「疑惑の判定は今度こそ、なしで」“司法の場”でも繰り返された“スプリットデシジョン” 袴田事件再審の可否は?

いわゆる「袴田事件」の再審=裁判のやり直しの可否について、東京高裁が3月13日に判断を下します。今回のテーマは「スプリット・デシジョン」。袴田巖さんの逮捕理由にもなった「ボクシング」の用語で、判定が分かれることを指します。

「被告人を死刑に処する」

「2対1の”多数決”によって、袴田巖に死刑判決が下された」

これは1966年、旧清水市(現静岡市清水区)のみそ製造会社で専務一家4人を殺害したとして、元プロボクサーの袴田巖さんが逮捕された、いわゆる「袴田事件」を題材とした漫画です。タイトルは『スプリット・デシジョン』。作者は袴田さんと同じく、元プロボクサーの経歴を持つ漫画家、森重水さんです。

<『スプリット・デシジョン』作者 森 重水さん>

「試合がKOで決着がつかなかったとき判定になり、3人のジャッジの結果で決まるんですけど、それが2人赤コーナー、1人青コーナーって割れることがあって、それが『スプリットデシジョン』っていう用語で、それが袴田さんの最初の1審の死刑判決が出たときの様子と被ったので(それをその用語そのまま使った)」

袴田さんは23歳からおよそ2年間、プロボクサーとして活動。しかし、その経歴が柔道2段の専務を殺害できる犯人像と重なりました。警察の内部資料には、こんな記述があります。

「ボクサーくずれの被疑者を検挙し、県警察の威信を大いに昂揚した事案である」

袴田さんは逮捕された直後、犯行を否認しましたが、逮捕から19日後、自供。真夏の暑さの中、警察は1日平均12時間にもおよぶ取り調べを行ったことが問題視されています。

裁判では再び無実を訴えますが、静岡地裁は死刑判決を下しました。

<『スプリット・デシジョン』作者 森 重水さん>

「死刑か無罪かっていうのを簡単に多数決で決めたっていうのが、ちょっと怖いなっていう印象をもって、批判の思いも込めて」

2007年、この男性の告白により、静岡地裁の死刑判決が「スプリット・デシジョン」だったことが明らかになります。静岡地裁で袴田さんに死刑判決を下した3人の裁判官のうちの1人熊本典道さん。当時、袴田さんの供述に強要された疑いがあるとして、無罪を主張しましたが、他2人の裁判官が死刑を支持し、やむを得ず死刑の判決文を書いたと告白しました。

<元静岡地裁裁判官 熊本典道さん(故人)>

「少なくとも今まで出てる証拠で有罪にするのは無茶だと思った」

袴田さんの無実の訴えを支持し、長年活動してきたのがボクシング界です。

<川崎新田ボクシングジム 新田渉世会長>

「元々よくボクシング界では言われる『ボクサーくずれ』という偏見から逮捕されたという風にもいわれていますし、ボクサーだからというのには反発はしますよね」

2014年、袴田さんの逮捕から48年、再審=裁判のやり直しをめぐる事態は大きく動きます。

「再審開始!再審開始です」

静岡地裁は再審開始とともに袴田さんの釈放を決めたのです。

「WBC名誉チャンピオン袴田巖!」

しかし、袴田さんの戦いはまだ終わりません。再審開始決定を不服とした検察側が即時抗告したため、審理は継続。2018年、東京高裁は地裁の決定を覆し、再審の請求を棄却。

舞台は最高裁に。2020年、最高裁は「証拠に関する審理が尽くされていない」と高裁に差し戻しました。実は、この決定も「スプリット・デシジョン」だったと最高裁自ら明らかにしたのです。最高裁の裁判官は5人。3人が高裁への差し戻しを支持。残りの2人は「差し戻しではなく、すぐに再審を開始すべき」と反対したのです。

裁判官として30件以上の無罪判決を確定させ、映画やドラマのモデルにもなったといわれる木谷明さんは。

<元東京高裁判事 木谷明弁護士>

「最高裁自体も『5人のうち2人までは、そういう意見だったんだ』ということは、現在の裁判官も考えるでしょうね」

<『スプリット・デシジョン』作者 森重水さん>

「”疑惑の判定”は今度こそなしで、っていう感じですね」

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