「復旧は命懸け」道を外れると対人地雷、激戦地から避難する企業も 戦時経済を歩く【製造業・電力編】

 ウクライナの電力小売会社幹部アンドリー・セメノフさん。破壊された建物の前には新しい電柱が設置されていた=2月17日、ハラコヘ村(共同、遠藤弘太撮影)

 ウクライナの電力施設には、ロシアによるイラン製無人機やミサイルを使った攻撃が昨秋以降、執拗に続いた。ウクライナの市民の士気をくじき、生活を破壊し、経済に打撃を与えることを狙ったものだった。企業は度重なる攻撃による電力不足で経営に重大な影響を被った。厳寒の冬場をどうしのぎ、生産活動を続けているのか。現場を取材した。(共同通信=角田隆一)

 ▽「電気なしとロシアなし、どちらがいいか?」

 ウクライナ西部リビウは、かつてハプスブルク帝国の治下で栄え、旧市街は小ぶりながら美しい町並みで知られる。ロシアの侵攻前は欧州中から観光客が訪れていた。1月下旬の日暮れ。町中には「ドッ、ドッ、ドッ」という大きな音が響き、油の臭いが立ちこめていた。レストランや商店が営業を続けるため軒先に設置した発電機が発生源だった。視力が低い記者にとって、街頭を歩くのは難儀だ。人口約70万人のともしびは少なく、信号は動いていなかった。

 ソ連時代に建設された集合住宅が立ち並ぶ郊外を訪れた。一角に住宅の1階部分を改装した真新しいオフィス兼工場があった。首都キーウ(キエフ)近郊のブチャから避難してきたオーガニック化粧品会社ベスナの新社屋だ。

 部屋はウクライナ各地から仕入れたキンセンカやラベンダーなどさまざまなハーブの香りに満ちていた。迎えてくれた共同社長のビクトリア・マスロワさん(24)は「在庫の原料はウクライナ産ですが、今後どうなるか分かりません」と語る。一時ポーランドに避難したが、ウクライナに戻った。「国に残って事業をすることがとても大切だと考えました。ロシアに勝利するために税金を納める必要もあります。人々が働く場所をつくるのも仕事です」

 ブチャは昨年3月に占領された際、400人以上の市民が虐殺された。マスロワさんはロシアの侵攻当日に避難したが、犠牲になった親戚もいる。旧社屋はロシア軍の略奪に遭った。解放後にオフィスに戻ると「商品に加え、いすやホワイトボード、ほとんどの備品が盗まれていました」

 インフレで中央銀行の政策金利は25%にもなり、貸出金利が高い金融機関の融資は受けにくい。米国際開発局(USAID)などの支援を受けて昨年8月、リビウで本格的に事業を再開した。

 新規の営業で全国チェーンのドラッグストアの販路を開拓し、売上高は侵攻前の水準に戻りつつある。事務所には、前線の兵士へ送るシャンプーや軟こう、ハーブを練り込んだろうそくといった自社開発の支援物資もあった。

 ウクライナ軍への支援物資のろうそくを手に取るオーガニック化粧品会社ベスナの共同社長のビクトリア・マスロワさん=1月18日、ウクライナ西部リビウ(共同)

 そのラベルにはゼレンスキー大統領の言葉があった。「電気なしとロシアなしの生活のどちらがいいか?ロシアなしだ」。マスロワさんは「冬の塹壕での戦いは厳しいでしょう。少しでもリラックスしてほしい」と語る。

 停電は頻繁に起きる。購入したばかりの発電機は壊れており、取材中も一時停電となった。そんな時は、電気を使わない箱詰めや包装の作業を手がける。マスロワさんの母親で開発責任者のインナ・スカルジンスカさん(44)は「暗闇で考えると、いいアイデアが浮かぶこともあります。落ち着いて考えられるから」とほほえんだ。

 オーガニック化粧品会社ベスナの開発責任者インナ・スカルジンスカさん=1月18日、ウクライナ西部リビウ(共同)

 ▽政府で進む若手登用
 リビウ州政府によると、ロシア軍の占領や攻撃で東部や中部から約230社が約5千人の従業員とともにリビウに避難し、事業を継続している。「避難民や避難企業が増え、地価が高くなっている」(地元大学教員)という。

 ただ、事業環境は厳しい。リビウ州政府の投資政策部のステパン・クイビダ部長(29)は「他の地域と同様に、電力不足や資材・物流費の高騰、国内顧客の喪失に直面しています。資金不足も深刻です。それでも戦争での勝利と戦後の復興のため、われわれは備えなければなりません」と話す。

 取材に応じるリビウ州政府投資政策部のステパン・クイビダ部長=1月18日、ウクライナ西部リビウ(共同)

 旧市街のリビウ州政府の庁舎を訪れると、節電のため薄暗かった。州政府の幹部は20代~30代の若手が目立つ。投資政策部のメンバー、ダニロ・ペトリフさん(22)は「ゼレンスキー政権になって中央も州も若手の登用が進みました。ドイツに留学していましたが、危機的な国の経済を立て直したいと思いました」と話す。

 中央省庁の次官、局長級も若手が多い。地元の記者は「戦争の副作用で若返りが進んでいます」と分析する。

 ウクライナ西部リビウ州政府の投資政策部のペトリフ(左)さんとメンバー。若い女性も多い=1月18日(共同)

 ▽費用高騰と電力不足で人員削減も
 電力不足は経済の屋台骨である製造業や農業の体力をむしばむ。ウクライナの2022年の輸出額は前年比約35%減り、貿易収支の赤字は前年の約2・3倍となる152億ドル(約2兆円)だった。

 大河ドニエプル川東岸の首都キーウ郊外には集合住宅や工業地帯が広がる。そこに本拠を構える建材会社ダスクのユリア・ビレクカ取締役(40)は「昨秋以降、売上高は前年と比べて3割ほどになりました。輸出も難しいです」と話す。電力不足と需要減のため工場の稼働時間を大幅に短縮し、従業員の勤務時間を減らした。「(値段が2倍以上高くなった)中古発電機を買いました。燃料費も高いです。人員削減に踏み込むかもしれません」と話す。

 ウクライナの首都キーウで建材会社ダスクの取締役ユリア・ビレクカさん=1月26日(共同)

 製造業の不振は、物流などサービス産業にも波及する。キーウで物流企業グランド・トランスを営むボリス・コロミエツ社長(30)は「残念ながら、ウクライナから海外へ運ぶ製品がありません」とこぼす。

 戦闘を嫌い欧州のトラックは国内に入ってこない。戦争で一般の自動車保険は引き受けを停止している。ポーランドやハンガリーとの国境で輸入品を受け取りウクライナ各地に運ぶが、再び国境に戻る際、輸出する製品がないためトラックの荷台が埋まらない。片道だけでは採算割れだ。

 開戦時の春先は物流網の寸断や燃料・物資の不足で運送費が高騰し、中古の大型トラックやタンクローリーの価格が跳ね上がった。ただ秋以降は物流需要が急激に冷え込むなど、運送料金は乱高下した。コロミエツさんは「昨年、価格が高騰した時に便乗値上げをしませんでした。その時の信頼で、いくつかの顧客が相場より高い価格で仕事を任せてくれています」と語った。

 ウクライナの首都キーウで物流企業グランド・トランスを経営するボリス・コロミエツ社長=2月1日(共同)

 ▽折れた電柱、氷点下での修復
 ゼレンスキー大統領は今年3月1日、「冬が終わった。困難だったが、電力と暖房を供給できた」と述べた。暖冬に加え、避難民の増加や企業活動の低迷で電力需要自体が減った。電力施設の技術者ら現場も奮闘した。ただ今後の安定した電力供給には設備が不足し、ロシアによる攻撃がなくなっても復旧に1年近くかかるとの見方もある。

 2月中旬、ウクライナ第2の都市、東部ハリコフから南東に約60キロのハラコヘ村を訪ねた。幹線道路をまっすぐ南東へ向かうと激戦地バフムト方面につながる。氷点下4度の中、作業員6人が鼻を赤らめながら変電施設を修理していた。施設の鉄製の外面は砲弾の破片や弾で穴だらけ。周囲の電柱は折れ、電線は熱で切れている。

 停電が続くウクライナのハラコヘ村で、復旧作業に当たる作業員=2月17日(共同、遠藤弘太撮影)

 ロシア占領下になった昨年5月以降、停電が続いている。作業現場に立ち寄った住民のライサさん(70)は「電気が待ち遠しい。こんな素晴らしいことはありません」と作業員を抱きしめ激励した。停電の中も1人で住み続けてきたという。なぜ逃げなかったのか。「家を物色するロシア人を追い返さないといけないから」と笑った。

 復旧作業は命懸けだ。作業員ヤロスラフさん(45)は「作業場所の近くだけで300個以上の対人地雷が見つかりました」と話す。不注意に歩くのは危険だ。「足が吹き飛ぶから、注意して」。車輪の跡が残った場所だけ歩くように強く言われた。

 案内してくれた先は、砲弾にえぐられたくぼみだった。中をのぞくと「バタフライ地雷」と呼ばれる空中散布型の対人地雷が残っていた。ロシアは対人地雷禁止条約に加盟していない。ハリコフ州では作業員2人が犠牲になった。

 砲弾がえぐったくぼみに残っていた「バタフライ地雷」と呼ばれる空中散布型の対人地雷=2月17日、ウクライナ・ハラコヘ村(共同、遠藤弘太撮影)

 首都キーウをはじめ大都市の重要な電力施設ではイラン製無人機を警戒して対空防衛が強化されている。ただ地元の電力小売会社幹部アンドリー・セメノフさん(50)は「ここには防御はありません。作業員は本当の英雄です」と話す。

 停電が続くウクライナのハラコヘ村。新しい電柱が設置されていた=2月17日(共同、遠藤弘太撮影)

 ▽ウクライナの電力事情を知り尽くすロシア
 ロシア軍の波状攻撃により、昨年11月時点で少なくとも50%の電力施設が損壊した。ウクライナの電力系統はソ連時代の名残でロシアの系統と接続していたが、ウクライナ側は昨年2月の侵攻当日、ロシアの影響を嫌って接続を遮断した。翌3月には「1年かかることを2週間」(エネルギー担当のシムソン欧州委員)でこなし、欧州の電力網に接続し、相互の融通が可能になった。

 原発にも攻撃が相次いだ。エネルギー産業研究センターのオレクサンドル・ハルチェンコさんは発電所から各地に電力を効率よく運ぶための大型変電所が集中的に狙われたと指摘する。侵攻前、両国は担当者レベルで情報を交換していた。「ロシアの電力関係者は担当者の顔も分かるほどウクライナの事情を知り尽くしています。とても効果的な攻撃で、関係者が協力したに違いありません」と話す。同じ施設が何度も攻撃されたという。

 復旧には時間がかかる。ウクライナはソ連時代の大型の変電器を使ってきたが、このクラスの変電器は日中韓など限られた国しか製造できない。ハルチェンコさんは「製造に9カ月、輸送はものが大きいので飛行機が使えず3カ月かかるでしょう」と予想する。発送電施設の防御の強化、分散化など課題が山積みだ。「戦時に耐え、国を強靱にするため、分散化したエネルギー体制の構築が必要です。(ロシアを含めた資源国に依存する)化石資源に頼らない再生可能エネルギーの強化も重要です。幸いウクライナは風力、水力発電で大きな可能性があります」

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