腰痛で水やれない、認知症が悪化…高齢者とペットの暮らし、将来に横たわる不安【杉本彩のEva通信】

杉本彩さんの愛猫

人もペットも長生きする今、「老い」と向き合うことは避けられない。ペットの看病や介護を想定して準備しておくことは、飼い主として当然の責任だが、飼い主自らも介助が必要になった時、果たしてその責任を果たすことができるのだろうか? 独居の高齢者にはさまざまなリスクがあるが、ペットと暮らす独居高齢者の場合、そのリスクはペットの健康と命にも及ぶ。言うまでもないが、ペットに必要なものはすべて人間が与えてあげなければ、ペットは自力では生きていけない。

先日放送されたあるテレビの報道番組で、高齢者とペットの問題が特集された。当協会Evaとも親交のある尼崎市の動物愛護団体C.O.Nの取り組みが紹介され、独居の高齢者が抱える問題の深刻さが非常によく伝えられていた。「持病の腰痛が悪化してペットの給餌給水ができなくなった」「猫を置いては入院できない」「やむを得ず施設に入るが猫を連れて行けない」など、ペットの世話が困難になった高齢者から相談が寄せられ、自宅にスタッフが訪問し、無償で世話を手伝う。高齢化社会が進むにつれて、このような相談が増え、ペットと高齢者のさまざまな課題が浮き彫りになってきた。

問題の発端は、寂しさを埋めるために猫を飼い始める独居高齢者が多いことだ。ネコは散歩に行かなくてよいことから、飼育を始めるハードルが低くなるのだ。どれだけ可愛がっていても、後先を考えない動物の飼育は肯定できない。また、飼い主が正しい知識を持っておらず、不妊・去勢手術をしないため、気付いたときには何十頭にもなり、まともに世話ができない状況に陥ってしまう。そういう多頭飼育崩壊も少なくない。たとえ多頭飼育崩壊とまでいかなくても、飼い主が病気で世話が行き届かなくなり、衛生環境が悪化しているケースもある。また、飼い主がペットを残して亡くなった場合、たとえ行政に引き取られても、新たな飼い主が見つからなければ殺処分になってしまうこともある。

以前このコラムでも取り上げたが、当協会に相談が寄せられたケースでは、飼い主の死亡により、残された猫たちが遺族や行政や警察によって適切に保護されないことがあった。そのような場合でも、動物愛護団体が許可なく保護しようとすれば法的に問題がある。力を貸してくれる議員に働きかけ、ようやく行政と警察が重い腰を上げた時には、給餌給水もされずに閉じ込められた家の中で、命が尽きていた猫もいた。

こうした最悪の事態にならないよう、支援を必要としている高齢者に、飼育の手伝いをしているC.O.Nの活動が、飼い主とペットを救っている。独居高齢者の家へ訪問し、毎日20分程度、猫のトイレ掃除や給餌給水など飼育の手伝いをする。支援を受けていたある男性は、持病の腰の痛みが悪化して腰も曲げられないので猫に当然ごはんもあげられない。命を守ってあげたいと思っても、自分の力ではどうしようもできない、こういう組織がないともうお手上げだと話していた。C.O.Nは、介護ヘルパーやケアマネージャーと連携することで、こうした相談を受けている。 しかし、高齢者の認知症の悪化、病院への長期入院、飼い主が亡くなった場合には、新たな飼い主を探す必要がある。ただ、子猫と違って高齢猫に新たな飼い主を探すのは簡単なことではない。

そういった中、飼い主が見つかるまでの猫の受け皿として、シェルターや預かりボランティアの存在はなくてはならないものになっている。こうした仕組みは、猫を救うだけでなく、飼育経験のある高齢夫婦の預かりボランティアにとっても、安心してペットと暮らせるというメリットがある。ペットと暮らしたいが、もしも自分たちに万が一のことがあれば終生飼養できなくなるという不安を解消し、ペットと暮らすことができるからだ。人にとっても猫にとってもいい仕組みだ。 高齢化社会が進む中、また安易にペット飼育が許されてしまう社会において、こういう支援の必要性を切実に感じる。ただ、このような支援が全国にあるわけではない。こうした取り組みはまだまだ少ないのが現状だ。そのため、飼い主が死亡し猫が残されてしまった時の、速やかな猫の保護が非常に難しくなってしまう。

高齢者に限ったことではないが、万が一を想定して備えができない人は、ペットを迎えるべきではない。迎えないという選択、それも命に対する責任なのだ。しかし現状は、ペットと暮らす独居高齢者が多い以上、これからも問題が起こることは避けられないだろう。最悪の状況に陥る前に、家族や近所の人、民生委員が気づいて対処することが必要だ。ポストに手紙を入れるなどして支援の意思を示したり、自治会や町内会に相談するなど、最悪の事態になる前に、地域ぐるみで防いでいくという意識が大切だ。ペットと高齢者の問題は、けして他人事ではない。ペットと暮らす誰もが当事者になるかもしれない問題なのだ。 (Eva代表理事 杉本彩)

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 杉本彩さんと動物環境・福祉協会Evaのスタッフによるコラム。犬や猫などペットを巡る環境に加え、展示動物や産業動物などの問題に迫ります。動物福祉の視点から人と動物が幸せに共生できる社会の実現について考えます。

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