約24mの屋上から男性(19)に飛び降りさせ… 集団暴行でただ1人起訴の男(19)「弱いヤツはやってもいい」【裁判で明らかにされたこと詳報】事件はなぜ?

去年、広島県府中町の商業施設で男性(当時19)が集団で暴行され、高さ約24メートルの立体駐車場から飛び降りを余儀なくさせられた事件の裁判…。

男性は左目を失明し、脳挫傷などによる高次脳機能障害などの後遺症が残っています。

初公判で起訴内容を認め、「むごいことをした」などと語った19歳の男について、検察側は「犯行は卑劣で極めて残忍で厳しい刑事責任を問う必要がある」として、懲役8年を求刑しました。一方、弁護側は、「暴力の原因は職場環境や友人らの影響であり、更生の可能性は十分にある」として家庭裁判所への送致を求めました。

事件が起こったきっかけは…? 事件当時、18歳だった男の裁判で何が明らかになったのか…。詳しく振り返ります。

法廷の「特定少年」A

2月27日に開かれた初公判。法廷に現れたAは、フリースの上着に黒いスキニーパンツ姿。背は180cm近くあり、細身。丸刈りにした頭と緊張した表情からあどけなさすら感じました。

法廷ではAを含め、事件に関わった少年らの名はアルファベットで伏せられました。証言台には、誤って名前を口にすることがないように、少年らそれぞれの略称が書かれた資料が置かれていました。

事件の夜、何があったのか…「殴りたいやつおる?」「スパーリングするけ」

検察側は、凄惨な暴行の様子を、冒頭陳述で次のように明らかにしました。

去年6月30日午後7時半ごろ、Aは、別の少年に、男性を商業施設まで連れてくるよう要求しました。

男性を乗せた車が商業施設のロータリーに着くと、待ち伏せていたAら複数の少年が乗り込み、走る車に男性を監禁。「許してください」と何度も頼む男性の顔を殴るなどしました。

Aは、男性の財布から現金4万円を奪って別の少年と分け合うと、財布に残った現金を地面にばらまき、ほかの少年らに奪わせました。

さらに男性のスマートフォンを取り上げ、地面に投げつけ、ほかの少年らがスマートフォンを消火器でたたき壊しました。

Aは、「これで親とも連絡とれんね」と言い放つと「殴りたいやつおる?」と周囲をあおり、ほかの少年らは男性を十回以上殴りました。

車内にあったシャボン玉液を飲ませたり、男性を買い物カートに乗せて駐車場スロープの坂道を下らせ、何度も転倒させたりもしました。

「今からスパーリングするけえ。誰かに勝ったら終わりにしてやる」―。さらにAがそういうと少年らは屋上駐車場に移動し、6人で男性を取り囲み、代わる代わる顔や腹など全身を数十回以上殴り、蹴りました。その間、男性は一切抵抗していませんでした。

「このあと街に連れてっちゃるけえの。いろんなヤツに会わせんにゃいけん。第2ラウンドじゃ」―。Aがそう言った直後、駐車場の壁を背にして、ひざを抱えていた男性は、耐え切れず逃走をはかりました。

男性は手を伸ばして、駐車場の壁を乗り越えると、ケーブルにつかまって外側にぶら下がった状態になりました。

いったんは塀の上に足を着いたものの、バランスを崩して落下…。室外機などにぶつかりながら、約24メートル下の地面に転落しました。それを見たAは「逃げるで」と言い、少年らはその場から立ち去りました。

男性は病院に運ばれましたが、左目を失明し、全身を多数骨折。脳挫傷による高次脳機能障害が残りました。医師に、命が助かったのは「奇跡的」と言わせるほどのけがでした。
(以上、冒頭陳述より)

法廷では、検察が、被害男性の両親の供述調書の内容も明らかにしました。

「同じ目に合わせてやりたい」被害者両親の供述調書

「かわいそうでならない。同じ目に合わせてやりたい」と語った父親は、病院で息子と初めて対面したとき、息子だと分かるまでに時間がかかったそうです。

母親の供述内容によると、Aは事件前から男性の自宅住所を調べて張り込むなどし、男性の職場にも電話をかけていました。

身の危険を感じた母親の提案で男性はホテルに避難し、Aから逃れるために東京の知人のもとで働くことを決めていたそうです。

事件が起きた夜、母親は広島駅にいたそうです。東京に旅立つ息子が乗るバスを見送るためです。しかし、約束の時間になっても息子は現れませんでした。

途方に暮れる母親のもとにかかってきた電話は、息子からではなく、事件を伝える警察からのものだったということです。

事件の動機は? Aと男性の間に何があったのか…「仲良くないのに名前を使われた」

Aは、被告人質問で、事件前の春ごろから男性とトラブルがあったと語りました。

男性がAの名前を使って「もめごと」を起こし、Aはそれに巻き込まれて別の人物から暴行を受けたというのがAの説明です。

弁護人「男性とは具体的には何でもめていた?」

A「ぼくや友人の名前を使って、もめごとを起こしていました」

弁護人「男性が自分の後ろにはあなたやあなたの友人がついていると勝手に名前を使っていた? 何人に対して?」

A「ぼくが知っている限りでは5人」

弁護人「名前を使われたことで迷惑が?」

A「男性がうそをついていたことで相手4人から殴ったり蹴られたりしました」

検察官「男性のどういうところが気に食わなかった?」

A「なんで仲良くもないのに名前を使われるのか分からんかったです」

検察官「男性の会社に電話した?」

A「インスタをブロックされて、やましいことがあるのだろうと思って、会社の電話番号を調べました。連絡取れる人いないかとインスタに上げたことがあります」

検察官「家の住所はどうやった知った?」

A「同じように知って、近くに行ったついでに行きました」

検察官「どうしてそこまでした?」

A「男性のせいで、間接的に暴行を受けたことがあったり、連絡が取れないと、これ以上勝手なことされると困るので、ブロックされて『なんや、こいつ』と思いました」

裁判では、Aの母親も証言台に立ちました。Aが事件を起こすまでには、何があったのでしょうか?

証言台に立ったAの母親「勤務先で洗脳された…」

弁護人の質問に対して母親が語ったAの生い立ちは、次のようなものです。

Aが5歳のとき、Aの両親は離婚しました。

母親はAや子どもたちを育てるため、忙しく働き続けたといいます。

「孤独にすることはなかった」と母親は語りましたが、Aは弁護士に「身近な人から目を向けてもらえなかった」と話したそうです。

母親によれば、Aは小さなころは障害がある友人の面倒をよくみたり、近所のお年寄りに優しくしたりしていたといいます。

スポーツが得意で、中学生のときには卓球の全国大会にも出場しました。

志望校に落ち、通信制の高校に入学後も、しばらくは児童館で小学生に卓球をボランティアで教えるなどしていたAですが、次第にアルバイト中心の生活になっていきます。

【証人尋問 弁護側と母親のやりとり】
弁護人「Aはどこでアルバイトをしていた?」

母親「S工業に行っていました」

弁護人「いつごろから?」

母親「高校1年生の夏すぎごろからです」

弁護人「そのころからAの態度が一変した?」

母親「夜ふかしをしたり、付き合うグループが変わってきたことについて息子と話をしていました」

弁護人「バイク仲間の存在は?」

母親「S工業に入ったころからバイク仲間と遊んでいると息子から聞いていました」

弁護人「Aが実家を出て行ったのはいつ?」

母親「高校2年生の7月。友だちと家賃を折半すると。反対しましたが聞き入れませんでした」

弁護人「S工業でのAに対する暴力は知らなかった?」

母親「知りませんでした」

弁護人「今回の事件はいつ知った?」

母親「警察からの連絡で知りました。息子からは2か月間、着信拒否されていました」

弁護人「面会は?」

母親「これまでに47回…」

弁護人「当初、うその供述をしていた?」

母親「被害者を償う気持ちあるならうそをついてはいけないと言った次の日から、あったことを話し始めました」

弁護人「この事件、どうすれば防げたと思う?」

母親「S工業に入ったことで人格が変わって、顔つきが変わりました。ひもでくくってでも家に連れて帰ればよかったと後悔しています」

弁護人「どう償っていくべき?」

母親「一生をかけてでも償ってほしい。母親としてもできるだけのことをしたい」

続いては、検察官とのやりとりです。

【証人尋問 検察側と母親のやりとり】
検察官「S工業の仕事を探してきたのは本人?」

母親「はい」

検察官「S工業に入る前からバイク仲間がいた? どういう認識だった?」

母親「はい。暴走行為をしているとは聞いたことはありませんでした。バイクの後ろに乗せてもらったことはあると聞いていました」

検察官「学校をやめたのはなぜ?」

母親「早く技術を身につけたいからと聞かされました。卒業まであと1年なんで、がんばるよう言いましたが、本人が決めました」

検察官「S工業に行くのをためらったり、嫌がったりしていたと感じた?」

母親「正直、ありませんでした」

検察官「やめさせようと思ったことは?」

母親「酒を飲まされたと聞いたときは思いました」

検察官「1人暮らしを決めたのは本人? どうして?」

母親「本人は、アルバイト先の友人がそうしていているからと…」

検察官「Aは、S工業の社長に部屋を探すのを頼んだ?」

母親「そう聞いています」

検察官「今回の事件、Aのどういうところが悪かった?」

母親「わたしの責任でもありますが、Aの意志が弱かったのだろうと思います」

検察官「短期間で複数の暴力事件を起こしています。それについては?」

母親「正直、毎日のように暴力をふるっていたS工業の洗脳があったと思っています。S工業に入って暴力の世界が当たり前になっていたんだと思います」

検察官「S工業に入ってなければ、こんな事件は起こさなかった?」

母親「そう思うところもありますし、息子の意志が弱かったのだとも思います」

Aの被告人質問では、弁護側が、母親が「洗脳があった」という「S工業」について、掘り下げました。

被告人質問でA「暴力になじんでいたことが一番の理由」

【被告人質問 弁護人とAのやりとり】
弁護人「S工業で日常的に社長や専務から暴力を受けていましたか?」

A「はい」

弁護人「ものごとを解決するために暴力をふるう環境に驚いた?」

A「はじめは驚きました」

弁護人「暴力をふるうやつに腹を立てるのではなく、自分もそうすればいいと思った?」

A「そんなふうに思ってしまいました」

弁護人「送迎に不便だからとアパートを借りさせられて、転居したことは親に言うなと言われたり、足場の3段目からいきなり背中を蹴られて落下し、胸に大きな切り傷を負ったけど、病院に行くなと言われた。今でもその傷は残っている?」

A「はい」

弁護人「専務の暴力を警察に通報したが、社長に言われて通報を取り下げたことは?」

A「ありました」

弁護人「高所の作業で作業効率が悪くなるからと命綱をするなと命令されたことはあった?」

A「入社当時からそう言われていました」

弁護人「それで転落して死んだ人がいますよね?」

A「はい」

弁護人「そのときは口裏合わせがあった?」

A「それについて話すときは、事件ではなく、事故ということにさせられました」

弁護人「会社を辞めようとは思わなかった?」

A「辞めると言ったこともありました」

弁護人「どういう反応だった?」

A「社長から脅されて暴行されて、そのころから暴行もエスカレートしました。現場でかわらなど割ったことがあったので、その損害費を全部払えと言われました」

弁護人「どのくらい請求された?」

A「100万円です」

弁護人「あなたにメモ書きを作ってもらった。根性焼きをされ、殴られたり、陰毛を焼かれたりした。電動ドライバーで腹を刺されたことも?」

A「はい」

弁護人「(今回の)府中の事件で男性が泣いてもなんとも思わなかった、しつこく暴力をふるった、なぜ?」

A「暴力になじんでいたことが一番の理由だと思います

弁護人「職場で受けた暴力のうっぷん?」

A「事件当時は思っていなかったけど、今になってみると、そうかもしれません」

続いて検察側による被告人質問です。「事件を正当化しているのでは?」と質しました。

被告人質問でA「弱いヤツがやられる。だから弱いヤツはやってもいい」

【被告人質問 検察官とAのやりとり】
検察官「S工業でのことが、今回の事件を正当化させると思っていませんか?」

A「思っていないです」

検察官「事件当時、暴力をふるった理由は?」

A「暴力になじんでいたことが理由だと思います。結果としてぼくが選んだことですけど、S工業では『弱いヤツがやられる』ということを言われてきたので」

検察官「逆に言うと、弱いヤツはやってもいい?」

A「そう教えられました」

Aから出た「むごいことをしてしまった」という言葉

被告人質問後、裁判官は病院搬送時の男性の写真をAに見るよう求めました。

男性の写真を法廷で初めて目にしたAは、感想を聞かれ、「とてもむごいことをしてしまったと思う。ささいな理由でここまでやってしまったことは謝罪では許されない。本当に申し訳なく思っています」と述べました。

7日に開かれた裁判で、検察側は、Aが「自身の不満を解消するためという理不尽な理由から暴力的手段という卑劣で反社会的方法を選択し、計画性が認められる。きわめて残忍な犯行によって生じた結果は重大で、被害者家族も厳重処罰を希望している」として、「特定少年であることを特に有利に考慮すべきとはいえず、厳罰に処し、その刑事責任の重さを自覚させ、更生を求める必要がある」などとして懲役8年を求刑しました。

一方で弁護側は、「暴力や非行とは無縁のAに粗暴性が生じたことにはAの職場の影響が否定できない。反社会性が定着した大人とは違って、環境調整や問題解決のための教育などを行えば、以前の生活に立ち返ることが可能で、保護処分による更生が妥当」、「事件の最大の原因は暴力が集団化したことであって、被害者の転落は予想できなかった」などとして、少年院への送致を前提として、事件を家庭裁判所に移送することを求めました。

裁判長から「最後に言いたいことは」とたずねられたAは、「取り返しのつかないけがをさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした」と述べました。

裁判は結審し、判決は14日に言い渡されます。

事件の概要 「特定少年」実名は公表されず

起訴状などによりますと、広島市東区の無職の男A(19)は、当時15~18歳のほかの少年らと共謀し、去年6月、広島県府中町にある商業施設で、当時19歳の会社員の男性を集団で殴るなど暴行。男性に、立体駐車場の屋上の壁を乗り越えることを余儀なくさせ、およそ24m下の地上に転落させるなど、あわせて7つの事件で傷害などの罪に問われました。

この事件で、複数の少年らとともに逮捕されたAは唯一、家庭裁判所に送られたあと、「犯行を主導した」として、検察官送致(逆送)されました。その後、検察に起訴されたことで、20歳以上と変わらず、公開の刑事裁判で裁かれることになりました。

去年4月施行の改正少年法で18・19歳は「特定少年」と位置付けられ、実名報道も可能となりましたが、広島地検は実名を公表していません。

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