分断の街ベルファスト 小学校で行われている哲学の授業の記録 「ぼくたちの哲学教室」公開決定

北アイルランドのベルファストにあるホーリークロス男子小学校で行われている哲学の授業を、2年間にわたり記録したドキュメンタリー映画「ぼくたちの哲学教室」が、2023年5月27日より劇場公開されることが決まった。

舞台は、北アイルランド紛争によりプロテスタントとカトリックの対立が長く続いたベルファストの小学校。かつて暴力で問題を解決しようとしてきた後悔と挫折から、新たな憎しみの連鎖を生み出さないために、ケヴィン校長が導き出した1つの答えが哲学の授業だった。授業では、「どんな意見にも価値がある」と語るケヴィン校長の教えのもと、子どもたちは異なる立場の意見に耳を傾けながら、自らの思考を整理し、言葉にしていく。自らの内にある不安や怒り、衝動に気づき、コントロールすることが、生徒たちの身を守る何よりの武器になるとケヴィン校長は考えている。

宗教的、政治的対立の記憶と分断が残る街での、哲学的思考と対話による問題解決を探るケヴィン校長の挑戦を映画化したのは、アイルランドのドキュメンタリー作家であるナーサ・ニ・キアナンと、ベルファスト出身であるデクラン・マッグラの2人。およそ2年におよぶ撮影期間中にパンデミックが起こり、インターネット上のトラブルという新たな問題が表面化するなど、子どもをめぐる環境の変化も捉えている。

第49回日本賞(NHK)の⼀般向け部門で「最優秀賞 (東京都知事賞)」を、第18回アイリッシュ映画&テレビアカデミー賞で「最優秀長編ドキュメンタリー賞」などを受賞した。

ナーサ・ニ・キアナン監督とデクラン・マッグラ監督のコメントも公開された。コメントは以下の通り。

【コメント】

■ナーサ・ニ・キアナン監督

西洋社会では、少年たちの無差別暴力が不穏に広がっています。異なる視点への共感を生み出すことで、コミュニティ間の偏りが減り、「他者」に対する寛容さが増すかもしれません。フェイクニュースの時代には、クリティカルシンキングの重要性が不可欠になっています。私たちは、大勢の人々が自分たちの利益に反する行動を取るように簡単に操られること、間違った⼈々を権力の座に就かせるように説得されることを、目の当たりにしてきました。もし、幼い頃から哲学や批判的思考を教えることが例外ではなく、普通になれば、次の世代は人生をうまく切り抜け、より良い選択をすることができるようになるかもしれません。
今、人類が直⾯しているすべての課題、もし私たちが生き残る可能性があるならば、ケヴィンのマントラ「シンク、シンク、レスポンド!(考えて、考えて、答える!)」は、私にとってかなり良い最初のレッスンのように思えるのです。

■デクラン・マッグラ監督
アードイン、そして北アイルランドでは、自殺率が異常に高い状態が続いていて、⼼理学者によるとこれはおそらく紛争を経験したことが原因だろう、と言われています。しかし、最も驚くべき事実は、北アイルランド紛争が正式に終結した 1998年の停戦宣言以降に⽣まれた若者の自殺が特に多いということ。科学者たちは、紛争後のトラウマが社会に悪影響を及ぼすだけでなく、そのようなトラウマが世代を超えて受け継がれる可能性があると⾒ています。生まれる前に両親や祖父母によって行われていた紛争の影響によって、それを直接体験していない子どもたちが、残酷なまでに苦しめられているのです。それは、断ち切ることが困難な、ひどく不公平な苦しみの連鎖なのです。
出来上がった映画が教育の力を示し、そして紛争後の社会が過去の束縛から解放され、若い世代が古⼈の考えを用いて自分たちの未来を作ることができるという希望と、心温まる高揚感のあるものになればと願っています。

【作品情報】
ぼくたちの哲学教室
2023年5月27日(土)ユーロスペースほか全国順次公開
配給:doodler
© Soilsiú Films, Aisling Productions, Clin dʼoeil films, Zadig Productions,MMXXI

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