこには理解できる苦しみがあるからだ。犯罪者には生きる権利はないのか? 自分たちと同じように感情があり、痛みや苦しみを感じ、愛も悲しみも持つ生命に違いなどないはずだ。 名古屋の出入国管理局に収容されていたスリランカ人のウィシュマさんも、この伊藤耕さんの事件と酷似した対応で殺されてしまっている。 日本国憲法第25条では「全ての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有す」とある。 刑務所に服役していたり、入管に拘束されていたら文化的な最低限の生活を営む権利はないのか? 他者の痛みや苦しみを理解できない人間が、この国には多すぎる。何かしら自分に都合の良い理由をつけ分け隔てをして、生命を奪うことに同意する人間が無数に存在する。自らが感じるものと同じ痛みや苦しみを他者に与えている事実に気づかず、権利というものが全く機能していないのが実情であり、それは根本的に差別だと言って構わないものであると思う。 あなたは同じことをしていないのかを、よく考えてほしい。殺されたくないと泣き叫び、痛みを与えられ続け死んでいく生命を、当たり前だと思いながら放置していないか? たとえそれが自分の目の前で行なわれていなくても、苦しみ死にたくないと訴える生命を搾取して惨殺しながら生きている人間が多ければ多いほど、そんな人間たちが形成する国家は弱者に対する権利を蔑ろにしていくだろう。 伊藤耕さんもウィシュマさんも、生きる権利を完全に無視された。「こいつらなんてこうしておけばいいだろう」という人間たちの対応で殺された。生命に対する、生きる権利に対する冒涜以外の何ものでもない。 あなたが「こいつらなんてこうされても仕方がない」「こいつらなら殺しても仕方がない」と思う心があるならば、いつかあなたが同じことをされても仕方がないだろう。 少しでいいから自分がやってしまっている事実や行為を認識してほしい。あなたはあなたと同じように痛みや苦痛を感じて、生きる権利を持つ生命を搾取して殺していないのか? せめて認識できるのであれば、本人の気持ち次第で変えることはできる。 人としての心があるならば、死にたくはないし殺されたくない、搾取されたくないという気持ちは理解できるはずだ。 あなたの生き方で殺される生命を少しでも減らさなければ、「生きる」という、生命にとって必要不可欠な権利は無視され続けるだろう。あなたが生きる権利を無視していれば、あなたの生きる権利など尊重されるわけがない。当たり前の話だが、それをも理解しない人間があまりにも多すぎる。 入管がウィシュマさんを殺し、刑務官が伊藤耕さんを殺した。そのシステムを作ったのが国家だ。その国家を形成しているのは誰なんだ? 国家の差別的な行為により、生命を奪われるなどということがあってはいけない。生命には等しく生きる権利がある。それは痛みや被搾取といった苦痛を、自分たちと同じように感じる生き物全てに通じるものである。 伊藤耕さんの事件は氷山の一角だ。妻の満寿子さんと弁護人の努力と諦めない姿勢によって、白日のもとに晒された。全ては伊藤耕さんが生前戦い続けた証でもあり、魂が生き続けていたかのような結果である。死してなお国家に抗い、生命をかけて権利を認めさせたと言っても過言ではないだろう。 国家としては全面敗訴に等しい判決を受け入れたこと自体が奇跡のようなものではあるが、死してなお国家に反逆し続け勝ってしまう伊藤耕とは、全くもって信じられない化け物だ。 伊藤耕さんが還ってくるわけではないし、殺した事実への謝罪がないのは解せない気持ちもあるが、事実の認識としては完全勝利である。この事実によって、今後生命に対する権利が、もっときちんと認識されていくことを願うばかりである。 腐った権力側にいるのは、あなたかもしれない。

THE FOOLS『CHINA BLEEDS ─6・4天安門』

CHINA BLEEDS

CHINA BLEEDS

二日酔いでヨタヨタ家にたどりついた朝

テレビをつけて こいつぁ ブッタまげた

罪のない人達が戦車にけちらされ

理由もなく中で撃ち殺されてる

いったい何が起きてるんだ?

俺には信じられねェ

いったい何をしたってんだい!

俺にはとうてい信じられない

腐った権力のイスにいすわるために

奴らは何でもやる

自分の都合で虫ケラのように人を殺すのさ

だけど世界中の誰もがその日の事を見てたぜ

モミ消せやしねぇ 何百年たったって

あの日の事は忘れやしねェ

忘れられやしねェ!

みんなが思ってる事を口に出して言えない

そんな世の中誰も望んじゃいねェ

みんなが集まって愉快に騒ぐ事もできない

世の中なんて 冗談じゃねェ

誰も望んじゃいねェ

広場に集まった人々よ

正義のために死んでいった学生たちが

流した血はけしてムダにはしねェ

その日古い世界の終わりが始まったのさ

中国だけの話じゃねェ

けして夢なんかじゃねェ

この平和そうな日本だって一皮むけば同じ事さ

権力って奴は!

気をつけろ!気をつけろ!気をつけろ!

みんなが思ってる事を口に出して言えない

そんな世の中誰も望んじゃいねェ

みんなが集まって愉快に騒ぐ事もできない

世の中なんて 冗談じゃねェ

誰も望んじゃいねェ

CHINA BLEEDS

あの日のことは

忘れやしねェ

何百年たったって

忘れられやしねェ

CHINA BLEEDS

CHINA BLEEDS

CHINA BLEEDS

◉THE FOOLSは1980年夏、青木眞一(ギター/元・村八分~SPEED)が、伊藤耕(ボーカル/元・SEX~SYZE)、中嶋一徳(ベース/元・81/2~自殺~SYZE)、佐瀬浩平(ドラム/元・自殺)を誘い結成された。1982年には川田良(ギター/元・SEX~SPEED~SYZE~午前四時~ジャングルズ)が参加。ポスト・ニューウェイヴの時代に、伊藤耕のストレートな言葉を乗せた荒削りなロックンロール・サウンドで都内のライブハウスや学園祭を中心に活動した。「CHINA BLEEDS」は1990年発表の3rdアルバム『Rhythm & Truth』に収録。

【ISHIYA プロフィール】ジャパニーズ・ハードコアパンク・バンド、DEATH SIDE / FORWARDのボーカリスト。35年以上のバンド活動歴と、10代から社会をドロップアウトした視点での執筆を行なうフリーライター。

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