“隣人トラブル”の悲劇相次ぐ 「ゴミは裁断」「恐縮させない」暴走相手から身を守る“自衛”手段とは?

2022年12月。埼玉県飯能市の住宅街で、親子3人がハンマーのような鈍器で殺害されるという痛ましい事件が起きた。容疑者はかつて、被害者一家の車に傷をつけており、計6回にわたって警察に被害届が出されていた。

今年1月には、博多駅前の路上で女性が刺殺される事件が発生。被害者女性は、容疑者からのストーカー被害をかねてから警察に相談していた。

突発的な無差別殺人事件は自衛に限界がある。しかし上記二件の悲劇は、被害者と被告の間に接点がある、顔見知りによる犯行だ。しかも、どちらのケースも事前に複数回にわたる警察への相談や被害届の提出があった。トラブルの火種が当事者同士はもちろん、警察にも可視化されていたにも関わらず、悲劇は起きてしまったのである。

元交際相手が、ご近所さんが、ある日突然、殺人鬼と化して襲ってくる。現実に起きている以上、明日はわが身と捉えるべきだろう。最悪の結果を招きかねない“隣人トラブル”。近隣パトロール強化やストーカー規制法の適用など、警察は一体どこまでわれわれ市民を守ってくれるのか? また“隣人トラブル”に陥った場合、どこの誰に、どんな風に助けや相談を持ち掛ければ良いのだろうか。

警察への相談以外に何か手は打てたのか?

そもそも、防犯カメラ映像や録音データなど確たる証拠がない場合でも、警察はストーカーや近隣トラブルに対して動いてくれるのだろうか? 刑事事件なども多く対応している下永吉純子弁護士は次のように話す。

「確たる証拠がない場合には、警察としてもなかなか動きにくいのではないでしょうか」

逆にいえば、確たる証拠があれば、ある程度警察が対応してくれるケースが多いということだが、前述の事件では、それでも悲劇を防ぐことはできなかった。例えば、このように再三相談していたにも関わらず、トラブルや悲劇が起きてしまった場合、警察(あるいは自治体)に賠償請求することは現実的なのだろうか。

「現実的とはいえないかもしれません。捜査の懈怠(けたい)と、残念ながらストーカー行為や迷惑行為によって発生してしまった結果との因果関係は、損害賠償を請求する側、つまり被害者側が立証しなければならないうえに、その立証が難しい場合もあると思います」(下永吉弁護士)

では、警察への相談以外に何らかの対策をすることは可能だったのか。他の手段について、下永吉弁護士は続ける。

「警察への相談以外には、裁判所を利用する〈民事手続〉が挙げられます。しかし、民事手続は、裁判所が実際に身の回りでガードをしてくれるものではないので、警察にも対応してもらえないという場合には、なかなかハードルが高いかもしれませんが、民間のボディーガードを依頼することなどが考えられます」

ストーカーから身を守るひとつの選択肢として

隣人トラブルを、ストーカー問題と近隣問題とに分けて考察してみる。

まずはストーカー問題。ストーカー対策の支援をするサービスを展開している、ALSOKに問い合わせをしてみた。

「弊社としましては、お客さまに対して、警察に相談して巡回をしていただくことや、警備を強化していただくようお伝えしています。また、ストーカー対策の支援をするサービスとして『HOME ALSOK レディースサポート』(https://www.alsok.co.jp/person/stalker/ls/)というプランをご提案させていただいております。

基本的には、
①非常時にどこからでも通報できるモバイルセキュリティ
②プロのガードマンによる現場への駆けつけ
③不安な際にいつでも相談いただけるコンシェルジュの設置

といった内容です」(ALSOK広報部)

民間のこうしたサービスは、女性にとって実に心強いもの。しかし、絶対的な安全を保障するものではないため、できる限りトラブルから遠ざかる自衛努力は欠かせない。ALSOKは日頃のトラブル回避に関して、以下のような注意点を挙げる。

  • 早めに警察に相談する
    相談は、最寄りの警察署の窓口へ
    警察総合相談電話番号は「#9110(携帯電話からもOK)」
  • 一人での行動をできるだけ控える
    移動はタクシーや公共機関をつかう
    移動経路は意図的に変更する
    人通りの多い道を選んで歩く
    音楽を聴きながら、携帯電話で話しながらの一人歩きはしない
  • 個人情報を大切にする
    郵便ポストには鍵を入れない
    情報の記載がある書類や女性のものとわかるゴミは裁断して捨てる
    (ALSOK広報部)

警察へ早めに相談したうえで、日頃から自衛を心掛け、民間のサービスを利用する。これが現段階におけるベストの選択肢といえるだろう。

イヤホンの音で接近者に気が付かないケースも(NY98401 / PIXTA)

ご近所問題の盲点と対策

隣人トラブルのもうひとつは、ご近所問題。

騒音、悪臭、違法駐車、ペット問題、庭木関連…。できることなら引っ越ししたいくらいだが、持ち家では現実的ではない。賃貸であっても子供の学校や仕事の事情、懐具合などでおいそれとはいかない。かといって警察に相談したら角が立ちそうで怖い…思い当たる人も少なくないだろう。

不動産購入前調査、仲裁サービスなどを手掛ける、株式会社トナリスクの西氏はコミュニケーションの適切な距離感について次のように話す。

「トラブルに悩まされていると、どうしても“加害者は自分たちがどれだけ困っているのをわかった上で気にせずやっている”と思いがちです。そう思うと、どうしても相手が常識を知らない、会話が通じない人に見えてしまい、コミュニケーションが攻撃的になってしまいます。実際は、迷惑をかけている側は、ただ楽しんでいただけで周りに迷惑をかけていることに無自覚なケースが大半となります。

このような場合は、迷惑していることや改善してほしいことをストレートに伝えると、相手は悪者扱いされた気分になり、態度が硬化してしまいます。ですから“やっている方も悪気はない”ことを前提としたコミュニケーションが効果的です。下記の3点を抑えたいところです。

  • 相手がやっていると疑わず、単純に困りごとを相談する。「音/振動/匂いなどで困っているんだが、お宅でも何か感じられないか?」という問いかけ
  • 相手に心当たりがあったとしても恐縮させない。「わざとではなく、気づかずにそうなっているだけだとは思うんですけど」という問いかけ
  • 今後対策を打つことを匂わせつつ、相手に警戒していないことを伝える。「もしかしたら、また話をお伺いするかもしれないが、どうか気を悪くしないでほしい」といったソフトな言い回し

こうした自衛手段を講じていただいた上で、それでも解決が難しい場合は、弊社のような民間サービスにご相談いただければと思います」

ストレートに伝える方法はリスクが増す(EFA36 / PIXTA)

我慢するのではなく、相手に対して正確かつ穏便に要件が伝えることが、トラブル解決の鍵となるようだ。「そもそも」と西氏が続ける。

「トラブルになる以前に、近隣住人と最低限の人間関係を作っておくことが重要です。近隣トラブルは、お互いがお互いを加害者だと思っているため、第三者から見ると、どちらが悪いか見分けがつきません。

加害者のほうが近隣住民と良い関係性を築いていた場合は、周りの人からも“おたくが気にしすぎなのでは”と共感してもらえず、味方になってもらえない可能性が高くなります。関係性が薄ければ薄いほど、ちょっとした対応で無愛想な人だと思われてしまいます。

特にあいさつに対して素っ気なく対応している場合は注意が必要です」

近隣トラブルと医療は似ているかもしれない。日々の心掛けや言動など“予防医学”的な自衛手段を講じた上で、警察や民間サービスといった“対症療法”に頼る。自分の身は自分で守るという鉄則は揺るがない。

© 弁護士JP株式会社