岸田首相がことあるごとに語る「徹底した現実主義」、注視すべきその実像 出身派閥「宏池会」の伝統とは異質の政治姿勢

参院本会議で施政方針演説をする岸田首相=1月23日

 岸田政権の支持率が持ち直してきた。岸田文雄首相は政策展開にも自信を深めているようだ。だが、その政治姿勢において注視しておくべきことがある。首相がことあるごとに語る「徹底した現実主義」だ。リアリズム政治で首相は何を推し進めようとするのだろうか。(共同通信編集委員 内田恭司)

 ▽政策面で評価続く

 「政府として取り組んできたことが評価されたなら、大変勇気づけられます。今後も評価されればと思っています」。岸田首相は3月28日、官邸で記者団に最近の内閣支持率について問われ、こう述べた。
 低迷を続けてきた支持率はようやく底を打ち、報道各社の世論調査で軒並み40%前後に上昇した。中でも日経新聞とテレビ東京が3月24~26日に行った調査では、5ポイント増の48%にまで回復した。
 首相はここにきて、政策面でも評価を上げてきている。日銀の正副総裁人事、韓国の尹錫悦大統領の訪日と日韓関係正常化は、いずれも世論調査で肯定的な評価が目立った。
 ウクライナへの電撃訪問では、ゼレンスキー大統領に首相の地元・広島の縁起物である「必勝しゃもじ」を渡し、「お気楽すぎる」(馬場伸幸日本維新の会代表)などと物議を醸した。だが、全体として訪問への評価は高く、政権への追い風になっているようだ。
 ただ、世論調査での不支持率はまだ高く、政策課題は山積している。「次元の異なる少子化対策」の中身や、防衛財源の確保策では曲折が予想される。看板政策の「新しい資本主義」の進め方も明確でない。
 パンデミックの収束が見えてきた新型コロナウイルスと、今後どのように共存していくのか。さらには「異次元の金融緩和政策」をどう軟着陸させ「脱アベノミクス」を図るのか。
 首相は、これらの重要課題に一つ一つ取り組み、実績をさらに積み重ねていきたい考えなのだろう。

ウクライナのゼレンスキー大統領(右)と握手する岸田首相=3月21日、キーウ(共同)

 ▽「トマホークを400発買う」

 こうした中で、岸田首相の政治姿勢として気にとめておく必要があるのは安全保障政策での踏み込みぶりだ。
 首相は昨年12月、防衛費を国内総生産(GDP)比で2%とする大幅増を決めた。安保関連3文書の改定に伴い、いわゆる「敵基地攻撃能力」の保持も決め、安保政策を大きく転換させた。
 保持の根拠は、相手の攻撃着手に対して「座して死を待たず」との過去の国会答弁だ。だが、先制攻撃となる可能性は排除されず、憲法に基づく専守防衛の理念は揺らいだと言っていい。
 それでも、首相は2月27日の衆院予算委員会で、米国製巡航ミサイル「トマホーク」を400発取得する方針を表明し、敵基地攻撃能力の整備と防衛力の増強を着実に進める姿勢を鮮明にした。
 日韓正常化も安保が重要なファクターとなっている。核・ミサイル開発を進める北朝鮮の脅威に、米国を含めて3カ国で連携対処する必要性が、日韓双方の背中を強く押した側面があるからだ。
 ウクライナへの訪問を巡っては、戦闘地域に日本の首相が入るのは極めて異例だ。核大国であるロシアに厳しい経済制裁を課し、非友好国に「格下げ」した昨年来の対応とともに、踏み込みぶりが際立つ。
 こうした首相の行動や判断に通底しているものが、ここ数年一貫して述べている「徹底した現実主義」なのだ。

アメリカ軍のトマホーク、撮影日不明

 ▽「防衛力が支える外交」重要に

 首相が自民党岸田派として受け継いだ宏池会は、池田勇人元首相が創設して以来、「軽武装、経済重視」とともに、憲法の根幹をなす平和主義の継承を理念としてきた。
 だが、岸田首相はそうではない。昨年末の共同通信インタビューで「宏池会の伝統は徹底した現実主義の追求だ」と改めて明言。今年2月27日に東京都内で開かれた会合でも持論を繰り返した。
 リベラルな理想主義の追求こそが宏池会の伝統だとされてきただけに、首相の発言は異質に映る。1月の施政方針演説でも、首相は「新時代のリアリズム外交を展開していく」と述べた。
 こうした姿勢について、かつて宏池会を率いた古賀誠元自民党幹事長は「よく分からない」と違和感を口にする。
 「現実主義というのは理念ではない。その場その場でふさわしい判断をするのは、政治として当たり前だ。判断のために歴史認識や理念が必要になるのだ」
 こうした考え方を持つ古賀氏からすれば、首相の言動は宏池会の伝統から外れているとしか見えないだろう。
 確かに、日本を取り巻く安保環境は、中国の軍備増強やロシアによるウクライナ侵攻などで格段に厳しさと複雑さを増しており、「リアル・ポリティクス」の考え方が必要となっているのは間違いない。

東シナ海で実施された中国とロシアの合同軍事演習=2022年12月27日(新華社=共同)

 改定された安保関連3文書のうち「国家安全保障戦略」では、危機を防ぎ、自由で開かれた国際秩序をつくり出すため、外交力や経済力など「総合的な国力」に基づく「戦略的アプローチ」を実施すると規定し、防衛力増強の必要性を前面に打ち出した。
 その本質について、外務省幹部は「激変した国際情勢下において力強い外交を推進していくには、日本としても防衛力という力が必要になってきたということだ」と解説する。
 実際、首相は1月の訪米時に、ジョンズ・ホプキンズ大高等国際問題研究大学院(SAIS)で講演し「外交には裏付けとなる防衛力が必要だ」と訴えた。
 日本外交の基本方針は、国際協調に基づく平和と繁栄の実現であり、その土台が対話にあるのは、どの時代でも不変のはずだ。
 だが、首相は「力がなければ話も通じない」として、現実主義に基づく外交・安保政策を展開していく腹づもりなのだ。
 敵基地攻撃能力に関し、政府はミサイル防衛用を含めて、400発どころか1000発程度の長射程ミサイルが必要になると試算している。首相はその整備を迅速に進めていくだろう。
 核軍縮の機運を高めるはずの広島サミットは、ロシアや北朝鮮の核の脅威を前に、核抑止力を確認する場になるに違いない。

 ▽改憲にまで踏み込むのか?

 気にとめておくべきことは、まだある。
 岸田首相は、SAISでの講演で日米同盟にも触れ、岸信介、安倍晋三両元首相らの名前を挙げ、自身も同じくらいに同盟強化に貢献していると自賛した。
 この発言は当初、自民党安倍派や、党を支える保守層への配慮と見られていたが、首相の本音と受け止めた方が得心する。
 その岸、安倍両氏に共通するのは、憲法改正への強い意欲だった。
 政権運営が安定基調に入って気を良くした首相は、外交・安保政策とともに、何に取り組んでいくのか。

国会内で開催された衆院憲法審査会=3月30日

 折しも衆院憲法審査会では、緊急事態時の国会議員任期延長について議論の「深掘り」が進む。首相はこれまでも、来年9月までの自民党総裁任期中に改憲を実現したいと訴えてきた。
 そして、衆参両院では自民、公明、維新、国民の「改憲勢力」が、改憲発議に必要な3分の2以上の議席を占める。
 国民世論に改憲を求める声は決して大きくはないが、首相はどう出るのか、この点も注視していく必要がある。

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