新生活

 うん、もう大丈夫、そんじゃね…新生活の準備のために一緒に上京してくれた母親におそらくこんなふうに告げて、ひょっとしたら半ば追い立てるようにして見送ったのだと思う▲ところで、母親を見送ったのはどこの駅だったか、それとも空港だったのか、それは何時頃の話で、別れた後はどんな気分で、その後、どこをどんなふうに歩いて、その夜は何を食べたのだったか▲残念なことに、何も覚えていないし、何も思い出せない。ちょうど40年前の春、一人暮らしの最初の日のこと。日記をつける習慣は今も昔もないから、そもそも“最初の日”などと言いながら、日付すら判然としない▲今の若い人たちにはスマホがあるから、どこかで撮った写真や、ツイッターの独り言や、いろんな通信記録が後々、記憶をたどる手掛かりになってくれるのだろう。手軽に「今」を残しておけることを少しうらやましく感じながら▲いろいろ覚えていたら懐かしかっただろうに…という発想自体が、年をとった証拠なのかもしれない。いちいち覚えていられないほど忙しく楽しく、時々つらくて夢中で過ぎた学生時代のことを思う▲昨日は長崎大の入学式があった。地元で進学した君も、ようこそ長崎へ-のあなたも、どうぞ忙しく楽しい充実の日々を。入学おめでとう。(智)

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