退職社員に“セミナー受講料”請求…残業代未払いも「変形労働時間制」主張する会社に裁判所が下した判断は?

会社
「弊社は変形労働時間制を採用してますので(キリッ)」

裁判所
「は? 要件を満たしてないので無効です」

残業代約153万円を命じた裁判例を解説します(ダイレックス事件:長崎地裁 R3.2.26)。2018年の就労条件総合調査では変形労働時間制(1か月単位の)を採用している企業が22.3%あります。

最近でも「要件を満たしてないから無効」と判断された裁判例が多く、あなたの会社の変形労働時間制も要件を満たしていない可能性があります。

以下、事件とともに分かりやすく解説します(弁護士・林 孝匡)。

事件の当事者

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▼ 会社
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・ディスカウントストアを経営(日用雑貨などを扱う)

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▼ Xさん
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・従業員

どんな事件か

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▼ ゴリゴリのサービス残業
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会社は「計画した上限の時間を超えないように」と指示していました。しかし、その時間内で終わるような仕事量じゃなかったんです。

従業員はサービス残業をせざるをえませんでした。勤怠システムに打刻する前から働いたり、退勤の打刻をした後も働いたり、休憩をとらないこともあり。ヘトヘトですよね…。

追い討ちで会社の悪行。従業員が押した退勤の時刻を【早めに修正】していました。

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▼ 辞めたらセミナー料金は自腹?
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Xさんは店長から「正社員になるにはセミナーの受講が必須条件だ」と言われました。

セミナーでは医薬品を中心とするPB商品の説明などが行われました。この会社の親会社が開催するセミナーでした。商品の知識を身につけろってことだと思います。

Xさんは会社から誓約書を渡されました。その中には以下の記載が。

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教育セミナーを受講期間中もしくは受講終了後2年以内に退社した場合は、会社が負担した全ての費用を全額返納します
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セミナーの金額は知らされていなかったんですが、Xさんは署名しました。

Xさんは3年以上にわたって合計19回参加しました。これがゴッツきついんです。連日の長時間勤務の中、勤務後に4時間かけてセミナー会場に行ってホテルに前泊して、翌日セミナーを受けて、さらに8時間かけて帰宅したこともあり…。

その後、Xさんが退職したいと言うと、会社が以下のセミナー受講料などを請求してきました。

合計 約41万円
受講料 約14万円
交通費 約20万円
宿泊費 約6万円

裁判でのバトル

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▼ Xさんの主張
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残業代を払え

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▼ 会社の主張
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セミナーの受講料など合計約41万円を払え

裁判所の判断

Xさんの勝利です。

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▼ Xさんの請求
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裁判所は以下のとおり、Xさんの請求を認めました。

残業代 約153万円
お仕置き 約96万円(付加金)

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▼ 会社の請求
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会社の請求については、裁判所は「ムリだね。労働基準法16条違反だから」と判断。

以下、順番に解説します。

残業代

この会社は「我が社では変形労働時間制が採用されています」と主張したんですが、裁判所は「要件を満たしていないから無効だわ」と判断。

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▼ 変形労働時間制とは?
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変形労働時間制とはザックリいうと【1か月の中で暇な時とメチャ忙しい時があるから、月○時間以内と決めるだけにして、メチャ忙しい日にいちいち残業代が発生しないようにする】仕組みのことです(労働基準法32条の2)。

年単位、週単位の変形労働時間制もありますが、この会社のように1か月単位を採用しているケースが多いです。

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▼ 合法になる条件は?
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変形労働時間制が合法と認められるためには、労働時間の総枠を以下のとおり設定しないとダメなんです。

1か月が31日の月 177.1時間
1か月が30日の月 171.4時間
1か月が29日の月 165.7時間
1か月が28日の月 160時間
〈備考〉
計算式(1か月が31日の場合)
40時間÷7日×31日=177時間

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▼ この会社のケース
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この会社は、なぜか、上記の時間に【30時間もプラス】した時間を設定していたんです。なので裁判所は「要件を満たしてないのでダメ〜」と判断。

その結果、残業代が各日ごとにキチンと計算されて約153万円となりました。

お仕置き

裁判所はお仕置きとして96万円の支払いも命じています。

Q.
お仕置きって何ですか?

A.
正確には【付加金】と言います。裁判所が「残業代の不払いが悪質だなぁ〜」と判断すればお仕置きを命じるんです(労働基準法114条)。今回のケースでは裁判所は「勤怠システムに現れない残業が繰り返されているのに見てみぬふりをしていた」と認定して96万円の支払いを命じました。

裁判官がブチギレれば最大で倍返し(半沢直樹)のお仕置きを命じることがあります。たとえば残業代が100万円としたら付加金を100万円もプラスして、合計200万円の支払いを命じます。裁判官を怒らせたら怖いのです。

セミナー受講料は払わなくてよし

お次は、以下の合意について。

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教育セミナーを受講期間中もしくは受講終了後2年以内に退社した場合は、会社が負担した全ての費用を全額返納します。
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裁判所は「これ、労働基準法16条に違反しており無効」と判断しました。

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労働基準法16条
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない
====

「これは違約金だ」と認定した理由はザックリ以下のとおりです。

  • セミナーの受講は労働時間といえ本来は会社が負担すべきもの
  • この合意は雇用契約から離れる自由を制限するもの
  • 受講料の金額はあらかじめ知らされていなかった
  • Xさんが聞けたとしてもそれは退職する意思があると表明するに等しく事実上困難
  • 合計額は40万を超えている
    Xさんの手取り平均額は18万6000円/月

というわけで裁判所は「セミナー受講料等は払わんでよろし」と判断。

最近の裁判例

今回のケースに近い最近の裁判例は以下のとおりです。詳細は解説できないので気になる方は事件名でググってみて下さいね。

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▼ 変形労働時間制
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「ダメ〜要件を満たさない」と判断されるケースが多いです。

・コーダ・ジャパン事件:東京高裁 H31.3.14
・洛陽交運事件:大阪高裁 H31.4.11
・コナミスポーツクラブ事件:東京高裁 H30.11.22
・ブレイントレジャー事件:大阪地裁 R2.9.3

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▼ 辞めたらカネ返せ
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「辞めたら研修費用かえせよ」みたいなトラブルが多いです。

■従業員の勝ち
・富士重工業事件:東京地裁 H10.3.17
・新日本証券事件:東京地裁 H10.9.25
・和幸会事件:大阪地裁 H14.11.1
・徳島健康生活協同組合事件:高松高裁 H15.3.14

■従業員の負け
・長谷工コーポレーション事件:東京地裁 H9.5.26
・野村證券事件:東京地裁 H14.4.26
・東亜交通事件:大阪高裁 H22.4.22

勝負を分けるのは【その費用が会社が出すべきものと認定されるか】それとも【従業員が出すべきものと認定されるか】です。業務命令なのであれば会社が出すべきものと認定されて勝つ可能性が高いです。

さいごに

要件を満たしていないのに「ウチは変形労働時間制を採用してるからその日のチマチマした残業代は出ないよ」みたいなことを言ってくる会社が多そうです。

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▼ 相談するところ
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要件を満たしていないケースが多いので、疑問を感じたら労働局に申し入れてみましょう(相談無料・解決依頼も無料)。

労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。

今回は以上です。これからも働く人に向けて知恵をお届けします。またお会いしましょう!

【筆者プロフィール】
林 孝匡(はやし たかまさ)
【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。コンテンツ作成が専門の弁護士です。
HP:https://hayashi-jurist.jp Twitter:https://twitter.com/hayashitakamas1

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