同じ街なのに、川を境に「2種類の電気」が…令和の世に残る126年前の“調整不足”

街の中に「電気の境界」が…

進学、 就職、 異動。 春は引っ越しの季節です。 新しい環境、 出会いに胸躍る時期ですが、 明治時代に生まれた「2種類の電気の境界」が、いまも両方、静岡県内に存在していることを知っていますか。

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電気の「周波数の違い」が生み出す境界線。それは、静岡県などを流れる富士川と新潟県の糸魚川に沿って分かれています。 東が50ヘルツ、 西が60ヘルツ。“平成の大合併”により、静岡県富士市は同じ市内でも富士川右岸と左岸でヘルツが異なります。その境界を越える移動には少し注意が必要になりそうです。

電気には「直流」と「交流」があります。電池で動く製品、例えば、懐中電灯やラジオなどは直流の電気で動いています。直流はその名の通り、まっすぐ一定の電気です。一方の交流は周期的に波を持っている電気です。

波のある交流のほうが、送電線を使って発電所から長距離で電気を送るには適しているため、世界の電気は交流が主に用いられています。「50ヘルツ」「60ヘルツ」の違いは、この交流の波が、1秒間に50回繰り返すか、60回かの違いです。

それでは、50ヘルツで設計された製品は60ヘルツでは使えない、またその逆はあるのでしょうか。過去にはモーターの性能が低下したり、 逆に回り過ぎて火災の原因となったりすることもありました。電力会社などでは、HPなどで下記のように注意を呼び掛けています。

【そのまま使用しても問題ない】

エアコン、 テレビ 、 パソコン、 こたつ ・ 電気ストーブ、 温水器

【使用すると性能が落ちる可能性がある】

掃除機、 扇風機、 ミキサー、 ドライヤー

【周波数の切り替えが必要な製品があるので注意】

洗濯機・乾燥機、 冷蔵庫、 電子レンジ、 蛍光灯(インバーター内蔵除く)

最近の家電には、インバーターが内蔵されていることで、周波数を気にせず使用できるいわゆる「ヘルツフリー製品」も多くなっています。少し古い製品でも、周波数切り替えスイッチなどもあり、以前より周波数の違いに神経質になる必要はなさそうです。とはいえ、なぜ一つの国で、こんなことになっているのでしょうか。

明治時代から富士川に沿って日本を二分する境界線が存在します

なぜ?東西で異なる発電機を購入

世界的にみると、国の数では50ヘルツが主流。ヨーロッパでは、ほとんどの国が50ヘルツです。一方、 アメリカやカナダなどの北米と中米諸国、 また、ほとんどの南米の国は60ヘルツに統一され、 日本のように混在しているのは、中東のサウジアラビアだけです。 原因は、日本に電気が導入された明治時代にさかのぼります。

日本初の電力会社、東京電灯が設立され、本格的に発電機を導入したのが1896(明治29)年のことです。これがドイツのアルゲマイネ社製でした。ドイツ製の発電機は50ヘルツ。一方で、この翌年の1897(明治30)年に大阪を中心に電力供給をしていた大阪電灯が、米・ゼネラル・エレクトリック(GE)社製の発電機を導入しました。こちらはアメリカなので60ヘルツでした。

当時は、送電線が全国につながっていない時代で、50・60以外にも125ヘルツなどもあり、 発電機の周波数によって、日本国内の周波数はまちまちでした。工場などでモーターを使う際には、周波数の違いにより回転数が一定せず、とても不便です。折しも国内で産業が発展し始めた時期。 交流電流の周波数の統一が必要になりました。

ここで、ようやく50ヘルツ・60ヘルツの2つには集約されたものの、これをどちらかに寄せきることができなかった「調整不足」が、この後百年以上も後を引いているのです。

統一費用は10兆円以上、工期は40年

統一の話は、何度か浮かび上がるものの、いざ「どちらの周波数に合わせるのか」という議論になると、日本の半分の地域で産業や家庭に影響がおよぶため、非現実的とされてきました。

しかし、東日本大震災が発生、多くの東北・関東の発電所が被災し、計画停電をせざるを得なかった2011年の後、国は周波数の統一についてシミュレーションを行いました。国の費用試算では「50ヘルツ地域全体を60ヘルツに変更する場合、設備交換に必要となる費用は、電気事業者の設備のみでも約10兆円を要する」。また、電気の供給に支障がないようにステップを踏んで取り替えていく必要があり、工事にかかる時間は発電設備だけで40年以上と試算され「これでは無理」という判断されたそうです。

必ずしも周波数の統一が最良ではない事情

日本では、これからも周波数の統一はできないようです。しかし、周波数の違うエリアとの間で効率的に電気をやりとりすれば、国土が長い日本では、効率的に発電所の運用ができます。このため、対策として境界線に設けている「周波数変換装置」というスイッチのような設備を増やして、双方の地域でやりとりできる電気の量を増やしています。こうした変換設備は、静岡市内にもあります(清水区広瀬、中部電力株式会社東清水変電所内)

日本が発展し、消費する電気が多くなると周波数の違いが「メリット」に変化していきます。交流の電気は、規模が大きくなりすぎると、不安定になった時の停電規模が大きくなってしまいます。アメリカとカナダで電線がつながっている北米大陸では、2003年にカナダの送電線が樹木に接触して、ショートしたことがきっかけで、ニューヨークを含む北米の広範囲で停電、約5,000万人が約2日間、停電の影響を受けました。

ヨーロッパでも、2006年に送電線運用の問題で、ドイツで発生した停電が連鎖して11か国に停電が広がりました。他国と電力設備がつながっているのが、普通の国では、このように国をまたいだ大規模な停電となることがあり、周波数変換設備同様、スイッチのような仕組みを取り入れているということです。

明治時代に起こった「調整不足」は、時代を経て、期せずして大規模停電を未然に防ぐような役割も果たすようになっていました。

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