定年という「春の霜」

 この欄のお隣に、10年前に載った「きょうの一句」。〈定年もまた門出なる春の霜〉。長年、教職にあったという林かつみさんの句で、脇に解説が添えてある。〈これまでの安定した生活に較(くら)べ第二の人生は不安。その心境を作者は「春の霜」という季語で表した〉▲冬の霜と違って、春の霜はすぐに解けてしまう。定年という門出を迎えたが、どう生きるのか。そんな心持ちを詠んだらしい▲今月、60歳で定年退職し、再任用される近親者に聞けば、この先も仕事の中身に全く変わりはないという。勤務先は変わるため、来し方を顧みるどころか、準備と仕事場の引っ越しで目が回るほどだ、と▲年金を受けるまで5年ある。これからも現役で、健やかに。定年を迎えた人へのかけ声は軽やかだが、社会では年金制度への不安がますます膨らんでいる▲日本生命保険が昨年、定年退職後について尋ねると、回答者1万人余りのうち「仕事をしたい」のは6割で、第二の人生に「不安がある」のは7割だった。老後が心配だから定年後も働こう。そんな人が多数派らしい▲近年は人手不足という難問も重なり、定年後も働きづめの人は多いと聞く。心に「春の霜」が降り、体には疲労が募る。それが当たり前であってはなるまい。どうかご自愛専一に、と心から申し上げる。(徹)

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