自分の言いたいことを大切にして表現すると同時に、相手が伝えたいことも大切にして理解しようとするコミュニケーションスキル、アサーションをご存知でしょうか?
臨床心理学者・平木典子 氏の著書『言いにくいことが言えるようになる伝え方 自分も相手も大切にするアサーション』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)より、一部を抜粋・編集してアサーションの実践方法について解説します。
コミュニケーションは取引ではない
自分も相手も大切にする。
それがアサーションの基本ですが、「自分も相手も大切に」と説明すると、ビジネスの世界では、「アサーション=ウィン・ウィンの関係」と受け取られることがあります。
ウィン・ウィンとは、「相手も自分も勝つ」「双方が利益を得る」という意味ですから、アサーションもウィン・ウィンも同じようなものだと受けとめられるのでしょう。
ところが、アサーションはウィン・ウィンとは本質的に異なります。 まず、アサーションでは、「ウィン・ルーズ」(勝ち負け)といった考え方をしないからです。
ビジネスの現場では、「双方が満足する」取引が必要で、ウィン・ウィンの関係をつくるために、実際、「勝つ」ことを中心に物事が進みます。
こちらが勝っても、相手が不満に思わないようにうまくやろう。こちらが思い通りの成果を獲得し、かつ相手が気持ちよく終わるにはどうするか……。こうしたおだてやごまかしなどの策を弄して、いかにも「相手を大切に」したように繕うこともあります。
これは、計算に基づいたコミュニケーションであり、「相手を大切に」した関係とは言えません。
__ウィン・ウィン、つまり「勝つ」ことを考えているとき、人は目の前の課題をどうするかを優先し、相手を大切にし、リスペクト(尊重)する気持ちはどこかに飛んでしまいがちです。
そうなれば、相手を大切にしているつもりが、相手をがまんさせていたということにもなりかねません。__
コミュニケーションは、ビジネスであろうとなかろうと、「取引」するためだけではなく、関係をつくり、つなぎ、互いに支え合うためにもあるのです。
人間同士の関係性をベースに、アサーティブに互いの事情を伝え合う。
互いに自分のためにも相手のためにもよりよい方向を探り、力を出し合う。
それは勝ち負けの問題ではなく、よりよい道をつくり、互いの創造性を発揮することであり、コミュニケーションの基本と言えるでしょう。
アサーティブなコミュニケーションは、「前回は私が譲ったから、今回はあなたが譲る番」といった取引ではなく、いつでも「どちらも大切に」という姿勢でかかわることです。
意見や気持ちは変わっていい
「一度言った意見を翻してはいけない」「意見を変えるのは無責任」と思っていると、アサーティブになれないことがあります。
何らかの事情や話の経過から、考えや気持ちは変わります。厳密に言うと、コミュニケーションの中では、やり取りのたびに、互いに気持ちや考えは影響し合いながら、変わったり変わらなかったりしていると言えます。
その結果、変わったときは、「考えを変えました」「こちらにします」と伝えることもアサーティブなことです。 とりわけ、会議の席などでは、それを伝えると進行が促進されます。
内心、考えを変えているにもかかわらず、黙っていたり、「変えられない」と前の考えに固執したりすると、自分も相手も大切にしていることにはなりません。
私たちは自分を大切にし、自分のことについて最終的に決心する権利を持っています。自分がどう考え、どう行動するか、それを決めるのも、その結果に責任を負うのも、ほかでもない自分です。
自分の変化を相手のせいにしたり、「変えさせられた」と相手を責めれば、それは自分で決めたことを人のせいにしている攻撃的な態度と言えるでしょう。
意見や気持ちは変わるし、変えてもいい。
変わるときはきちんと相手に伝える。
それは、よりよいと思う選択を自分で臨機応変に選びとることであり、協力するプロセスを作り出すことになります。
ささいな感情も、丁寧に言葉にする
言葉にして表現しないとわからない。これもコミュニケーションの持つ大きな特徴です。まず、自分の感情をつかむには、ただ黙って感じているだけでなく、言葉にしてみることが必要です。
感情の中には、言葉にしにくいものもあるため、なかなかうまく表現できないというジレンマ(葛藤)もありますが、それでもなお、日頃のコミュニケーションの中で、自分の感情の動きを積極的にすくいとってみることが大事です。
具体的な例で考えてみましょう。
ある女性が男性から映画に誘われました。好意を持っている相手なので、楽しくウキウキした気持ちでした。二人で映画を観た後、食事に行くことになりました。
男性「お腹減ったね。おれ、ハンバーグが食べたいな」
女性「ハンバーグなら、ここから10分ぐらい歩いたところにいいお店があるよ」
男性「すぐそこにある店でいいよ。ハンバーグなんてその辺でも食べられるんだから」
女性「おいしいって、評判のお店なんだけど」
男性「どこだって似たようなもんでしょ。お腹減ったし、すぐそこの店に行こうよ」
女性「……わかった」
女性は気分が下がっていくのを感じていました。せっかくの食事を楽しめないまま、帰宅しました。その翌日、デートに誘われたことを知っている友人と話していたときのことです。
友人「昨日、どうだった? 楽しかった?」
女性「まあまあ、楽しかった」
友人「まあまあ? じゃあ、次のデートの約束した?」
女性「ううん、しなかった」
友人「なんで? ケンカでもしたの?」
女性「してない」
友人「話が盛り上がらなかったとか?」
女性「結構盛り上がった。よくしゃべってくれた。でも、なんとなくまたデートする気になれない」
友人「どうしてデートする気になれないの?」
ここで、女性は友人に気分が下がったときの話をしました。
ハンバーグが食べたいって言うから、おいしい店があるよって言ったのに、強引に「すぐそこの店にしよう」と言われてちょっとカチンときた。別に怒るほどのことじゃないけど、自分の意見を無視されたのは気に食わない。傷ついてはいないけど、残念っていうか、悔しいっていうか。こんなことをいちいち気にする自分にもイライラする……と。
どこにでもありそうなささいな出来事の中にも、様々な感情が生まれ、頭の中がグルグル動いていることがわかるでしょう。
誰かに話さなければ「あの男、ウザい」で終わっていたかもしれませんが、こうして話してみると、「カチンときた」「気に食わない」「残念」「悔しい」「イライラする」など、いろいろな感情を感じていて、がまんすることで感情を抑圧していたことに気づきます。
楽しかったけれど、残念でもある。怒ってはいないけれど、カチンときた。相手も気に食わないけれど、自分にもイライラする……。
矛盾したり、どっちつかずだったり、わかりづらかったり、人間の感情は厄介です。
すっきりととらえづらいかもしれませんが、感情を言葉にしてみると、自分の状態をより細やかに知ることができます。
人は、このようにして様々な感情を感じることができるため、感情表現の言葉が、2000以上も生まれたのでしょう。
言いにくいことが言えるようになる伝え方 自分も相手も大切にするアサーション
著者:平木典子
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